生徒会長の力
ここまでの結果を整理しておこう。二年生は全ての試合を終え獲得ポイントは412P。
三年生はここまで188P、そして我々一年生は216Pである。
つまり我々一年生がここから197P以上獲得すれば文句なしの優勝。
三年生が225P以上獲得すれば三年生の逆転優勝。
三年生が勝ち、一年生と三年生の獲得ポイントの差が38P以内であれば二年生の優勝というどうにも複雑な展開なのである。
否が応でも盛り上がる会場、試合開始前から各学年の応援席からも異様な熱気と緊張感が伝わって来て第一会議室を包み込んでいた。
「さあ、泣いても笑ってもここが最終戦、勝ちに行くわよ‼」
皆を鼓舞するような美鈴の言葉に全員がうなずく、ここに来てメンバーの心がようやく一つになった気がした。そして試合開始を告げるベルが鳴り響いた。
皆が息を飲み注目する中で第一会議室の巨大モニターに第一試合の論題が映し出された。
【死刑制度は継続すべきか】という高校生にしてはかなり重いテーマが出題された。
応援席からはああでもないこうでもないという声が耳に入って来る。
そんな中でこの手の論題を想定していた俺達は予定通り松金が出る事となった。
「じゃあ行ってくる」
強い意思を感じさせるまなざしでチラリとこちらを見た松金に美鈴が一言告げる。
「頑張って」
その一言に松金の口元が少し緩んだ気がした。そしてクルリと背中を向け一年の代表として松金は堂々と出て行った。
松金は独自の観点から理論を展開し雄弁に死刑制度の有用性を訴えた。
だが相手も中々に手強くかなりの拮抗した論争となった。
試合の終わりを告げるベルが鳴り響くと両者脱力したように力が抜け大きく息を吐いた。
どちらが勝ったのか全く分からないまさに熱戦、判定をする二年生や応援席にいる各学年もザワザワと騒がしくなり
判定結果を待つ者たちが巨大モニターに視線を集中させた。
結果は47対55 僅差での負けだったが現状を考えれば上等といえる結果であった。
引き上げていく両者に惜しみない拍手が送られ二人の健闘が称えられた。
「すまない、ここで勢いを付けたかったのだが……」
悔しそうに唇をかみしめる松金、結果に満足していない様子で目を伏せる。
そんな松金の言葉に美鈴はゆっくりと首を振った。
「ううん、そんな事は無いわ、松金君。貴方の戦いは私達に勇気をくれる素晴らしいモノだったわ。
それに私の見立てでは貴方が勝っていた、これは嘘やお世辞じゃないわよ」
「俺もよくやったと思うぜ」
「せやな、この状況のトップバッターとしてごっつい頑張ってたと思うで」
木村や田所が松金の健闘を称える中で最後に俺も続いた。
「判定員の二年生連中にとってディベート内容がほぼ同じくらいならば自分達の学年が有利になるように三年生に投票するはずだ。
そんなアウェーの空気の中でほぼ互角の投票結果が出たというのは事実上お前の勝ちという事だ。
それに俺達の置かれた状況で47Pの獲得は非常に大きい、勝ちに等しい結果ともいえるぜ」
俺達の言葉が意外だったのか少し驚いた様子の松金だったが、すぐに我に返り恥ずかしそうに横を向いた。
「な、何だよ、お前ら。柄にもない事言いやがって……褒めても何も出ないぞ……」
照れ臭そうな顔でメガネに触れ、動揺しながら視線を逸らす松金。
そんな様子がおかしくて皆が笑った。よくわからないが俺達が初めてチームとして団結した気がした。
第一試合の余韻が冷めやらぬ中で第二試合の論題が発表された。
【今の日本において経済対策と少子化対策、どちらを優先すべきか】この論題がモニターに映し出されると会場がにわかに騒めいた。
俺達もモニターを見上げながら一瞬言葉を失った。
「今の日本にとってはド直球の論題ね……」
「選挙演説や政治家同士の論争にそのまま使われそうなテーマだな」
「おいおい、こんなところで話す内容の話か?」
美鈴や松金、木村もやや呆れ気味でモニターを見つめていた。
「随分と生々しい論題だな、これは負けた方にかなりのダメージが残るぞ。
これを仕掛けた二年生、いや加藤先輩か?あの人は中々の策士だな、ただの熱血漢ではないという事か……」
論題の発表があった瞬間から不穏な空気が会場に流れ始めた。
将来政治家を目指す者たちにとってこのテーマに挑むことは中々の覚悟が必要だと誰もがわかっているからである。
「何や、その顔は?要するに勝てばええんやろ、勝てば」
重苦しい空気と独特の緊張感を払拭するかのように一歩前に出たのは田所だった。
「この論題ならばワイやろ?」
右手の親指で自分を指さしニヤリと笑う田所、コイツのこういう所は本当に頼りになる。
「そ、そうね、田所君にお願いするわ。でも田所君は経済対策の方で戦いたいのでしょ?
要望が相手とかぶったらどうするつもりなの?」
美鈴は至極当然の質問をぶつけたが、田所は目を閉じフッと笑うとそれを否定した。
「多分そうはならんやろ」
理由も言わずに否定した田所に皆が不思議そうな顔を浮かべたが、その理由はすぐにわかった。
次の瞬間、三年生の応援席がワッと沸いたのである。
「ついに来たわね……」
美鈴がふと独り言のようにつぶやき目を細めた。三年生の代表として出て来たのは学年リーダーであり現生徒会長でもある杉本正信先輩だったからである。
背が高くスラリとしたスタイル。しかし痩せているという訳ではなく引き締まった感じのイケメンである。
その上学業もスポーツも万能でまさに人の上に立つために生まれて来たような男である
つまり俺とは永遠に分かり合えない種類の人間という事だ。
杉本先輩の父親は現内閣特命担当大臣、つまり少子化担当大臣である杉本正孝氏。
その息子がディベートとはいえ少子化対策を後回しでいいとは口が裂けても言えないだろう。
田所と杉本先輩の両者がにらみ合うような形で対峙する、周りからは歓声と応援の声が沸き上がり会場の雰囲気は最高潮に達した。
そして先に口を開いたのは杉本先輩だった。
「君の一回戦は見せてもらった、一年生なのに中々やるね。でも僕には勝てないよ」
「はん、えろう余裕でんな。三年生の代表が一年生に負けたらごっついカッコ悪いで
そんな事になれば生徒会長としてメンツが立てへんやろ、何でしたら手加減してあげまひょか?」
田所は臆することもなく杉本先輩を挑発する、だが杉本先輩は動揺することもなく、余裕すら感じさせる態度で反論した。
「それは暗に僕に〈手加減してください〉というメッセージかい?
残念ながら僕は公明正大をモットーとしているから。手を抜くとかできないのだよ。
そのお詫びと言っては何だが、どちらのサイドでディベートするか君に選ばせてあげるよ」
まるで田所を格下扱いするかのような杉本先輩の姿に三年生の応援席は湧き上がった。
「負けた時の予防線でっか?立場がある人間は辛いでんな」
「余計な気遣いは無用だよ、どちらを選んだとしてどうせ僕が勝つのだから。どちらでも好きな方を選ぶといいよ」
その自信に満ち溢れた余裕の態度が田所をイラつかせた。
「じゃあお言葉に甘えてワイは【経済対策】の方を選ばせてもらいますわ。今から言い訳を考えておくことを進めます」
対戦前から戦いは始まっていた。言葉巧みに自分のペースに持ち込み主導権を握るというのが田所の得意パターンなのだが
そうはさせないとばかりに揺さぶりをかけて来た杉本先輩。
二年生との一回戦を見て田所をポイントゲッターと考えて自ら潰しに来たという訳だ。
この辺りの目の付け所と判断力、そして決断力はさすがに生徒会長だと思わせた。
ディベート勝負が始まると杉本先輩はその力を遺憾なく発揮した。
絶対に田所にペースを握らせず、理路整然と正論を語り終始主導権を握ったまま時間はあっという間に過ぎていった。
結果は68対34 田所の完敗である。
これで我らのリードは完全になくなると共にポイントゲッターである田所の敗北は我々一年生に大きな心理的ダメージを与えた。
一年生の応援席では誰もが押し黙りお通夜の様な静寂が訪れた。
それとは対照的にもはや優勝したかのような騒ぎの三年生達。勢いを含め完全に立場は逆転した。
興奮も冷めやらぬ雰囲気の中で二年生による論題が発表された。
そのテーマは【日本社会において優遇されているのは男性か女性か】という論題がモニターに大きく表示された。
それを見た各学年の生徒たちがにわかにザワついた。
「これはまたごっついセンシティブなテーマやな、扱い方を間違えるとえらい目にあうで⁉」
「世界的にも色々と言われているジェンダー問題にも大きくかかわってくる論題だな。
今時といえば今時ではあるが高校生が扱うテーマとしては少しデリケートすぎないか?」
「二年生はどんなつもりでこの論題を選んだよ、やる方の身にもなってみろってんだ‼」
田所、松金、木村が揃って複雑な表情を浮かべて眉をひそめた。
まあこいつらの言う事もわからなくはない、それほどまでに複雑で神経を遣うテーマである事は明白だからである。
そんな時三年生の応援席からワッという歓声が上がった。今回三年生の代表として出て来たのは生徒会副会長である金本美緒だった。
父親は県会議員、母親は女性の権利を守るための団体の代表を務めている。
見た目的にも背が高く抜群のプロポーションと整った顔立ち
そして茶色がかった縦ロールの髪が特徴的であり、いかにもお嬢様といった印象の美人である。
「三年生の代表は金本先輩か……だったら私が出るしかないわよね?」
ヤレヤレとばかりに首をすくめ目を閉じた美鈴はそのまま一歩前に足を踏み出した。
「じゃあ行ってくるわ」
美鈴はまるで近所に買い物にでも出かけるかのような口調で決戦会場へと出て行った。
現生徒会副会長VS一年生のトップ、しかも女性と同士というこれ以上ない状況に会場は否が応でも盛り上がった。
「初めまして紅林さん。貴方の噂は色々と聞いているわ、今日はお手柔らかにね」
上級生の余裕を見せつけるように金本美緒が美鈴に話しかけた。
「こちらこそよろしくお願いします。現生徒会副会長と戦えるなんて光栄です。全力で行かせてもらいます」
互いに相手を挑発することもなく静かな挨拶を交わす二人、だがそんな言葉とは裏腹に互いの目はメラメラと燃えていた。
学園内でも屈指の美女二人が火花を散らして視線をぶつかり合わせる。
見ている者達はこれから始まる激しい戦いを予感し固唾を吞んで見つめていた。
「では、互いにどちらのサイドで討論したいか選択してください」
司会進行を務める教師から二人に告げられた。
〈今回は両者とも女性である為にどちらも【女性】側が欲しいだろう〉というのが一般的な見方である。
昨今の世の中の流れからいっても女性側を取った方が有利になるだろうと考えられていた。
「私はもちろん女性側を希望するわ」
金本先輩が当然とばかりに主張する。
「では私は男性側でお願いします」
美鈴の一言に会場がざわつく。一年生陣営の松金や木村すらも驚きを隠せない様子だった。
「おいおい、紅林は何を考えているんだ⁉」
「ここはどう考えても女性側で戦うのが有利だろうが⁉」
皆同じ気持ちなのだろう。だが俺にはわかる。そういう空気だからこそ美鈴は【男性】サイドを選択したのだろう。
「クスっ、本当にいいの?」
金本先輩がどこか含みのある笑みを浮かべながら問いかけるが、美鈴は特に気にすることもなく答えた。
「ええ、問題ないですよ」
美鈴はそれが当然とばかりに実にあっけらかんと答えた。一年生の応援席から少しザワザワとした同様の声が聞こえて来る。
今空気の中で美鈴はどういった戦いをするのか、我々をはじめ会場全体が息を飲んで見守った。
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