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人生の目標と青春の価値

俺は自宅マンションの入り口に到着するとエレベーターから降りて来た人物とばったり出会う。


「あら、今日は早いのね、大和」


彼女はどこか驚いた様子でこちらをうかがうように言う


「俺が帰ってくるのはいつもこの時間だ。それよりどこか出かけるのか、冴子?」


俺はやや呆れ気味に答え、続けて質問した。


「うん、美容院の予約入れていたのよ。じゃあ急ぐから」

 

会話もソコソコに慌てて出ていく彼女の後ろ姿を何となく見送った。


ちなみにこの冴子という女は俺の母親である。


なぜ俺が埼玉県春日部市在住の某国民的作品の主人公のように母親のことを名前呼びしているかといえばそれには理由がある。


俺の母親 佐山冴子は自分のことを〈母さん〉とか〈おふくろ〉と呼ぶ事を禁止している


唯一許されているのが〈ママ〉なのだが、高校生にもなって母親を〈ママ〉と呼ぶのはいささか抵抗があり


協議した結果〈じゃあ冴子と呼びなさい〉と言われたのである。


しかるにこれはあくまで先方の意向であり決して自分から言い出したのではないと覚えていて欲しい。

 

ここでこの少々変わった価値観を備えている俺の母親について少し語ろう。


冴子は子供の頃から美人で勉強もできたことから周りからちやほやされて育った。


京都大学に進学し一年の時にミス京大に選ばれるとそこからモデルにスカウトされる。


大学在学中モデルをしている時に服飾に興味を持ち卒業するころにはモデル兼デザイナーとして一流企業に就職が決まっていた。


そこに十年在籍したのちイタリアへと渡る、そこで独自のブランド【SAEKO】を立ち上げ一流デザイナーとしての地位を確立した。


そして三か月前に家族と共に日本に帰国し日本の一流企業へデザイナーとして引き抜かれることになったのである。


と、これだけ聞くと冴子が凄い人物のように聞こえるだろう。まあ実際息子である俺も母親の偉業は認めている。


見た目は高校生の息子がいるとは思えない程若々しくモデルも続けていることからも容姿は優れている。


そして何をやってもすぐにコツを掴んであっという間に習得してしまう、いわゆる天才肌というやつだろう。


実家は奈良の田舎出身だがその地ではちょっとした名家であり、そこの一人娘として何不自由なく育った。そう何不自由なく……


金持ちの一人娘で、美人で頭もいい、そして蝶よ花よと甘やかされて育った結果、一人のモンスターが誕生したのである。


先ほども述べたが冴子のポテンシャルは疑いようもなく高い。その為、俺は子供の頃から金で困ったことは一度も無かった。だが性格はお察しの通りである。


とにかく異常なまでの負けず嫌いであり、勝ち気で短気。自分の言った事は絶対に曲げず何が何でも我を通そうとする


その為には手段を選ばず暴力さえも辞さないというハチャメチャな性格なのだ。


だから会社側とのいさかいも絶えず、最初に就職した会社も、イタリアの会社も幹部の人間と大喧嘩をして飛び出した、いわば生粋の女王様気質なのである。


女王様は当然家事などしない、だから我が家の家事は俺が中学二年の時から殆ど俺がやっているのだ。


ウチの一家は俺が中学二年の時に親が離婚し、今では母親と妹の三人で暮らしている。


父親はおっとりとした性格で物静かな人だった。母とは大学時代に知り合い、冴子の方が父に一方的に惚れて猛烈なアタックの末に結婚まで押し切ったらしい。


だが冴子はあの性格なので結婚してから父はかなり苦労したはずだ


父も普通に働いて人並み以上の稼ぎはあったのだが、何せ妻が尋常じゃない稼ぎを得ていたのが不幸だった。


冴子はそれを理由に家事を一切せず、それどころか仕事でのストレスを全て夫にぶつけ、酒が入った時などは父に暴力も振るってもいた。


そして俺が中学二年の時、ついに二人は離婚となった。


俺も妹も思春期といえる時期だったが父を責める気にはなれなかった


それどころかあの冴子相手によく十五年も耐えたモノだと感心してしまったほどだ。


父は最後に俺に向かって〈母さんと妹を頼む〉と言って去って行った。


俺は心の中で〈お勤めご苦労様でした〉と父に告げ父の背中を見送った。


冴子が美容院に行っている内に俺は洗濯と掃除を済ませ夕食の用意を進めていると玄関のドアがガチャリと開いた。


「ただいま~、あれ、お兄だけ?」


帰ってきたのは妹の沙羅だ。沙羅は俺の一歳年下で現在中学三年生。


だがこの妹は悪くも悪くも母親である冴子の遺伝子を色濃く受け継いでいる。


「冴子は美容院に行くと言っていたぞ、そんなに遅くはならないと思うけれどな」


「ふ~ん、それで、今日の夕ご飯は何?」


「お前の好きなエビフライだ、あとマカロニサラダと豚汁と……」

 

俺が夕食メニューの紹介をしていると、沙羅の顔が険しくなる。


「ちょっと、私、今ダイエット中じゃん、どうしてそんなカロリーの高いメニュー出すのよ‼」


沙羅はいきなりお怒りモード全開で怒鳴りつけて来た。


「聞いてねーよ、そんな事。だったら昨日の夜か今日の朝にそう言っておけよ」


「昨日の夜は真由美とのラインで忙しかったじゃん、それに朝とか忙しくて言えないわよ‼」


「それこそ知らねーよ、だったらお前が自分の分を作れよ」


「私は忙しいの、お兄は稼いでないのだからお兄が家事をするのは当然じゃん‼」


沙羅はそれが当然だと言わんばかりに言い放つ。


【家事は稼ぎの少ない者がやる】これが我が家のモットーだ、もちろん発案者は冴子だ。


沙羅は冴子を尊敬し憧れていて中学生ながらティーン向けのファッション雑誌の読者モデルをやっている。


容姿は冴子に似ていてそれなりにいいのだが残念ながら頭の出来は遺伝しなかったようだ。


「仕方ねーな、じゃあお前用にダイエットメニューを作ってやるから何か要望はあるか?」


「う~ん、私もう出かけるから待っていられないわ。途中でマックに寄るからいいよ」

 

俺の作ったメニューはカロリー高いと怒るくせにハンバーガーはOKなのかよ……


俺は少し怒りを覚えたが、ここで言い合いになっても空しいだけなのでその言葉は飲み込んだ。


「出かけるって、今からどこか行くのか?」


「うん、今日はドクモ仲間とカラオケ行く約束しているの、だから帰りは少し遅くなるかも」


「おいおい、お前もうすぐ中間試験じゃなかったか?遊んでいていいのかよ?」


俺はこれでもお兄ちゃんなので少し心配になって聞いてみた。


「大丈夫だよ、私は勉強で生きていく気はないから。ママみたいにモデル兼デザイナーを目指すから勉強はいらないよ」


あっけらかんと言い放つ沙羅。


「いやいや、モデルはともかくデザイナーになるには勉強が必要だろ⁉そもそも冴子は頭も良かったし……」


「うるっさいなあ、私の後ろにはまだ六人もいるのだから大丈夫だよ」

 

何か正論みたいに言い放った沙羅だったが、どうやら妹の成績は学年220人中、214位らしい。それのどこが大丈夫なのか、判断基準を知りたいものだ。


「お前それで高校とか行けるのか?それとも高校には行くつもりがないのか?」


「行くに決まっているじゃん、私でも行ける高校は三つもあるんだよ‼」

 

沙羅は堂々と指を三本立てて得意げに言い放った。いや、それは〈三つしかない〉の間違いじゃ無いのか?


まあ少子化の影響で名前さえ書ければ受かる学校もあるらしいからな。


「まあ何にせよデザイナーを目指すならば高校ぐらいは出ておいた方がいいだろうからな


それに大学もFランクとかなら入れる所はあるだろ。幸いウチは金だけはあるみたいだし」


俺がフォローするつもりで言うと沙羅はムキになって反論してきた。


「何を言っているのよ、お兄。私はママを尊敬しているのよ、だからママと同じ大学に行くわ」

 

何故か自信満々に言い切る我が妹。お前の学力で京都大学とか奇跡が起きても受からんわ、そもそも京大の偏差値知っているのか、こいつは?


「冴子と同じって……お前本当にデザイナーを目指すつもりなのか?」


「当たり前じゃない、ママは私の理想なの。私もママみたいになりたいのよ」

 

沙羅は目を輝かせて語るが俺には全く理解できない。同じ遺伝子を持ち同じ生活環境に居てなぜこれほど価値基準が違うのか?と不思議に思った。


冴子は人間として尊敬とか理想には程遠い人物だと思うのだが……


「それならばなおさら試験を頑張らないとダメだろ?」

 

俺がたしなめるように言うと沙羅は人差し指を左右に振りながら得意げに答えた。


「チッチッチ、わかってないなあお兄。今だけしか味わえない青春の時間があるじゃない


学生時代の友達との思い出は何事にも代えがたい貴重な経験だよ、それが一番大切なのだよ」

 

沙羅は青春ドラマに出てくるような様な恥ずかしい台詞を偉そうに語った。


コイツは学生の本分が勉強だとわかっていないようだ。大体お前は受験生だろうが⁉


まあこいつみたいな女が将来港区に住んで男たちを散々振り回すのだろうな……


「しかし勉強しなければデザイナーになる夢とか実現できないぞ、それでもいいのか?」


「夢はね、諦めなければ叶うのよ‼」

 

今度はどこかの青春ソングに出てくる歌詞のようなことを言い出した。


それは才能があり努力を積み重ねて来た者だけが口にしていい台詞だと思うのだが……


「何にしろ、自分の為にも勉強はしておいた方がいいぞ」

 

俺はさりげない感じで妹に告げた。こいつは強く言うとすぐムキになるのでそれとなくやんわり伝えたのだが、俺の言い方が気に入らなかったのか、沙羅が眉をひそめた。


「お兄はそうやって偉そうに言うけれど、私は勉強よりも大切な事ってあると思うわ。


私は勉強しかできなくて友達のいないお兄みたいになりたくないの、そんな青春には何の意味も無いじゃない。


自分の価値観で人の夢とか人生を否定するような事を言わないでよ‼」

 

俺の事を睨みつけ沙羅は熱く語る。今俺の青春を無意味で無価値と全完全否定したくせに


すぐさま自分の事は否定するなとはどの口が言っているのだろうか?そして沙羅の話は続く。


「大体お兄には昔から友達いないじゃない、勉強以前に人として終わっていると思うわ」


「うっ、ずっと友達がいなかった訳じゃない、ちゃんと友達はいた。その、小学生の時とか……」

 

苦し紛れに反論したがこの議題はマズい、ことコミュニケーション能力に関しては俺と沙羅ではサイヤ人とミジンコぐらいの差があるからだ。


「小学生の時って……お兄が小学生の時お誕生日会を開いたけれど友達誰も来なかったじゃん


せっかくママがご馳走を手配してくれたのに……普通一人や二人ぐらいは来るよね?」

 

完全に呆れ口調で語る沙羅。コイツ、思い出したくもない黒歴史を持ち出しやがって。


「あ、あれはたまたまだ。翌年の誕生日会には二人来ただろうが⁉」

 

翌年の誕生日会にはクラスメイト全員に声をかけ二人だけ来てくれたのだ。しかもまともに話したことも無い奴らだった。


こちらが逆にプレゼントをあげるという撒き餌をばらまいた末に釣れたのは妹目当てで来ただけのマセガキだけだったのだ。


「二人って……しかもあの時来た人ってお兄とは全然話さないくせにやたら私に話しかけてくるからウザい事この上なかったわ」


沙羅はため息交じりに俺の黒歴史を語った。


「それ以来、お兄の誕生日は家族だけでしめやかに行われることになったわよね」


「俺の祝うべき生誕祭を家族葬みたいに言うのは止めろ‼」


「友達がいないとか、生きながら死んでいるのと変わらないじゃん、私なら耐えられないわ」

 

生きながら死んでいるとか。コイツ、実の兄の事をゾンビと同じカテゴリーに入れやがった。


「た、誕生日といえど、今の時代、個人情報を漏洩させるのは避けるべきだ。俺がおかしいのではない、世間のセキュリティ意識が低すぎるのだ」

 

無理矢理の屁理屈をそれっぽく述べてみたが、沙羅はいぶかし気な目でこちらを見ていた。


「お兄の情報に何の価値があるのよ?そもそも私ならお兄の故人情報とかお金もらっても欲しくないわ。


あの悪夢のような誕生日会は確かお兄が享年九歳の時だったっけ?」


「こら、故人情報って何だ⁉それに享年は死んだ年だ、お前は何が何でも俺を殺したいのか」


「ゴチャゴチャうるさいなあ、私急ぐから,ママにはそう言っておいて。じゃあ」


言いたい事を言うだけ言って沙羅は出ていった。まあ沙羅の人生だし俺が一々いう事では無いのかもしれないな


それにあいつならしぶとく生きていけるだろう、知らんけど……


俺は沙羅が出て行った玄関のドアを見つめながらそんな事を思った。

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