最強VS雑魚
「おめでとう紅林、さすがだな」
「やっぱり俺達のリーダーだな、やってくれると思っていたぜ」
「やるな、ワイの仇をきっちりとってくれた訳やな、さすがはトップを目指す女やで‼」
帰ってきた美鈴に松金、木村、田所が祝福とねぎらいの言葉をかけた。
「もう冷や冷やだったわよ、ずっと生きた心地がしなかったわ」
肩の荷が下りたからなのか、美鈴は珍しく疲れた様子で脱力していた。
「お疲れさん、さすが総理大臣を目指す女は違うな」
俺は皆に聞こえない小声でねぎらうと美鈴はニコリと微笑み俺の胸に右拳をぶつけた。
「ありがとう、最後は頼むわよ」
「いやいや、まだ木村が出られるだろうが⁉最終決戦で出場とかとか冗談じゃないぞ⁉」
これは俺の心からの言葉である。
「最終戦は間違いなく杉本先輩が出て来るわ。木村君で戦える論題ならばいいけれど……」
美鈴の顔が少し曇った。確かにあの田所に快勝した杉本先輩を相手にして木村で勝負になるのか?という不安はある。
だが俺が出てどうにかなるとも思えない、ていうか出たくない。
ただでさえ人前に出て目立つことが大嫌いな俺が全校生徒の見ている前で
学園のスターである生徒会長にボコボコにされ無様な姿をさらすとか想像しただけでゾッとする。
しかもネット中継もされその記録がヨ―チューブのアーカイブに残ってしまうのだ。
イケメン野郎にボコボコにされ醜態をさらすのは木村君にこそふさわしい、ここは何と言われても断固拒否である。
ここでポイントの整理をしておこう。美鈴の勝利によって我が一年生は合計369Pになった。
つまり最終戦で44P以上獲得すれば我々一年生の優勝である。
三年生のここまでの合計ポイントが343P、二年生の総合獲得ポイントの合計が412Pとなっている。
つまり最終戦で三年生が70P以上獲得すれば三年生の逆転優勝。
三年生が60~68Pの獲得ならば合計ポイントの差で二年生の優勝となるのだ。
ちなみに三年生が69P、もしくは59P獲得の場合は二学年の合計ポイントが同じになるために二学年の同時優勝という結果になる。
美鈴の指摘通り三年生側は最終戦にエース杉本先輩が来ることはほぼ確実だろう。
ここで一番の関心は二年生側がどういう論題を出してくるか?になる。
そのテーマ次第でどこが優勝するか決まると言っても過言ではないからだ。
全ての生徒が息を飲んで巨大モニターに視線を集中させる。
そして最終戦の論題が巨大モニターに映し出された。
【原子力発電は無くすべきか、継続すべきか?】
この論題が発表されたとき三年生側の応援席はワッと沸き、杉本先輩がニヤリと笑った。
三年生側とは逆に我々一年生側はザワザワと動揺が広がる。
そしてモニターを見上げていた美鈴が絶望的な表情を浮かべながら思わずつぶやいた。
「な、何で……」
松金や田所、木村も同じような感じで茫然としていた。これは一年生側にとって最も恐れていた展開である。
「まずは落ち着け美鈴」
俺は茫然としていた美鈴に近づき声をかけた。
「だって、この論題は……」
美鈴が愕然とするのも無理はない。確かにこの原発を巡るエネルギー問題は世界中で論争されている論題であり
どちらが正解ともいえない難問であることは間違いない。
だが杉本先輩の父親である杉本正孝氏は少子化担当大臣をやる前はエネルギー庁の長官をやっており正にこの論題にピッタリの人物である。
そして杉本先輩自身も昨年の論文発表ではこのテーマを題材に発表し高い評価を受けている。
つまりこの論題におけるエキスパートなのだ。
「どうしてこんな三年生側に圧倒的に有利な論題を……」
せっかく美鈴が頑張って金本先輩に圧勝し一年生の優勝に近づいたと思った矢先だっただけにショックが大きかったようだ。
「お前は勝ちすぎたのだよ……」
俺のボソリと告げた言葉に美鈴はギョッとした表情でこちらを見た。
「どういう事よ?」
「美鈴が現副会長である金本先輩を圧倒した結果、二年生側はお前を脅威に感じたのだろう。
だから二年生は俺達一年生側に優勝させるわけにはいかないと判断した。
三年生に負けても三年生は来年卒業してしまうが俺達一年生は在籍しているからな
下の学年に負けるくらいならば三年生に勝ってもらって二位でいいという判断なのだろう。
もし一年生が思ったより善戦すれば二年生の優勝もあるかもしれない……くらいの希望的観測も含めてこの決断になったと思われる。」
「何よ、それ……そんなのって……」
美鈴はやり切れないという表情で唇を咬んだ。ふと横を見ると次出る予定だった木村が明らかに動揺していた。
「こんなのアリかよ……無理ゲーもいいところだ、こんな論題で勝てる訳ないだろうが……」
木村は完全に腰が引けてしまっていて誰が見ても戦う前から勝負は見えてしまっていた。
まあこの状況では無理もない。一年生側の応援席も先ほどまでの盛り上がりはすっかり鳴りを潜め押し黙ったしまった。
一応ポイントではリードしているのだがもはや敗色ムード濃厚といった感じである。
まあ俺にとっては他の同級生が落ち込もうがくじけようがどうでもいいが美鈴が落ち込んでいる姿は見過ごすことができなかった。
俺は仕方がないので覚悟を決める。
「わかった、俺が行く」
美鈴は驚いた表情でこちらを見た。
「いいの?」
「良くはない、そもそも勝てるとは思わんが一人二回しか出られないルールがある以上、この最終戦は俺か木村しか出場できないからな。
あの状態の木村を出場さられないだろ?」
俺はクイっと顎で木村の方へとしゃくる。美鈴が改めて木村の方を見ると顔面蒼白で足を震わせ今にも逃げ出しそうな雰囲気だった。
「ゴメン、頼むわ、大和。じゃあ先生に出場選手を提出してくるわ」
足取り重く出場選手の提出に行く美鈴。意気揚々だった杉本先輩とは対照的である。
会場中央の巨大モニターに最終戦の出場者が発表されると会場がざわざわと騒がしくなる。
「おい、佐山大和って誰だ?」
「知らないよ、出場登録選手のプロフィールに何か書いていないの?」
「いや、何も書いていない、特に特出するプロフィールがないみたいだな」
「じゃあ成績は……おや?どこの派閥にも属していなくて学年最下位となっているぞ⁉」
「おいおい、学年最下位だって⁉もしかして強敵が相手の場合に無様に負けるのがみっともないからその時の為の負け要員か?」
「何だよ、せっかくの最終戦なのに興覚めだな」
三年生側はもはや完全に勝ったつもりでいるようだ。一年生側も同じような反応である。
俺の事は同じ学年でも知っている奴が少ないし、裏でコソコソと動くために今もどこの派閥にも所属せず未だ無所属なので成績は学年最下位なのである。
そんな騒がしい中で時間より早く杉本先輩が出て来た。
随分とやる気満々だな……と思っていたら、そのまま俺達のいる所まで歩いてきたのだ。
「何か用ですか、杉本先輩?」
美鈴が歩いてきた杉本先輩の正面に立ちふさがるように向き合い問いかけた。
「いや、なに。クライマックスだからね、戦う前に挨拶をしておこうと思ってさ」
ニヤニヤと不快な笑みを浮かべながらこちらに近づいて来る杉本先輩。
まあ試合前の挨拶というのならば仕方がない、形通り握手でもしてさっさとやり過ごすか……
そんな事を思いながら俺はそそくさと右手を差し出した。
「どうも、俺が代表の佐山やま……」
俺が右手を出して挨拶しようとした時、俺の方を見ることもなく横を素通りしていく杉本先輩。
皆が呆気に取られていると杉本先輩はそのまま俺の後ろにいた松金に声をかけた。
「倫太郎、俺はお前と戦いたかったのだけれどな」
話しかけられた松金は少し困ったような表情を浮かべ答えた。
「そう言ってもらえるのは光栄ですが僕はもう二回出ていますので出られませんからね」
親しげに話す杉本先輩と松金。そういえばこの二人の父親は同じ民自党の同期議員で昔から仲が良く家族ぐるみの付き合いがあると聞いている。
杉本先輩はそのままクルリと振り向いて今度は美鈴に視線を向けるとわざとらしい笑みを浮かべた。
「君の戦いは見させてもらったよ、さすが一年のリーダーだね、あの金本君を圧倒するとは。
ぜひ君とも戦ってみたいと思ったのだけれど残念だ」
口調は穏やかだが終始上から目線であり尊大で自信過剰な言動。
絶対に友達にはなりたくないタイプの人間である。まあどんなタイプだろうが友達になれないのが俺なのだが……
「悪いけれど最後は勝たせてもらうよ、負けている局面の最終戦、舞台に立つ僕の劇的な大逆転勝利で幕を閉じる、中々の演出だと思わないかい?」
両手を広げ主役気取りで演出過剰気味に語る杉本先輩。何だ、コイツは、完全に自分に酔っているのか?
ナルシストの属性も入っているとか、気持ち悪いし嫌な奴だな。
「杉本先輩、まだ勝負はわかりませんよ」
ここまで特に何も言わなかった美鈴が初めて口を開いた。しかも何か不穏な空気である。
「君ならばともかく、学年最下位の一年生がこの論題で僕に勝てると?」
杉本先輩は鼻で笑うように美鈴の言葉を一蹴する。
「ええ、大和は勝ちます」
美鈴は躊躇なくきっぱりと言い切った。おい、何を言ってやがる
さっき俺は〈そもそも勝てるとは思わんが〉と言ったばかりだろうが、もう忘れたのか?
「彼が僕に?」
杉本先輩はチラリと俺に視線を向けた。おそらくは今日初めて俺は杉本先輩の視界に入ったのだろう。
ここで格上の生徒会長相手にタンカでも切ってやればそれなりにカッコが付くのだろうが残念ながら俺にはそんな気概も度胸も無い。
だから違う形で喧嘩を売ることにした
「初めまして杉本先輩。お察しの通り俺は雑魚中の雑魚、杉本先輩のような立派で優秀な人間と比べれば取るに足らない虫けらですよ。
そんな虫けらの俺から一つ聞いていいっすか?」
「何かね?言ってみたまえ」
杉本先輩は余裕綽々と言った感じの笑みを浮かべながら言った。
「そのキモイ言動は生徒会会長になるための演出ですか?
自分の通う学園の生徒会長が素でそんなにキモいキャラだったらと思うと、この学園の一生徒として恥ずかしいものですから」
そこまでの余裕がなくなり杉本先輩の顔に明らかに怒りの表情が浮かぶ。
「そうか、雑魚は雑魚なりに僕の精神を乱して少しでも試合を有利に運ぼうとしているのか。
悪くない作戦だが僕を侮辱した事は許されない。虫は虫らしくプチっと踏み潰してやるよ」
俺を見る目に苛立ちが見える。ならばもう少し付け加えるか。
「金本先輩ならばともかく、貴方に踏まれるのは勘弁して欲しいですね。
ちなみに俺は虫を殺すときは殺虫剤を使うのですが杉本先輩はわざわざ踏みつぶすのですね。
その時は多分〈おお、この僕に踏まれる事を光栄に思え〉とか言いながら踏みつぶすのですか?想像するだけでも中々にキモいですね」
杉本先輩は額に血管を浮かび上がらせお怒りモードの様である。
俺もつい調子に乗って煽ってしまった。この手の気取った人間を見るとついおちょくりたくなるのは俺の数少ない長所だ。
「雑魚が、完膚なきまでに叩き潰してやる‼」
杉本先輩は吐き捨てるように言い切るとクルリと背中を向けて帰ろうとした。
その時、松金が帰ろうとしている杉本先輩に声をかけた。
「ちょっと待ってもらえますか。杉本先輩」
「何だ、倫太郎。この無礼者に変わって謝罪したいとでもいうのか⁉」
杉本先輩は声を荒げながら振り向いた。松金は少し困った顔をして答える。
「そうですね、佐山の無礼は僕の方から謝罪します。ですが杉本先輩、佐山は決して雑魚ではないですよ。
本当に強いです。もしこの学園で杉本先輩と互角に戦える人間がいるとしたらこの佐山しかいないと思っていますよ」
おい、松金。お前まで何を言っているのだ⁉いい加減にしろ。
「この最下位男がか?」
杉本先輩は目を細めいぶかし気に俺を見た。
「はい、見ての通り性格はひねくれていますが本当に強いですよ。
佐山は負け要員ではなく、杉本先輩を倒す為に我々一年生の放った刺客です。どうか油断されませんように」
こら、何を言ってやがる松金。無駄にハードルを上げただけでなく、人を使って煽るのは止めろ‼
と俺は心の中で叫んでいた。そんな松金に触発されたのか美鈴も続いた。
「杉本先輩はもう勝ったつもりでいるのでしょうが一年生の学年最下位男に現生徒会長が無様に負けたらどうでしょう?
想像しただけで痛快だと思いませんか⁉まあ先輩にとっては単なる悪夢でしょうけれど
今からその悪夢を味あわせてあげますよ、楽しみにしていてください」
そう言って美鈴は不敵に笑った。お前らいい加減にしろよ、これで俺が無様に負けたらもの凄くカッコ悪いだろうが‼
その時は責任取ってくれるのだろうな。
そんな俺の気持ちを察することもなく。杉本先輩はジッと俺を見た後、何も言わずにこの場を立ち去った。
あ~あ、この学園で一番偉い奴にこれ以上ない程の勢いで喧嘩を売ってしまったもう後戻りはできないな……
まあいいか、元々美鈴には後戻りするつもりなど無いだろうしいつか倒さなければいけない相手なのは間違いない
それが早いか遅いかだけの話だ。
そう思うと少しだけ気が楽になった、そんな時である。
「ゴメン、大和。私つい……」
美鈴は今になって我に返ったようである。
「貴方を雑魚扱いされて腹が立ってつい絶対に勝つとか言っちゃった、変にハードル上げてゴメン。
大体この論題で杉本先輩と戦うとか無茶よね、いつもあなたに負担ばかりかけて……」
美鈴は申し訳なさそうにうつむき顔を逸らしていた。だが違う、
そうじゃない、俺が聞きたいのはそんな言葉じゃない。俺はその思いを伝えようと無言のまま真っすぐに美鈴の方を見つめた。
「別に勝てなくとも貴方のせいじゃないわ、これからの事とか考えずに気楽に……」
美鈴はそう言いかけて言葉を止めた。俺の視線の意図を感じたのか
ジッとこちらを見てしばらく黙って固まっていたのだが、突然両目を閉じふう~っと大きく息を吐いた
そして意を決するように背筋を伸ばし両目を見開くと右手を腰に当て真っすぐに俺の顔を見て口を開いた。
「大和、私の為に勝ってきて」
俺の脳天に稲妻の様な衝撃が走り体に妙な力と熱が伝わって来るのを感じた。
そうだ、俺はその言葉が欲しかったのだ‼そして俺はそのまま直立し深々と頭を下げると心からの言葉を伝えた。
「仰せのままに」
まるで女神の祝福を受け無敵状態の気分である。振り向くと他の連中も俺を見ていた。
「杉本先輩には散々それっぽい事を言ってタンカを切ってしまったからな。
ここでお前が無様に負けたら僕が大嘘つきになってしまう。僕の信用の為にもお前の実力を見せてやれ、佐山」
「せやで、こないにおいしい場面は変わって欲しいくらいや。あのナルシスト先輩はワイの仇でもあるんやさかい負けたら承知せえへんで‼」
「ま、まあ俺の代わりに出るのだから精々頑張れよ、今回はおいしい所を譲ってやるのだからありがたく思えよ」
松金、田所、木村は随分と好き勝手な事を言いやがる。以前はこういったやり取りは煩わしかっただけだったのだが
今はこういうやり取りがなぜか心地いい。俺はどうかしてしまったのだろうか?
「ああ、ちょっくら行ってくるぜ」
俺は皆に背中を向け戦場へと向うと罵声の様な声が一斉に俺に浴びせられた。
「負ける為に出て来るとか、大変だな‼」
「せめて見られる試合にしてくれよ‼」
「雑魚のくせにカッコつけているじゃねーぞ‼」
「あの子学年最下位なんだって、だっさーい」
三年生の応援席を中心に心無いヤジが飛ぶ。まあ仕方がない事だろう
ここにいる誰もが俺が勝つなんて微塵も思っていない、一部の馬鹿共だけなぜか俺の勝利を信じている。
だがその期待を裏切りたくない、本気で勝ちたいと思った、こんな気持ちは初めての経験である。
「皆さんお静かに、静粛にしてください‼」
ヤジによる騒音が酷くなり司会進行役の教師が必至で呼びかける。
しかし興奮状態の生徒たちは益々ヒートアップしヤジが波のように押し寄せて来る。
いいぞ、もっと言え、そのブーイングは俺にとってプラスにしかならない。
誰も味方がいない戦場で勝てるはずのない相手に無謀にも立ち向かう。
そうこれは俺にとっての戦い、佐山大和の水上特攻なのである。
俺は戦場に向かって静かに足を進めた。
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