女王対決の決着
「化粧をするにはそれ相応の時間もかかるし服や装飾にはお金がかかる。
女性が男性に比べて時間や金銭や多くかかる傾向があるのは事実じゃない⁉」
金本先輩は美鈴の問いかけに明確に答える事はせず感情的な言葉でこの話題を誤魔化そうとした。
「なるほど、それが【負担】であると?」
金本先輩は何とか否定も肯定もせずにこの場を乗り切ろうと画策するが美鈴は追求の手を緩めない。
想定外の展開に金本先輩の表情が歪む。そもそも今議論されている事は【負担】という言葉に対する定義であって
今回の論題とはややズレた内容だ。ぶっちゃけ金本先輩の発言の一部の言葉尻を捕まえて揚げ足を取っているだけと取られても仕方がない事なのだが
それが見ている者に対してどう映るのか?それが最大の問題なのである。
美鈴はそこをよくわかっている、追求する側とされる側、どちらが優勢に映るかは火を見るより明らかだ。
「女性側が男性側に対して多くの時間とお金を必要としている事は事実じゃない、貴方はそれを否定しようとするの⁉」
金本先輩はややキレ気味に反論する。最初の頃の優雅な感じはもはや微塵も感じられない。
あくまで【負担】の定義付けには触れずこのままの主張を押し切るつもりのようだ。
そんな金本先輩の意図をくみ取ったのか、美鈴は目を閉じると大きくため息をついた。
「ハア、どうやらこの件についてはきちんとした回答が得られないようですね。
このまま不毛な言い争いをしていても時間の無駄ですし金本先輩もその方がいいでしょう。では先ほど指摘のあった……」
これ以上の追求は無意味と見たのか美鈴はスッと次の話題へと切り替えた。
その切り切り替えの良さに松金が思わずつぶやいた。
「上手い。今の流れだと〈もうこれ以上追及しても貴方は逃げ回るだけだろうからこの辺りで勘弁してあげるわ〉
と言っている様にも聞こえる、紅林が完全にペースを握ったな⁉」
松金の言葉に木村も納得という感じでうなずいた。美鈴は話を続けた。
「金本先輩はこの日本において女性は不遇な扱いを受けていると言いました。
具体的にどういった事が女性にとって不遇だとおっしゃるのでしょうか?」
金本先輩はまずは自分を落ち着かせようとしたのか小さく息を吐きそのまま落ち着いた口調で語り始めた。
「私達が目指している政治の世界が正にそうでしょう。衆議院、参議院含めても男性議員に対して女性議員の数は圧倒的に少ない。
この国の人間の約半数は女性なのだからその人口比率を考えても女性議員が少なすぎるのよ。
これでは女性の声が国に届かないのも無理はないわ」
「では金本先輩はどうしたらいいとおっしゃるのですか?」
美鈴の質問に金本先輩は〈待っていました‼〉とばかりに目を輝かせ、意気揚々と答えた。
「私は日本でも【クオータ制】を導入するべきだと思うわ」
金本先輩が自信満々で言い放った【クオータ制】とは、格差是正の為にマイノリティに一定の割り当てを行うシステムの事である。
政治におけるジェンダー・クオータとは男女格差を是正するために性別を基準に女性の比率を上げる為に席を割り当てる事を指す。
わかりやすくいえば女性議員が少ないから女性に一定数の議席を与えなければならないという制度である。
「この【クオータ制】はフランスやドイツなどの先進国でも行われていて、女性の社会進出や人材の多様化にもつながります。
何より女性議員が増えれば女性の声が政府に届きやすくなりこの日本において大きな前進だと思います」
金本先輩は今までの劣勢を吹き飛ばすかのように雄弁と語った。
どうやらこの【クオータ制】に関しては絶対の自信があるようで
〈どう?反論できるモノならばしてみなさいよ〉とでも言わんばかりにドヤ顔を決め込んでいた。
「本当にそうでしょうか?」
美鈴が静かな声で問いかける。今度こそボコボコにしてやるとばかりに鼻息の荒かった金本先輩の顔一瞬強張った。
「何が言いたいのよ?」
「いえ、私は日本の国会議員に女性が少ない原因は男女差別ではないと思うのです」
美鈴のこの発言は会場にいる者達をざわつかせた。
「何を言っているのよ、現に女性議員は男性議員に比べて圧倒的に少ないじゃない‼」
金本先輩がやや感情的になって反論する。
「それは女性の立候補者が少ないからであって決して迫害されているのではないからです。
むしろ選挙での当選率は女性の方が高いと言われていますし現在政府与党の民自党でも女性議員の立候補者を募集しています。
金本先輩はそれでも女性が不遇だと言われるのですか?」
「で、でも女性議員が少ない事には変わりが無いのだから女性の声を届ける為にも女性議員の数を増やす事は必須よ。
【クオータ制】の導入は男女平等の為にも絶対に必要だと思うわ」
再び旗色が悪くなってきたと感じたのか金本先輩の顔から余裕が消えた。美鈴はさらに話を続ける。
「先ほどから金本先輩が推している【クオータ制】ですが、この制度は本当に男女平等を目指すモノなのでしょうか?」
「何を今更。さっきも言ったように世界の様々な先進国でも導入されている制度なのよ。それのどこに不備があるっているのよ⁉」
金本先輩の表情に焦りの色が見える。絶対的な自信を持っていた【クオータ制】に反論されるとは思ってもいなかったのだろう。
そんな金本先輩の動揺を見透かした様に美鈴は悠然と語り始めた。
「【クオータ制】という制度は色々な国で採用されているのは事実ですが全ての国で導入されているわけではありません。
その理由はこの制度に大きな問題があるからです」
「はあ?何を言っているのよ。そんな訳ないじゃない‼」
話の根本を否定される形となった金本先輩はさすがに看過できないと思ったのか、ムキになって反論した。それに対して美鈴はあくまで冷静沈着に答える。
「先ほども言ったように女性議員が少ないのは女性の立候補者が少ないからです。
それを無理矢理女性議員の比率を増やそうとすれば本当ならば当選していなかった女性が議員となり
本来当選していたはずの男性議員が落選してしまうという事態が起きます。
私はやはり議員というのは選挙によって国民に選ばれた実力者がなるものだと思うのです。
実力もなく選挙でも選ばれていない人が女性だというだけで当選するというのは逆差別ではないでしょうか?」
美鈴の一言に会場はざわついた。この話題になっても美鈴の優勢は変わらない事に皆も驚きを隠せない様子だった。
「そ、それは……女性の立場を守り、多くの女性の声を届けるのには仕方がない事だと思うわ」
金本先輩も慌てて反論する。ここは負けられない、ここで引き下がってしまったら勝ち目がないとわかっているのだろう。
「それは先ほど金本先輩のおっしゃっていた男女平等ではないですよね?
制度によって女性を優遇し男性を虐げる。それはどちらかというと女尊男卑の思想だと思うのですが?」
「そんな事は無いわ。貴方がこの日本で男性が虐げられて女性が優遇されているというのならその根拠を示してみなさいよ‼」
やや苦し紛れではあるが金本先輩の反撃は的確なモノであった。ディベートとは単なる口喧嘩ではない。
互いの主張の証明と否定、その論拠となるモノが理論的で根拠となる裏付けがあるかが重要なのだ。
美鈴は金本先輩の主張を崩しにかかっている。そこで金本先輩は反撃として美鈴の主張を証明しろと言っているのである。
「そうですね……まず男性が虐げられていると思える証拠は、男性の自殺率は女性の倍ほどあります。
これは男性の方が社会生活においてストレスが多くかかっているという証拠じゃないでしょうか?」
「そうかしら、それは単に男性は女性よりも精神的に弱いからでは無いの?
それに男性の自殺率が高いのは日本に限らない話よ。私はこの日本という国で男性が虐げられているという根拠を聞きたいのよ」
金本先輩の反撃は的確で中々に厳しいものだった。美鈴はどんな答えを出すのだろうか?
会場中の視線が美鈴に集まり誰もが美鈴の言葉に耳をそばだてた。
「ではこういうのはどうでしょうか?生物学的に男性よりも女性の方が平均寿命が長い事はよく知られていますが
先進国においてその差はおおよそ三年ぐらいと言われています。ですがこの日本において男性と女性の平均寿命は五年ほど違うとされています。
これは日本の男性が世界的に見てもより多くのストレスを抱えて生きている証拠ではないでしょうか?」
客観的な数字を出して論理的に証明するのはディベートにおいて非常に有効な方法である。
「そ、それだけじゃあ男性が虐げられている事にはならないわ。
根本的に男性の考え方がネガティブでストレスを抱えやすいのではないかしら?
そもそも女性側に比べて男性側から自分たちが虐げられているという主張は殆ど聞いたことがないわ」
確かに、女性側からの不平等だという声はよく聞くが男性側からのそういった主張はあまり聞いたことがない。
そもそも俺自身がネガティブ思想の権化のような人間なので金本先輩の主張にはぐうの音も出ない。
だが美鈴は馬鹿みたいに前向きでポジティブが服を着て歩いている様な女である
金本先輩の反論にも動じる事は無くすぐさま切り返した。
「男性はポジティブに勘違いする傾向があり、女性はネガティブに勘違いする傾向があると言われています。
これは統計学に基づいたモノであり確かな情報です。
つまり金本先輩の今の指摘は見当違いであり、的外れな意見だと言わざるを得ませんね」
軽くいなすような形で金本先輩の反論を退けた。
「それだけじゃあ男性が虐げられている証拠にはならないわ。もっと他の具体的な事例を挙げてみなさいよ⁉」
金本先輩もなんとか流れを変えようと必死で食い下がった。
「きちんと論理立てて根拠となる数字を出して発言したつもりですが、まあいいでしょう。
具体的には例えば日本では他先進国に比べて専用主婦の比率が多いと言われています、それが一つ。
そして男性が働き女性が家庭を守っている場合には女性は専業主婦と呼ばれますが
女性が働き男性が家庭を守っている場合日本ではその男性はヒモなどと呼ばれてしまいます。
そして主婦などはよく旦那の悪口を冗談交じりに話しますが旦那さんが奥さんの悪口など言おうものならばたちまち炎上待ったなしです。
あと一定年齢を越えた成人男性が若い女の子のアイドルのファンだと言うと、一部の女性から【キモい】などと中傷されたりしますが
成人女性が男性アイドルのファンだと言っても【推し活】という言葉で正当化され健全な趣味として認知されています。
なにより昨今では男性側は女性に対して非常に神経を使って発言しなければいけません
何かとセクハラ問題が付きまといますからね。しかし女性側が男性側にハラスメント発言を気にすることはあまりないように見受けられます。
例えば中年男性をオジサンと呼んでも特に問題はないですが中年女性をオバサンなどと呼べば今ではどんな問題が起るかわかりません。
こういった事を持ち出しても女性に比べて男性側は非常に生きづらい社会になっていると思いますが」
美鈴はスラスラと文章を読むように反論した、これで美鈴の優勢は動かない‼そう確信した時である。
金本先輩はなぜか突然クスクスと笑い始めたのである。
「驚いたわ、まさか紅林さんが今時男尊女卑のお考えをお持ちとは」
俺を含め見ている者たちが呆気にとられる。その時、横にいた田所が思わずつぶやいた。
「やりおるな、金本先輩。紅林嬢はあくまでディベートにおいて男性側の主張で発言したのに過ぎないのに
それを屁理屈で【女性差別主義者】というレッテルを無理矢理張りつけよった。
強引な印象操作でひっくり返そうという腹やな。論理ではなく精神的に揺さぶりに来たという訳や。
ここで紅林嬢が慌てた素振りを見せようものならば一気に形勢が傾くかもしれんで⁉」
田所の言う通りだ。討論ではもはや美鈴の優勢は動かない、
だから金本先輩は精神的な揺さぶりを込めて一発逆転の荒業を繰り出してきたのだ。
本来ディベートとは互いの主張と反論がどれだけ理論的かつ根拠を示しながら聞いている者たちを納得させられるか?
が勝敗の分かれ目になる。だがここにいる判定員たちはその道の有識者ではなく単なる素人だ。
話の説得力や論理よりもどちらが流れ的に話で押しているか?を重要視するだろう、つまり口喧嘩の感覚で見ている者が多いという事だ。金本先輩はそこを突いてきたのである。
そんな俺達の心配をよそに今度は美鈴がクスリと笑った。
「おかしなことをおっしゃいますね、金本先輩。今回私は男性側の立場でディベートしているのに過ぎません。
もしかしてディベートに夢中になりすぎてその事をお忘れになったのですか?
今回のテーマでは少々私が有利だったかもしれませんね、もしよろしければ立場を逆転させて私が女性側で再戦をしてもいいですよ」
美鈴はまるで動揺するそぶりも見せず金本先輩の難癖に近い言いがかりを見事に交わし余裕の笑みを見せた。
金本先輩の顔にはっきりと落胆の色が浮かぶ。ここでディベート終了のベルが鳴った。
思わぬ展開に会場は落ち着かない雰囲気で少しざわついていた。
判定をする二年生の生徒達がどちらの勝ちかを入力する、俺達は巨大モニターをジッと見つめ判定を待った。
結果は 72対32 美鈴の圧勝である。
ガックリと肩を落とす金本先輩とどこかホッとしている美鈴。
一年生の応援席は大いに盛り上がりまるでもう勝利したかのような騒ぎである。
逆に三年生側の応援席では誰もが押し黙り重苦しい空気が漂っていた。
現生徒会副会長である金本先輩の敗戦、しかもこの論題での大敗に誰もが信じられないといった表情を浮かべていた
一年生の美鈴が二年生のトップと三年生の№2を見事に破ったのだ。これ以上ない程一年生の士気が上がった。
美鈴によって雰囲気は完全に我らが一年生に傾いたと言ってもいいだろう、そして戦いは最終決戦へを迎えるのであった。
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