反撃の最下層男
心無い罵声と誹謗が俺の身に浴びせられる。四面楚歌とも言える現状において正面にいる杉本先輩はこのムードに押されように口元を緩めながらご満悦の様子だった。
「随分ひどい声援だね~何だったら僕が止めてあげようか?」
杉本先輩は先ほどまでのお怒りモードはすっかり治まり、軽快な調子で話しかけて来た。
「いえ、大丈夫ですよ。この声援が沈黙に変わったらと思うとさぞかし気持ちがいいのだろうな……とか考えていたところです」
「心配いらないよ、この期待に応えるのが僕さ。精々引き立て役として頑張ってくれよ」
「ご期待に添えるとは思えませんが、それなりに頑張りますよ」
俺の返事に杉本先輩は首をすくめ両手を広げて〈こりゃダメだ〉といわんばかりの大げさなポーズを取った。
つくづく自己演出が好きなお方だ。アメリカ人かよ⁉
審判役の教師が〈どちらの側で討論しますか?〉という質問を俺達にしてきた。
「じゃあ君はどちら側を選択したいのだい?」
杉本先輩は余裕綽々の態度で質問してきた。まるで〈どちらを選んでも僕が負けるはずはないからね〉とでも言いげである。
「先輩が好きな方を選んでかまいませんよ」
俺がそういうと杉本先輩はプッと吹き出した。
「おいおい、いくら負けが決定しているからってそこまで投げやりになられるとこっちもやる気をなくしてしまうじゃないか。
あまり一方的な試合内容だと何か僕が弱い者いじめをしているみたいでイメージが悪くなるからね」
まるで舞台の台詞のように両手を広げ民衆に向かって高らかに語り掛ける杉本先輩。
俺から見れば単なるピエロなのだが、演出もここまで徹底しているともはや執念すら感じてしまう。
これを真似しろと言われても絶対に無理だ、大金を積まれてもやりたくない、側から見たらとんでもなく恥ずかしいからだ。
「じゃあ遠慮なく僕は〈原子力発電は無くすべき〉の側をやらせてもらう。負けた時に言い訳しないでくれよ」
「しませんよ、勝利者インタビューのコメントだけは考えていますが」
俺の返答に杉本先輩は無反応だった。そして試合開始を告げる運命のベルが鳴り響く。
「では三年生側が【原子力発電は無くすべき】、一年生側が【原子力発電は継続すべき】という選択で決定です。
それではディベート開始です‼」
大歓声と共に勝負の火ぶたは斬って落とされた。まずは杉本先輩が待ちきれないとばかりに口火を切った。
「まずは僕から行かせてもらうよ。今や世界的にも原子力発電は廃止しようという流れだ。
確かに原子力発電の生み出す電力は大きいが福島やチェルノブイリの例を見てもわかるように、何かあった時のリスクは計り知れないものになる。
今世界中で叫ばれているクリーンエコの観点からも炭素を排出しない再生可能エネルギーに変えていくべきだというのが僕の考えだ。
そして未来の展望として原発とは違いデメリットが殆どなく莫大な電力を生み出すという核融合炉発電の研究は日本が世界をリードしているし
日本海近郊には次世代燃料とされるメタンハイドレードがかなり埋蔵されている。
これらの事情を考慮すればリスクの高い原発は廃止するのが自明の理だろう」
杉本先輩は〈どうだ‼〉と言わんばかりにやや早口で言い放った。
五分に設定されている試合時間を十秒で終わらせてやろうという勢いである。
平静を装い涼しい顔をしているが、試合前の俺達とのやり取りが余程腹に据えかねたのだろう
明らかに勝ち急いでいる感じだ。ヤレヤレ、せっかちな人だ。
「杉本先輩、少し聞いていいですか?」
「何かね?」
もう気分は勝った気でいるのか、杉本先輩は鎧袖一触とばかりに〈反論できるモノならばしてみろ〉と言いたげであった。
「杉本先輩は〈原発は世界的に廃止の流れ〉だとおっしゃいましたが、事実ですか?」
俺の質問が少し気に入らなかったのか、杉本先輩は眉をピクリと動かした。
「そんなの常識だろうが、ドイツなどは今や原発を完全排除し再生可能エネルギー
つまり再エネを中心に脱炭素を目指している。それが世界の常識だよ、そんな事も知らないのかい?」
杉本先輩は俺が何も知らないとタカをくくっているのか、まるで嘲るように言い放った。
「世界の常識とおっしゃいましたがそれは本当なのですか?」
「本当だよ、そもそも君は何が言いたいのだね?」
完全に俺を格下扱いしていてナメ切っている発言だ。よし、いいぞ
油断しきっていて自分が取り返しのつかない言質を取られたことに気が付いていないな。
さて反撃といきますか。
「今、杉本先輩は世界の常識とおっしゃいましたが、フランスなどは2050年までに14基の原発の増設を発表していますし
アメリカも新設の原発を稼働させています。ロシアや中国なども原発の占める割合は大きいのが現状です。
杉本先輩のおっしゃりようではフランスやアメリカなどは国際常識を知らない常識外れの国という訳ですね?」
俺の指摘に杉本先輩の顔から余裕が消えた。
「そ、そんな事は言っていない‼」
「えっ?さっきおっしゃったじゃないですか〈今や世界的にも原子力発電は排除しようという流れだ〉と
今のやり取りはアーカイブで記録してありますので確認しますか?」
俺の反論に明らかに戸惑っている杉本先輩。
俺をナメきって煽りたいがために調子に乗って余計な事を言ったのが運のツキでしたね。さて、ここから本格的な反撃と行くか……
「し、しかし世界的に再エネがエコであり地球温暖化を防ぐための炭素を排出しない優良な発電方法という事には変わりがない
世界各国でも再エネ化が進んでいるのが現状だろうが⁉」
「再エネが世界で注目されているのは事実ですが、それが原発排除につながるというのは明らかな誤認です。
原発を完全に排除してしまってはどの国でも使用電力を完全に賄えません。
ご自分の理想を語るのはご自由ですが現実的には原発の完全な排除は不可能というのが世界の常識です。
そもそも原発の完全排除をうたっているのは先進国ではドイツだけですよね?」
俺の反論内容が予想外だったのか、杉本先輩は明らかに動揺していた。
「そ、それは……だがドイツはヨーロッパ最大のGDPを誇る経済大国だ。
そのドイツが原発排除できるというのだから、それは可能だろうが‼」
杉本先輩は目を血走らせ、ややムキになって反論してきた。
「ドイツが原発を廃止可能と判断したのは再エネである風力発電がかなりの電力を賄っているからです。
しかしそこまで風のない我が日本では風力発電では大きな電力は見込めません
それに天然ガスの高騰によりドイツ国内は深刻な電力不足に陥っていて他国から電力を買っている状態です。
その一番の相手は国内電力の60%を原子力発電で賄っているフランスですよ」
杉本先輩は唖然として一瞬、言葉を失った。そんな俺達のやり取りを見ていた木村が思わずつぶやいた。
「おい、佐山の奴、杉本先輩相手に押しているぞ⁉そもそもアイツはどうしてこんなにエネルギー問題に詳しんだよ⁉」
その問いかけに対し、松金がクイっとメガネを上げて答える。
「この論題が出ると予想して勉強してきたのだろう。でなければ説明がつかん」
松金に続くように田所も口を開いた。
「おいおい、やるやんか、佐山⁉もしかしてワイの競馬対決の時もそうだったんか?
何も知らないフリをして裏でごっつい勉強していましたとか、とんだガリ勉野郎やな」
それを聞いた木村が複雑な表情を浮かべながら絞り出すように言葉を発した。
「あの野郎……事前に勉強していたのならば論題が発表されたときにさっさと自分から名乗り出ろよ‼
俺がどんな思いで……まあいい。勝てれば許してやるか」
「ホンマに食えん奴やで」
皆好き勝手な事を言っているがもちろん俺はそんな事を言われているとは露とも知らなかった。
そんな中で美鈴は三人とは少し離れた場所で俺を見守りながら笑みを浮かべていた。
「大和、アンタって人は本当に……」
そんな連中とは裏腹に目の前でまさかの試合展開を見せつけられた観衆達。
三年生の応援席を中心に不穏な空気が漂い始めたのである。
「おい、何か杉本会長押されてないか?」
「相手は雑魚じゃなかったのかよ⁉」
「何か、これってヤバくね?」
杉本先輩のようなタイプは追い風の時は最大限のパフォーマンスを発揮できるだろうが
こういった逆境にはトコトン弱いはずだ。今まで散々ちやほやされ順風満帆の勝ち組人生を送ってきたのだろう。
人生常に逆風の俺とでは打たれ強さが違う。ていうか俺はすでに打たれなければ物足りない体になってしまっているのだ。
デリケートで繊細なエリートなど俺にとってはひがみ妬みの対象でしかない。
個人的な逆恨みを込めて最下層ドM男の逆襲を見せてやる。
俺は己の存在をかけて益々闘志を燃やすのだった。
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