曲者 田所廉也
〈と、いう訳なのよ……〉
もはや通例となった美鈴からの電話での会話である。
「今からアレコレ悩んでも仕方がないだろう、相手がどう出るか直接話を聞いてみない事には手の打ちようがない」
〈それはそうなのだけれど、会う前から何だか気が重いわ〉
今回の学園統一戦において、美鈴はどうも気乗りしない様である。
「まあ今回の学年統一戦はどちらが学年の主導権を握るか、話し合いから始めなければいけないからな。
毎年どの学年もモメると聞いている。必要とされるのは互いの妥協と譲歩と折り合いだからな
どこまで相手のいう事を受け入れこちらの主張を通して歩み寄るか、それができなければ真っ向からぶつかる事になる
その場合の決着の手段はどうするのか。確かに少し考えただけで頭の痛そうな話だ」
〈そうなのよ、考えただけで憂鬱だわ〉
美鈴は大きくため息をついた。元々白黒ハッキリつけたいタイプだけにこういった話し合いによる妥協と譲歩で忖度が必要になる談合は苦手なのだろう。
「そういえば一年B組の委員長はどんな奴なんだ?」
〈向こうの委員長は田所廉也といって関西を中心とするTADOKOROグループの社長、田所幸助の息子なの〉
「TADOKOROグループって、あのパチンコとかボーリング場、カラオケBOXとかを手広く展開しているあのTADOKOROか?」
〈そう、そのTADOKOROよ。彼はB組の委員長選挙もウチのクラスと同じく満票で当選したらしいわ
それに聞いた話だとその田所廉也という男はかなりの曲者らしいのよ〉
「曲者?何がどういう風に曲者だというのだ?」
〈そこまではわからないわ、でもかなり警戒した方がいいみたい〉
確かに、すでに曲者という噂が立つほどの男ならば警戒は必要だろう。どうやら一筋縄ではいかない相手のようだ。
〈それで明日にでも委員会メンバー四人でB組に行こうと思っているのだけれど〉
「おお、さっそく交渉の為に敵陣に乗り込むのか。何も話し合いをしていないうちにアレコレ想像しても意味ないからな。いいと思うぜ」
〈それで……大和も一緒に付いてきてくれない?〉
「は、何で?俺は委員会メンバーじゃないぜ。しかも別のクラスとか
自分のクラスにすら友達がいない俺がワザワザ他のクラスに行くとか、意味が分からんぞ」
〈別に友達作りに行くのではないのだからいいじゃない。ほら相手が曲者だというのならば
こちらも曲者で対抗した方がいいと思って。目には目をというか、毒を以て毒を制すというか、盗人の番は盗人を使えとか言うじゃない〉
「後半の方は随分と酷いことを言われていた気がするが、気のせいか?」
〈細かい事は気にしない。じゃあ明日、頼むわね、おやすみ〉
美鈴はそう言って一方的に喋ると電話を切った。何が〈じゃあ〉なのかわからないが俺は委員会メンバーと共に隣のクラスに乗り込む事になったらしい。
まあ俺の思いや意向を全く考慮に入れない女王様には慣れているし、俺の人生において今に始まった事ではない。
ここは運命と諦めて委員会のメンバーと同行することにした。ヤレヤレ、どうなる事やら……
否応なしに序盤から巻き込まれた俺は前途多難を予感し気が重くなる
そしてその予感は図らずも的中することになるのである。
翌日、美鈴を先頭に我がクラスの委員会メンバーが昼休みの時間を使って隣のB組へと乗り込んだ。
美鈴が教室の入り口を勢いよく開けるとB組の連中は一瞬騒めいた。
だが美鈴はそんな反応を気にすることもなくクラス中を見回し大きな声で問いかけた。
「私はA組委員長の紅林美鈴。田所廉也君に話があってきたのだけれど、いるかしら?」
B組の生徒たちはお互いの顔を見合わせて何やら話をしていたが、一人の男子生徒がスッと席から立ち上がり美鈴の質問に答えた。
「俺はこのクラスの副委員長の山田健一という者だが、委員長である田所廉也は今ここにはいない。
今なら第三会議室にいるはずだ。彼に会いたいのであればそこに行ってくれ」
「わかったわ、ありがとう」
美鈴は一言礼を言うと、ざわつきが治まらないB組にクルリと背中を向け颯爽と立ち去った。
この学園には教室とは別に生徒用の会議室が四つあり、そこを自由に使うことができる。
第一、第二会議室は大人数を収容できる大きな会議室なので使用するには学校側に申請して鍵を借りて利用する事ができる。
だが第三、第四会議室は十人前後用の小さな会議室で鍵も無く、学校側に申請することなく開いていれば自由に使うことができる。
ルールは入口にあるプレートを【空室】から【使用中】にひっくり返すだけである。
俺達は階段を下りて一階にある第三会議室へと向かった。
B組の副委員長山田の言う通り第三会議室の入り口のプレートは【使用中】になっており、中には人の気配がする。
美鈴は大きく息を吸い両目を見開くと、意を決するように会議室のドアをノックした。
すると中から〈入ってま~す〉というふざけた返事が返って来た。
なるほど、ファーストコンタクトの時点で曲者だとわかる反応だ。これは苦労しそうだな。
「ふざけるな‼」
木村が乱暴にドアを開けると中には男が一人だけで座っていた。コイツが田所廉也か……
「思ったより、遅かったやんか。もう少し早よう来ると思っとったで」
田所廉也はニヤニヤと不敵な笑みを浮かべながらこちらを見上げて話し掛けて来た。
髪はツーブロックで頭長部分を薄いピンクに染めている。肘の部分まで制服をまくり上げ胸元のボタンを閉めていないので中から派手な赤いTシャツが見えていた。
エセ関西弁の喋り方といい、この人を食ったような態度といいなるほど、これは曲者だ。
「もうちょっとだけ待っとってくれへんか、もう終わるさかいに」
田所廉也は机にエスニック風の怪しげな布を引きその上でトランプ占いをやっていた。
そしてカードをめくりスペードのエースを引き当てると嬉しそうに笑った。
「ええ傾向や、今のワイは運気絶好調の様やで‼」
まるで勝ち誇ったかのように悦に浸る田所廉也、たった一人の男の醸し出す雰囲気にA組の四人が飲まれかけている。
いかんな完全に向こうのペースだ、仕方がない、ここは俺が……
「恋占いに興じているところ悪いが、こっちも暇じゃないんでな。
まあ正確に言うと俺は暇なんだが、他の連中はそれなりに忙しいとの事だ。
彼女欲しけりゃ古風なトランプに頼らずマッチングアプリでも使って相手を探してくれ」
田所は俺の方をジロリと見て目を細めた。
「何や、自分、随分寒いこと言うやんか。この古風な感じがいいんやないかい」
「随分ロマンチストみたいだが、古風がいいのならば花占いなんかどうだ?
時短にもなるし結果も白黒わかりやすい。まあこの時代では植物愛護団体に怒られそうだが」
「ワイはベジタリアンの上にヴィーガンや、だから植物は食べる物と決めているさかい、その提案は受け入れられへんな」
「花占いに使った後で食べれば問題ないぜ、〈後からスタッフがおいしくいただきました〉と断っておけば問題解決だ、トリカブトとかおすすめだぜ」
「トリカブトはあまり好きやない、味が好みじゃ無いんや」
「おいおい、好き嫌いはいけないな。トリカブトも彼岸花もスズランもシクラメンも好き嫌いなく食べないと駄目だぜ」
「それ全部食べたら死んでまう植物やないかい‼って、ついに突っ込んでしまったやないかい、やるな、自分。
気に入ったで、今度一緒に焼肉でも行かんか?おごったるで」
「おいおい、お前はベジタリアンでヴィーガンじゃなかったのか?」
「最近のトレンドではベジタリアンもヴィーガンも肉を食うのや、知らんかったんか?」
「何せ俺は世間から嫌われていて友達もいないから教えてくれる人が誰もいないのでな」
俺と田所がニヤけながら会話を続けていると、割って入るように松金が口を挟んできた。
「いい加減にしろ‼ベラベラと関係ない事を、俺達はそんな話をしに来たのではない‼」
松金が息を荒げながら興奮気味に言い放った。そんな彼の姿を見て、田所は首をすくめた。
「何や、ノリが悪いのう。そんなんじゃ人生楽しめへんで」
松金は茶化す田所を睨みつける。見かねた美鈴が割って入るように前に出て口を開いた。
「田所君、昼休みの残り時間も少なくなってきたし本題に入っていいかしら?」
「しゃあないな、ええで」
あくまで平静を装い語り掛ける美鈴に対して田所はどこかつまらなそうだ。
「私達がここに来た理由はわかるでしょ、今度の学年統一戦の事なのだけれど……」
美鈴が話を切り出すと田所はすかさず右手を差し出してその話を遮った。
「ちょっと待った、嬢ちゃんの言いたいことは大体わかる。どちらの組が主導権を握るか、話し合いか勝負で決めるかどっちにするかという事やろ?」
「ええ、その通りよ。話が早くて助かるわ」
「それで、こっちとしては主導権を譲るつもりは無い、そっちもそうなんやろ?」
「ええ、その通りよ。じゃあ勝負という事になるわね」
美鈴が田所の顔を鋭く見つめた。
「そうなるな、でもワイとしては互いが少しでも自分たちが有利になるようにゴチャゴチャと言い合いをするんは嫌なんや
駆け引きとか忖度とか、そういうすっきりせんのはむずかゆいというか好かん、そうは思わんか?」
「そうね、そこは私も同意だわ。じゃあどうするつもりなの?」
美鈴は警戒しながらも田所に問いかけると、田所は待っていましたとばかりに口元を緩めた。
「至極単純なゲームをしてそれに勝った方がどんな勝負をするかを決める、それでどうや?」
「至極単純なゲームって……何をするつもりなの?」
美鈴が問いかけると、田所はポケットからそそくさとある物を取り出した。
「これや‼」
田所が取り出したのは二つのサイコロだった。
「サイコロ?それで勝負して勝った方が勝負法を決めるというの⁉」
「せや、単純明快、わかりやすくてええやろ‼」
得意げに田所が言い放った。逆に美鈴達は互いの顔を見合わせながら少し困惑している。
「それで、サイコロで勝負を決めるというのならば、どうやって決めるつもりなのだ?丁半博打でもするつもりか?」
たまらず松金が問いかけると、田所はゆっくりと首を振った。
「ちっちっち、それじゃあまりにも味気ないやんか。もっと勝負を楽しめるような方法や」
「楽しめる方法って、具体的にはどういう方法なのよ?」
美鈴がいぶかし気に質問すると田所の目がキラリと光った。
「まず先攻後攻を決めて、この二つのサイコロの目の合計数をそれぞれで予想する。
そしてサイコロを振って出た目の合計を当てた方が勝ちというゲームや、単純やろ?」
田所の説明に美鈴と松金が目を細めた。
「それで、両者とも合計の数を当てられなかった場合はどうするの?先攻後攻を入れ替えて再度勝負をするって事?」
「まあ普通はそうなんやが、こちらがこの勝負法を提案した手前もあるしな。
サービスや、そちらがずっと先攻、つまり先に指定する数字を決めてええで」
田所の提案に美鈴をはじめ松金も木村も互いに目くばせをした後、小さく頷いた。マズい、これは良くない流れだ。
「おい、お前らちょっと……」
俺が慌てて引き止めようとしたが時すでに遅かったのである。
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