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確分析率か?物理法則か?

「わかったわ、その条件を飲むわ」

 

俺が慌てて引き止めようとした時だった。それより一瞬早く美鈴が満足げにOKを出した。松金も木村も小崎も納得している様で田所がニヤリと笑う。


「決まりやな、じゃあさっそく始めようや」

 

田所は目の前のトランプを素早く片付け、二つのサイコロを右手に握りこんで高く上げた。


「さあ、張った、張った。そっちが先攻や、どの数字を選ぶんや⁉」

 

勝負の機運が高まり、乗ってきた田所はせかすような言葉を発してきた。


「私達が選んだ数字は7よ」

 

美鈴は自信満々に告げた。やはりそうか、予想通りと言えば予想通りの数字である。


サイコロを二つ投げた場合のパターンは全部で36通り。その中で7が出る可能性が最も高く


確率で言うと6/36、16・6%に当たる。つまり7が一番勝ちやすい数字なのだ。


先攻だと常にこの数字を選択ですることができる、その優位性に気づいたからこそ美鈴たちはこの勝負を受けたのである。


だがそこに落とし穴がある、一見有利に見えるこの競技はあくまで田所がまともに勝負をしてきた場合に限るという事だ。


「7か、セオリー過ぎてつまらんのう。そんな弱気で勝てるかいな」

 

まるで美鈴たちをあざ笑うかのように田所は呆れ気味に言った。


「御託はいい、そんな事を言って俺達に7を選ばせないようにしようとしたって無駄だ、さあお前はどの数字を選ぶのだ⁉」

 

反論するように木村が返す、美鈴たちは自分たちの優勢を確信している様子だ。


「ワイはそんな送りバントのような作戦はせん。狙うは常に逆転ホームランや‼」


田所は神事でも行うようにサイコロを握りこんだ右手を天高く掲げ、声高らかに言った。


「ワイが狙うのは2、それで決めたる‼」

 

田所の言葉に松金が思わず苦笑した。


「馬鹿か、お前は?2という数字は二つのサイコロが同時に1を出して初めて成立するモノだ


つまり確率で言うと1/36、2・77%しかない。12と同じで最も出にくい数字だ、そんな数字を選んで勝てるはずがないだろうが」


得意げに語る松金を尻目に田所はフッと笑った。


「甘いのう、この大勝負で確率だの有利だのそんな事を言っている様ではダメや。


絶対にこの数字を出すんや‼という強い意志が勝利を呼び込むんや」

 

田所は自信満々に言い切るが、今度は木村がすかさず反論した。


「甘いのはどっちだ、オカルトだか風水だか知らんが、そんなスピリチュアル頼りの理屈で勝てる程世の中は甘くない‼」


「だったらその目でよく見るんやな‼」

 

田所が勢いよくサイコロを振った。投げられたサイコロはエスニックな模様が入った赤い布の上をコロコロと転がりそして止まった。


「どや、見たか‼これが勝負における意志の強さや、強運や、執念や‼」

 

勝ち誇る田所とは対照的に唖然として言葉を失う美鈴たち。そう出た目の合計は2、田所の勝ち、そして美鈴の負けである。

 

田所はサイコロを素早く手に取り、出た目を見せつけるように美鈴たちに向けた。


「ピンゾロの2、これが勝負というもんや、アンタらは小難しい事ばかり並べ立てよるさかい勝利の女神には好かれなかったようやの


はっはっは。学年統一戦の勝負のやり方は明日にでも伝えるわ、ほな、さいなら」

 

右手をヒラヒラと振りながらクルリと背中を向け立ち去ろうとする田所、美鈴をはじめ松金も木村も茫然としていた。


このままでは田所に飲まれたまま終わってしまう。これはあくまで前哨戦でまだ負けた訳じゃないがここは一つかましておくか。


「呆れた奴だな、数学のテストと思わせて物理の問題を出してくるとは」

 

立ち去りかけていた俺が声をかけると立ち去りかけていた田所の足が止まり。背中越しに首だけこちらに向けて話し掛けて来た。


「ほう、気づいたんか?」


「ああ、当然だ。根性だの執念だの大そうな言葉を並べ立ててはいたが、やっている事はペテン師顔負けのごまかしじゃねーか」


「アホ言うなや、戦略上の頭脳的な演出と言って欲しいで」


「ほう、関西じゃそう言うのか。こちらではそう言うのを姑息なズルって言うんだぜ」

 

田所は目を細めてジッとこちらを見つめて来た。


「そういえばさっき自分の名前を聞いてへんかったな、おどれの名前教えろや」


「そういう個人情報は教えられないな。特に素行の悪い奴には教えてはならぬと死んだばあちゃんから教えられているのでな」


「はっはっは、おもろいな。この学園は坊ちゃん嬢ちゃんばかりの集まりかと思ったが、ちっとは骨のある奴がいるみたいやな」

 

田所は鋭い視線を向け睨むように俺を見つめて来た。俺はすかさず言葉を返す。


「買いかぶりすぎだ、俺は巷では骨なしチキンと言われているほど食べやすいチキン野郎だ」

 

俺のかわすような言葉に田所は目を閉じてフッと笑った。


「食えない奴やで、しかしおもろい勝負にはなりそうやな、本番は楽しみにしているで」

 

美鈴たちは俺と田所の会話を不思議そうに聞いていた。田所は今度こそこの場を立ち去ろうとする。


俺はその背中にふと話し掛けた。


「おい、今度は俺から質問いいか?」


田所はゆっくり振り向くとやや呆れ気味に言った。


「何や、自分は答えんくせにこっちには質問するんかい?まあ答えられる範囲でならええで」


「聞きたい事は一つだけだ。田所、お前本当に関西人か?」

 

俺の質問が意外だったのか、田所は思わずプッと吹き出した。


「何や、それ?それがこの空気で聞くことかい⁉」


「スマンな、あいにく俺は常にその空気とやらと戦っている。空気と聖書は読まない主義でな」

 

田所は機嫌よさそうに笑うと、ふう~と息を吐き出した後、答えた。


「ワイは正真正銘の関西出身や。まあでもオトンの仕事の都合で小学一年生の時には東京に来たけれどな、それ以来の東京育ちや」


「何だよ、それじゃあまるっきり江戸っ子じゃねーか」


「そんな事は無い、住んでいるのは足立区やけれど心はいつまでも関西や‼」


「戦闘民族 足立区民か……どうりで普通じゃないと思ったぜ」

 

俺が言うと田所は勝ち誇ったように笑みを浮かべそのまま去っていった。


第三会議室に残された俺達だったが美鈴が突然我に返ったかのように俺を見ると、挑みかかるように問いかけて来た。


「さっきの会話は何よ、数学とか物理とか。まさか田所君イカサマでもしていたの⁉」

 

美鈴が鬼気迫る勢いで美鈴が問いかけて来る、松金も木村も俺の発言に注目していた。


「まさかも何もアレはイカサマだ、お前らはまんまと引っ掛かったのだよ」

 

俺がそう言うと美鈴は驚き、松金は困惑し、木村は怒りの表情を浮かべていた。


「あんな単純なゲームでイカサマって……田所君はどういうインチキをしたというのよ?」


美鈴が食い気味に問いかけて来た、続けて松金も口を開いた


「単なるサイコロを使ったゲームにインチキとか考えられない、どうやったというのだ」

 

美鈴と同様松金も混乱している様だ。仕方がないので俺は皆にわかりやすく説明を始めた。


「あのサイコロに仕掛けがある。あれはおそらく中に重りが入っていて1が出やすくなっているはずだ、そしておそらくその重りというのは磁石だ」

 

俺の指摘で何かに気が付いた木村が机に敷いてあるエスニック風の赤い布を慌ててめくるとそこには薄い鉄板が敷いてあったのだ。


「下に鉄板を敷き、磁石入りのサイコロで1が出やすくなっていたという事か、あの野郎‼」

 

怒りに満ちた表情を浮かべ木村が部屋を出ていこうとする。


「待て、木村。どうするつもりだ?」

 

俺が呼び止めると木村は足を止め、苛立ち交じりの声で答えた。


「決まっているじゃねーか、アイツはまだイカサマサイコロを持っているはずだ、インチキを暴いてさっきの勝負を無効にしてやるんだよ‼」


「無駄だ、止せ」


俺はすかさず木村を制止した。


「どうしてだ⁉こんなインチキ許せるかよ‼」


「もう、あのイカサマサイコロはどこかに隠されているはずだ、そして今は何の仕掛けもないサイコロを持っている。


今更言っても言いがかり扱いされるだけだ」


「じゃあ泣き寝入りしろと言うのかよ⁉」


「仕方がないだろう、引っ掛かったお前らが悪い」

 

木村は顔を赤くして震えていた。すると今度は美鈴が抗議するように俺に噛みついてきた。


「大和、貴方は田所君のイカサマに気づいていたのよね?だったらなぜ教えてくれなかったのよ。


途中で教えてくれていれば私達が負ける事は無かったわ」

 

美鈴は睨むような眼で俺に鋭い視線を向けた。


「おいおい、コッチに当たるな。俺は止めようとしたがお前らが勝手に勝負を受けたんじゃね―か。


それに田所はきちんと言ったぞ〈このサイコロで〉と、お前らがそれを受けた時点で勝負は成立している、もう俺の口を挟む余地はなかった」


「でも、相手がインチキしているならば指摘すればいいじゃない、黙って負けを受け入れる必要はなかったと思うわ」

 

美鈴は悔しさをにじませ唇をかみしめていた。その感情は田所にではなく自分に対して腹を立てているのだろう


やり切れない思いがこちらにも伝わってきた。


「気づいたと言っても〈もしかしたらイカサマしているかも〉という程度の疑惑でしかなかったからな。


ハッキリと気づいたのはアイツが2を指定して的中させたからだ。


ていうかあの時点でお前らも気づけよ、あんなのは初歩のマジックだぞ⁉


そもそも自分たちが有利だと思い込み相手の作戦にまんまと乗ったお前らが悪い、今回はいい勉強になっただろう。


そもそもまだ学年統一戦に負けた訳じゃない、本番でやり返せばいいだけだ」

 

美鈴をはじめもう誰からも反論はなかった、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り俺達はスゴスゴと教室へと戻る


誰もが田所に手玉に取られた悔しさをにじませ押し黙っていた。


それにしても聞きしに勝る曲者のようだ。だがこれが本番でなくて良かった


相手がどういう人間かわかっただけでも大きな収穫だ。この借りはきっちり返してやるぜ、田所。


俺は柄にもなく思いを強めた。

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