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送りバント作戦

週末の土曜日、学園は休みなのだが第二会議室には一年A組とB組の全員が集まっていた。


「田所君はまだ来ていないようね」

 

人の話し声がザワザワと飛ぶ買う中で美鈴はB組の人間を見回しながらボソリと呟いた。


「勿体付けて来るつもりなのだろう、田所の事だから宮本武蔵でも気取っているのかもしれないな、何にせよ奴の言動に一々振り回されない事だ」


「わかっているわよ、それぐらい……」

 

そう言いながら美鈴は唇をかみしめる。今までの事があるだけに美鈴はつとめて平常心を保とうとしているようだった。


競走馬で言ったらイレコミ気味というやつなのだろう、まあ美鈴の性格的に無理もない。


「おう、みんな集まっとる用やな」

 

第一レース発送3分前に田所はなに食わぬ顔で現れた。頭には黄色い鉢巻を付け阪神タイガースの応援ハッピを着てくるという念の入れようだ。


コイツの演出過剰ぶりには呆れを通り越して少し感心してしまう、見習いたいとは思わないが。


「田所、その恰好は何だ?」

 

俺が問いかけると田所はその服を見せつけるように言い放った。


「応援というたらこの格好やろうがい、いわばこれがワイの勝負服や‼」


「阪神戦もないのにその恰好で電車に乗ってきたのか?お前、恥ずかしくないのか?」


「恥ずかしくはない、というても学校に来て着替えたんやけれどな。


ワイは世界の人々が全員阪神ファンになれば戦争のない平和な世界が実現できると思うとるで」


「その時は巨人ファンが世界の敵になるという訳か」


「まあ、そうなるな。気の毒やが」

 

田所はニヤリと笑った。ふと横を見ると美鈴が凄い目でこちらを睨んでいた。


いかん、いかん、これ以上女王様を怒らせてはこの先ロクな事にはならないからな、この辺にしておこう。


「田所、早速だが第一レース発走までもう時間がない、お互いの買い目を紙に書いて発表する形でいいのだな?」


「ああ、それでええで。その書いた紙を皆に見えるようにモニターで公開する。


クラス全員で自分たちのクラスの買った馬を応援するんや、これは盛り上がるで」

 

不機嫌そうな美鈴とは対照的に楽しくてしょうがないといった様子の田所。


こうして勝負の火ぶたは切って落とされた。

 

皆の注目が集まる中でお互いの第1レースの買い目が発表された。


買い目とは互いに1レース1万円ずつかけるというルールの元、仮想で馬券を買った場合のモノである。


勝ち馬投票券いわゆる馬券と呼ばれるモノには数種類あり1着の馬を当てる単勝馬券、3着以内に入る馬を当てる複勝馬券


1,2着の馬を当てる連複馬券、8つに分けられた枠に入った馬たちの1,2着を当てる枠を当てる枠連馬券


1着、2着の馬を順位通り当てる馬単馬券、1~3着に入る馬の中の2頭を当てるワイド馬券


1,2,3着に入る3頭の馬を当てる3連複馬券、1着2着3着の馬を順位通り全て当てる3連単馬券と8種類ある。


もちろんどの馬券を買ってもいいし的中が困難なものほど配当も高いという仕組みである。


「こっちは準備OKやで」


「こちらもOKよ」

 

互いの買い目を書いた紙がパソコンを通じて巨大なモニターに映し出された。


その瞬間会議室にざわめきが起るがここに集まった生徒達の多くは馬券の事も競馬に関してもド素人ばかりだ


そんな中で馬券の事を知っている田所はこちらの買い目を見て眉をひそめた。


「何やその買い方は、つまらんにも程があるで」

 

田所の指摘通り、俺達A組の買い目は断然1番人気⑤番の馬の複勝


つまり1番人気の馬が3着以内に入れば的中するというモノである。


「どんな買い方をしてもこちらの自由でしょ、貴方にごちゃごちゃ言われる筋合いはないわ」

 

美鈴が思わず言い返した。


「まあそらどんな買い方をしてもそっちの自由やけれどな、しかしそんな馬券買うて当たったとしても配当は微々たるものやろ?」

 

田所に言われるまでもなく、1番人気の⑤番の馬が3着以内に入る馬券は的中率という意味では高いだろうが


もし当たったとしても1.1倍から1・3倍ほどにしかならない。


つまり儲けなどほとんどないいわば送りバントのような馬券なのである。


「つまらんのう、おどれはもう少し勝負師かと思うとったで」

 

田所が俺の方を見て呆れたように言った。


「勝負は勝つことが全てだからな、勝てばいいのさ」

 

俺はニヒルを決め込みそう返した。


「まあええわ、どっちが勝つんかは勝利の女神さまの知るところという訳や」

 

田所は軽くため息をついた後に視線をモニターに移した。B組の仮想馬券は1番人気の馬⑤番から内枠の馬①、③、④、⑥の4頭流しの馬連馬券で勝負してきた。


「さあ始まるで」

 

田所が目をぎらつかせてモニターを睨むように見つめた。

 

第一レースは3歳の未勝利戦、ダート1800mの16頭立て、各場がゲートに入りスタートを待つばかりである。


そのレースを見つめるA組とB組の生徒たちも自然と緊張感が高まり息を飲んでモニターを凝視している。


そしてゲートが開くと各馬がスタートし勝負の開始を告げた。


内枠の馬の何頭かが出遅れてB組の生徒から悲鳴のような声が上がる。


どうやら買い目に入っていた馬も出遅れた様だ。


そんな出遅れた馬たちを尻目に1番人気の馬は順当にポジションを上げていきすぐさま先頭に立つと


最後の直線に入る頃には後続との差を広げてゴールした、余裕の圧勝である。


2着には⑭番の馬が追い込んできてゴール寸前で③番の馬を捕らえ決着する。


A組の者達は歓喜で喜びB組の者達はゴール寸前で勝ちを逃し絶望とため息に包まれるという対照的な結果となる。


人気のない⑭番の馬が2着に来た事で予想より配当が付いたがそれでも1.3倍。


一万円が一万三千円になっただけだが0よりマシである。我がA組は幸先よくリードした。


「まあしゃない、勝負はこれからや」

 

田所はこの結果も特に気にしていない様子である。B組の馬券はおそらく田所が全て決めているのだろう。


そして我がA組は話し合いの結果ある方針を決めた、それは1番人気の馬の複勝を買い続けるというモノ。


つまり徹底的な送りバント作戦という訳である。思惑通り我らA組は1レースから3レースまで的中することができた。


「お前らそれでホンマに楽しいんか?」

 

皮肉交じりに口を開く田所に対し美鈴は上機嫌で答えた。


「勝てれば楽しいわ、ウチのクラスはこれで3レース連続的中よ、それに比べてそちらはまだ一つも当ててないようだけれど、大丈夫なの?」


「言うやないか、まだ勝負はこれからや」

 

優位に立った美鈴は完全にドヤ顔で田所を見ていた、田所の方も心なしか焦りが見え始めている様にも見えた。


ここまでA組は1.3倍、1・5倍、1・1倍の配当を的中し合三万九千円


それに対しB組は的中ゼロの0円、序盤としてはいい滑り出しだ。


残りのレースもこのまま田所が的中無しのゼロならば自動的に俺達の勝ちが決定するのだが勝負はそんなに甘くない田所のいう勝負はこれからというのは本当だろう。

 

危惧していた通り流れは突如変わった。第4レースは1番人気が8着に敗れ我らの連勝はストップ


それでもB組も外れたので差はそのままだった、しかし迎えた第5レース、ついにB組の逆襲が始まった。


「よっしゃあ、ついに来たで‼」

 

第5レースは2番人気の馬が逃げ切り勝ちを収め1着、2番手に付けていた5番人気の先行馬が2着に入り25・2倍の配当で決まる。


俺達が買っていた1番人気の馬は後方から猛然と追い込むもわずかに及ばず4着に終わる。


B組はこの馬連に二千円かけていたので、五万4百円の配当、あっさりと逆転を許した。


「どや、これが勝負ちゅうもんやで‼」

 

勝ち誇る田所に悔しさをにじませる美鈴、それに呼応するように歓喜に沸くB組の連中と落胆の色を隠せないA組の者達、会議室の空気は一変した。

 

唇をかみしめ、肩を震わせる美鈴の肩をポンと叩き、俺は声をかけた。


「まだ5レースが終わったばかりだ、それに差だってたったの一万ちょっとじゃないか」


「わかっているわよ、そのくらい‼」

 

美鈴はこちらを振り向くことなく吐き捨てるように言った。


ヤレヤレかなり熱くなっているな、美鈴は根本的にギャンブルに向いていない、とういうか熱くなって身を亡ぼすタイプだろう。


ここはリーダーとして冷静を装って仲間に動揺を悟られないようにしないといけないだろうに。


この素直で真っすぐなところが美鈴のいい所でもあり悪い所でもあるのだろうが……

 

続く第6レースは1,2,3着に穴馬が来るという大波乱、どちらもハズレで決着。


第7レースは1,2,3番人気で決まるという固いレースで決着。


久々の的中もB組も的中しわずかだが差は広がった。第8レースは両陣営ハズレで差は持ち越しとなる。


そして迎えた第9レース、1番人気の馬が3馬身差の圧勝劇を見せるも2着に人気薄の逃げ馬が残り馬連42倍の配当で決着


B組はこれを千円買っていたので四万二千円の的中、我がA組は1.3倍の一万三千円の的中なのでさらに差は開いた。


会議室のムードは開始当初とは打って変わってA組の空気は重苦しく、B組はもう勝ったかのような騒ぎである。


ここまで両組の途中経過は我がA組が9レース終わって5回の的中で計六万五千円、B組は3回の的中で計十万八千円という結果である。


的中回数こそこちらが多いが馬券的な配当の破壊力で負けている、今のところ両陣営の差は四万三千円である。


「もう残すところあと3レースや、差も開いてきたしそちらもそろそろ勝負やろ⁉」

 

田所が美鈴を見ながら挑発するようにニヤリと笑った。美鈴は何も言わずに田所を睨みつけている。


そして互いの組が第10レースの買い目を発表となった時、A組の者達から動揺するざわめきが買い来た


それはA組の買い目が今まで通りの1番人気の複勝だったからである。


「おいおい、この場に及んでまだ送りバントかいな」

 

田所が呆れたように首をすくめる、そしてA組の者たちからも不満の声が上がり始めた。


「いくら何でも弱気過ぎないか?」


「1番人気の複勝馬券じゃ当たっても追いつけないわよ」


「田所の言い草じゃないがここは勝負だろ⁉」

 

クラスの者達からの声がちらほらと俺達の耳に入って来る。彼らの言い分もわからなくはない


このレースでもしA組だけ的中しB組が外れたとしても一万三千円ほどしか差は縮まらずまだ三万円程負けているのである。


残りレースも僅かになって来たのを思えばここで勝負をかけるというのが普通の感覚である。


「クラスの仲間たちもああいっとるで、ホンマに送りバント馬券でええんか?今回だけ特別に変更OKにしたろか?」


「必要ないわ、このままでいく。それにリーダーが自らルールを破るようなことをすれば誰も付いてこないわ」

 

田所の提案をきっぱりと断る美鈴、そうだ、それでいい。ここで相手の提案に乗るようでは暗に負けを認めたようなものだ。


どこまでも気高く真っすぐ進んでこその紅林美鈴なのだ。


「そうなんや、まあええけどな」

 

揺さぶりに失敗したが田所はどこか嬉しそうに口元を緩めた。


そして第9レースが終わり1番人気の馬が2着に入り俺達は的中、B組は外れて差は三万円に縮まるが、残すレースはあと2レースとなった。


「さあ次のレースは今日のメイン、京都新聞杯や‼張り切っていくで‼」


第11レースは本日のメインレース、京都新聞杯(GⅡ)である。


このレースは日本競馬の最高峰、日本ダービーに出走を目指す馬たちが集うレースである。


「ここで決めたるで‼」

 

B組の買い目は一番人気の馬、⑤番から①、②、④、⑦の馬を相手に買う馬連、いわゆる流し馬券というやつだ。


そして俺達の買い目がスクリーンに大きく映し出されたときに会場から〈おおーー‼〉という歓声が起きた。


それはここまで送りバントオンリーで進めて来た俺達が初めて放った勝負手は5番人気である③番の単勝馬券。


つまり一着を当てにいったのである。


「何や、ようやくここで勝負かい」

 

田所が目を細めながらボソリとつぶやいた。


「勘違いするなよ、田所。俺達はヤバいと思ったから作戦を変更した訳じゃない


最初からこのレースだけに狙いを絞っていたんだ。だから他のレースは少しでも損失を抑えることに徹する事にした


その為の送りバント作戦だ。勝負師はここぞという時に勝負をかけるモノだろ」

 

俺が得意げに言ってやると田所の眉がピクリと動いた。


「ホンマかいな、ワイには苦し紛れの大博打にしか見えへんけれどな。


窮鼠猫を噛むつもりかもしれへんが、ワイらは猫やない、虎や。いくら決死の覚悟で向かって来てもネズミごときは軽くひねりつぶしたるで」

 

両陣営のにらみ合う視線がバチバチと火花を散らす、特に美鈴は絶対に負けないという意思を示すかのように強く睨み返していた。



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