紛糾する会議
俺が言ったその瞬間、皆があっと驚いたような声を上げ田所がガッカリとした表情を浮かべた。
「正解や。もう少し引っ張れると思うとったんやが、どうやらお前とはトコトン愛称が悪いようやな、佐山」
田所は俺を横目で見ながら恨み節風に言った。
「おい田所、俺はお前にお前と言われる筋合いはないぞ、手下ならば手下らしく佐山様と呼べ。そうすれば俺も寛大な心で許してやるかもしれないぜ」
「何や、それ。さっき紅林嬢も言うたやないかい、仲間だから仲良くしろと」
「そうか?俺には〈手下の分際で分をわきまえろ〉と聞こえたのだがな」
「どんな理解力やねん、そんな訳ないやろ‼」
「しかしそれが事実であり一般市民の受け取り方だ、大阪や足立区では違うみたいだな」
俺と田所のやり取りを遮るように再び美鈴がパンパンと手を叩いた。
「いい加減にしなさい、二人とも。それと大和。貴方の言葉には明らかに悪意があるわ
それ以上この場を乱すような発言をするのならば退室させるわよ」
美鈴からきつめのお叱りを受け、仕方がないので俺は発言を控えた。
俺としては別に退室させられても痛くもかゆくもない、ていうか嫌なのに無理矢理ここに連れてこられたのだから
退室という処置はこちらにしてみれば願ったりかなったりだが、まあ仕方がない。
この場を収め田所のペースを乱し、木村の留飲を下げる為にはやむを得ない行動であった。
その直後間髪入れず美鈴から〈ありがとう、助かった〉というラインが届いた。
つつがなく司会進行を続けながら他人に気づかれること無く素早くラインを送信するとか、さすがの一言である。
一区切りついたと判断した美鈴は仕切りなおすように皆に話しかけた。
「田所君の提案、非常に面白いと思います。ではディベート対決を検討してみましょうか」
その言葉に反応するように松金が手を上げる。
「松金君、どうぞ」
美鈴にうながされ松金はスッと席を立って発言する。
「ディベートとは特定の論題について、あえて異なる立場に分かれて議論をする、あのディベートの事だよな?」
「ええ、そうよ」
美鈴かあっさりと答えると松金は右手でメガネをクイっと上げ、厳しい口調で言葉を発した。
「だとしたら二つ問題がある。ディベートには大前提として論題を決めなければならないがその論題を誰が出すのだ?
それぞれの陣営に得意不得意の分野が必ずあるだろう、論題によって勝敗が左右される事は明白だ。
両者少しでも自分達に有利な論題が欲しいはずだからな。
それともう一つの問題。ディベートというのは明確な勝ち負けが判断しにくい、つまりそれは判定員をどうするか?
という問題につながる。ディベートの専門家と言える人間を招いて判定してもらうという方法もあるが
この学園の生徒の親は幅広い人脈を持っている。必ずしも公平なジャッジをしてくれるとは限らない。
なにせ子供の将来がかかっているのだからな。論題と判定員が公平にできる保証がなければこのディベート対決は成立しないだろう」
「その通りだ、ディベートがいいというのならばそこまで説明する義務があるだろうが‼」
松金の意見に便乗する形で木村が田所の提案に異議を唱える。
コイツの場合単に田所が気に入らないというだけなのだろうが。
「知らんがな、何か提案をして欲しいという要望を受けたから発案したまでの事であって
そこから細かい取り決めやルールは皆で考えるモノと違うんかい」
田所は木村に向かって言い返す。そして田所は更に語気を強めて続けた。
「木村、自分さっきから文句言うてばかりで何も建設的な事を言うとらんやないかい。
たまにはこうしたらいいとかアレはどうだ、とかの改善案や代案を出してから文句を言えや、ドアホ」
田所は木村に向かって斬り捨てるように言い放った。木村の難癖のような言い草に腹を立てた様だ。
まあ無理もない、今回は田所の言い分の方が正しい。俺にしても美鈴ならともかく木村を助けてやる義理はないし
寧ろ心境的には田所の方を応援してやりたいくらいである。
木村のひねくれた性格がダメな方に働いた結果だろう。
木林は何も言い返せずブルブルと小刻みに震えている。松金はヤレヤレといった感じで特にフォローに回るつもりは無いらしい。
美鈴も心境的には俺や松金と同じだろうが議長としてこの場をまとめなければならない責任がある。
どうしたものかと俺の方をチラリと見たが今回ばかりはどうするつもりもない
木村の暴走の尻拭いとか考えただけで気が滅入るからだ。
俺は美鈴に〈無理だ〉とばかりに目を閉じた。それを察した美鈴は大きくため息をついた後で口を開いた。
「もう止めなさい、木村君。今のやり取りはさすがに貴方が悪いわ。
少し前まで敵だった田所君をまだ味方として見られない気持ちはわからなくはないけれど
今は田所君を含めてB組の人達は私達の仲間よ、感情と理性を切り分けられない程子供じゃないでしょ?」
美鈴の諭すような言い方にさすがの木村も折れるしかなかった。
だがここで素直に謝るような性格でもなく、そっぽを向く形ですねるような仕草を見せた。
すると美鈴は田所に向かって頭を下げたのである。
「ごめんなさい、田所君。A組の委員長として仲間の非礼は謝罪するわ。
木村君は貴方に対抗意識みたいなモノがあって素直になれないみたいなの。
貴方の意見は検討に値する素晴らしいモノよ、どんどん貴方の考えを聞きたいわ、これからも協力していきましょう」
田所も美鈴にそう言われては嫌ともいえず、仕方がなく留飲を下げる形となった。
「紅林嬢がそう言うならばしゃあないな、全て水に流すわ。木村もそれでええな?」
田所の問いかけに木村は何も答えなかった。まあこの状況で答えられるはずもない
ここで素直になることができる様な人間ならばこんな性格になってはいないだろう。
完全に一人だけ株を下げる形となってしまった木村は慎重に発言するようになった。
これが最初からの狙いだとすれば美鈴も中々のタマである。
そういえば前に木村に掲示板に散々自分の悪口を書かれた時に
〈本音で言えばあのクズ野郎をぶん殴ってやりたいくらいよ‼〉と言っていたな。
木村には選挙協力の条件として交際を迫られた事もある。はっ、まさか⁉この機会を利用して木村に……
いや、深く考えるのは止そう。
「まずは田所君の出したディベート対決の問題点を解消する方向で話し合いましょう」
気を取り直したように美鈴が話を戻した。無論へそを曲げている木林などガン無視である。
「ディベート対決という提案はこちらで出したんや、A組の皆様の改善案を期待しとるで」
田所が再び牽制のパンチを入れて来た。我がA組は松金が問題定義をしただけで優良な発案や改善案は何一つ出していない
やった事と言えば木村が田所にイチャモンを付けたという事実だけである。
ここはA組から建設的な意見を出さなければ田所にペースを握られたまま進んでしまう。
〈全て水に流す〉と言っておいてきっちり主導権を取りに来るあたり本当に食えない奴だ。
松金と美鈴は必死で頭を回し考えているみたいだがすぐには良い案が出てこない様子だ。
二人とも勉強はできるのだがこういった事は学業成績とは異なる資質が必要だからな。
元来お嬢様、お坊ちゃんである美鈴と松金には少々難しい問題なのかもしれない。
今回木村には期待できないし小崎は最初から期待薄だ。
田所が意味深な笑みを浮かべながらこれ見よがしに美鈴の方を見ている。
その目はまるで〈何や、そんな事もわからへんのか?〉と言っている様であった。
その目が余計に美鈴と松金にプレッシャーを与え焦らせた。
焦れば焦るほどこういった問題は解けないモノである。う~ん、ここは何とか美鈴にヒントになるような事を……
俺は質問するような形で手を上げた。
「学年対抗のディベート対決での問題は論題と判定員だよな?
どちらにも贔屓しない、公平な論題とジャッジ。それはつまり一番公平な立場の人間は誰か?という事だよな」
俺の何か要領を得ない抽象的な質問に美鈴はいら立ち交じりの声で答えた。
「当たり前じゃない、何を今更。プロの判定員や教師達だって本当に公平か?と言われると怪しいわ。
完全に公平な立場の人間なんてどこにも……」
その時、美鈴はハッと目を見開き、何かに気がついたようである。
「そうか、利害関係が全くない人間を探そうとするから難しいのよ。
逆に利害に一番関係している人達に任せればいいんじゃない⁉」
目を輝かせながら美鈴がこぶしを握り締めた。
「どういうことだ、俺にもわかるように説明してくれ」
何かに気づいた様子の美鈴を見て、松金が不思議そうに問いかけた。
「つまり対戦していない学年にやらせればいいのよ。例えば一年生と二年生が戦う時は三年生が論題を出して判定を下す。
それならば公平にできるのではないかしら⁉」
「なるほど、対戦している両者共が敵である以上、どちらにも加担できないという訳か⁉」
松金が感心するように何度もうなずく。するとそれを聞いていた木村がいぶかしげな表情を浮かべ口を挟んできた。
「だがそれには問題があるぜ。論題はともかく判定は公平に行われるのかはかなり怪しい。
なぜならばそこまでで勝っている陣営の独走を許さない為にあえて得点の少ない方を贔屓して勝利判定を下すのではないか?
自分達が勝ちたいならばそれぐらいのことはやるだろう」
相変わらず問題定義しかしない木村だがコイツのいう事には一理ある。
「何や、またイチャモンかいな。もっと建設的な意見は出せないんかい、木村?」
木村に対して再び挑発的な言葉をかける田所。木村の表情がみるみる怒りに染まっていく。
美鈴は二人のやり取りに〈もういい加減にして〉といううんざりした表情を浮かべていた。
「おい田所、いい加減に……」
もう限界とばかりに木村が立ち上がろうとした時、俺が右手を差し出してそれを制した。
「ちょっと待て、木村。ここでキレたら田所の思うつぼだぞ」
「だがコイツは……」
木村は肩を震わせ田所を睨みつけていた。どうにも怒りが収まらない様子だ。
「いいからここは俺に任せろ。なあ田所、お前の発言は会議の進行を意図的に妨害しているとしか思えないぞ」
俺が木村に代わって注意すると田所は心外とばかりに首を振った。
「それは誤解やで、邪推ってやつや。さっきから木村がワイの言う事に否定的な意見ばかり言うさかいちょっと注意しただけやんか。
それをそないに曲解されたらかなわんで」
〈それは言いがかりだ〉とばかりに田所は大げさに両手を広げ首をすぼめる。だが俺は更に追求した。
「前の意見はともかく、今の木村の発言内容はもっともな指摘だ。
頭から否定するのではなく気づいたことを意見しただけだ。
これは問題点の解決、つまり修正案への布石ととれる。お前が言う程ネガティブな発言でもないぜ」
俺の言葉に田所は軽く苦笑する。
「何や、木村の事をえらく庇うやんか、佐山。自分、委員会のメンバーやないんやろ?
そのくせ一番画期的な意見を出したワイに当たりがきつくて同じクラスの木村には甘いって、それ贔屓とちゃうか?」
田所は皆にアピールするように大げさに言った。
「田所、確かにお前は画期的な意見を出した。だがお前はこの会議のメンバーである以前にB組のリーダーだろうが。
木村の意見にマイナス的な部分もあった事は認めるが木村は何度も発言をしている。
俺達A組は紅林をはじめ松金も小崎もメンバーでない俺ですら発言している。
それに比べてB組の奴らは何だ?この部屋に来て何か一言でも喋ったか?
あいつらはこの会議室の酸素濃度を減らして室内の湿度と温度と不快指数を上げるだけの地球にやさしくない有害生物でしかない。
田所、一つ聞きたいのだがお前が今やるべき事は積極的に意見を出す木村を糾弾する事か?
それともB組の委員長として全く役に立っていないボンクラ共に少しは発言して役に立てと注意する事か?なあ、教えてくれないか?」
俺はかなりの極論で田所に責任追及を迫った。おそらく田所は話の主導権を握るために
B組の奴らに〈何も話さなくてよい〉という指示を出していたのだろう。俺はそこを逆手に取ったのだ。
図らずも木村の擁護に回る形となってしまったがこのまま話し合いの進行が妨げられ美鈴が困ってしまう事は避けたい。
ここは仕方がないと割り切ることにした。
「はいはいはい、もうそのくらいにして、話が進まないから」
美鈴が再び手をパンパンと鳴らしながら俺達のやり取りを遮り会議の進行を促した。
「じゃあ俺の方からいいか?」
俺は美鈴の方に視線を向けながら手を上げた。
話し合いの中で積極的に意見するとか、本当にガラじゃないのだがここは流れ的に俺が意見を出すところだろう。
「木村の指摘した問題だが勝敗の判定は生徒が各自で判定をする形にすればいいと思う」
「それはどういうことだ?」
松金がすかさず質問をぶつけて来た。
「つまり一人1ポイントとしてどちらが勝ったと思うか、判定をする学年の各生徒がディベート後に投票するんだよ。
どの学年もA、Bの二クラスの合計102人いるからディベート後に投票すれば例えば67人対35人とかになる訳だ。
つまり今の例で言うと勝った方が67Pを獲得して負けた方でも35Pを獲得となる訳だ」
「なるほど、獲得票数=ポイントになる訳か、悪くない」
松金が口に手を当てて感心していた。そこに再び木村が割り込んできた。
「だがそれだとディベートの内容にかかわらず自軍が有利になるように投票しないか?」
「ああ、その可能性はあるな。だから投票数の多かった者、
つまり勝った方に投票した者だけそのポイントを個人成績に反映させるという方式にすればどうだ?」
俺の提案に松金も木村も〈あっ⁉〉と声を上げた。
「なるほど、各生徒ともに自分の学年が勝つに越した事は無いがそれよりも個人の成績の方が大事だと思う生徒は多いだろうな⁉」
「確かに、この学園は学業や運動で成績が決まらない。その分各生徒の採点基準は少し曖昧でわかりにくい所がある。
そんな状態でわかりやすく個人の成績にかかわるとなれば誰もが真剣に考えて本当に勝ったと思う方に投票するという訳か⁉
グループの団結よりも個人の都合を優先させるように誘導するシステム。
人間の欲を抑止力にするとか、佐山、お前えげつない事を考えるな」
俺が提案した内容は松金や木村だけでなく他のメンバー達にも概ね好評の様だった。