星に誓いを
放課後の学園はひっそりと静まり返っていた。周りには誰もおらず日が落ちて来た事もあってどこか寂しさ感じさせた。
辺りもすでに暗くなり始め人気のない校舎から出てくる人物が俺達の視界に入ってきた、松金である。
黒縁のメガネをかけ髪を七三分けにし、背筋を伸ばして真っすぐ歩いて来る姿はいかにもといった感じである。
松金は校門の前で待っている俺と美鈴の姿に気づくと、俺達の視線が自分に向けられている事に少し驚いた様子であった。
「紅林と佐山?意外な組み合わせだが、俺に何か用か?」
松金は眉をひそめ警戒心のこもった表情を浮かべた。
一度俺の方にもチラリと視線を向けたが基本的には美鈴に対して話している事は明白だった。
「ええ、貴方に少し話があるの、松金君」
美鈴がまるで道でも尋ねるかの様な軽い口調で話しかけると、松金は少し眉を顰め表情をこわばらせた。
松金もすでに木村派が美鈴に協力する事は承知しているはずなので今度の委員長選挙において自分が非常に厳しい状況だと理解していた。
「今更俺に何の話だ?〈このまま無条件降伏して君の派閥に加われ〉とでもいいたいのか?」
鋭い視線を美鈴に向け敵愾心をむき出しにして問いかける松金。
実際選挙が終わるまではお互い敵同士なのだからそれは仕方がない事なのだろう。
「そうじゃないわ、今日は貴方に聞きたい事があってきたのよ」
「聞きたい事だと?この期に及んで何だ?」
松金は〈何を企んでいる?〉とでも言いたげに美鈴をジッと見つめた。
松金にとって俺は単なる付き添いであってその視線内には入っていないのだろう。
「実はさっきあった事なのだけれど……」
美鈴は先ほどあった平岡との出来事を話し始めた。松金も最初の内は馬鹿馬鹿しいとばかりに信じず失笑気味に話を聞いていたのだが
美鈴の話が進むにつれどうやら本当の事だと気が付いたのか、松金の顔からどんどん余裕が消えていった。
「貴方に聞きたいのは一つよ、平岡君がやった事は貴方の指示によるものなの?」
美鈴の問いかけると、松金は食い気味に反論した。
「そんな訳ないだろう‼あの馬鹿、何という事を……」
松金の目と表情は怒りに満ちていた、その怒りは間違いなく平岡の方へと向けられていたのだろう
だがそれは彼らの問題だ。ここでようやく俺が口を挟んだ。
「でも平岡の奴は〈松金には許可を取った〉と言っていたぜ」
俺が言うと松金はすぐさま反論した。
「そんな許可などしていない‼平岡が〈こちらでも打てる手を打ってみる〉と言ったのでそれなら頼むと言っただけだ。
まさかこんな犯罪まがいの事をするなんて……」
普段冷静な松金だが今はかなり取り乱している様子だ、まあ無理もないが。
「ちなみにその時、平岡に脅されて無理矢理加担させられた者達の証言も録画してあるぜ。
それで、お前はどう落とし前を付けるつもりだ?」
松金は絶望的な表情を浮かべこちらに視線を向けた。
「落とし前……だと?」
「ああ、落とし前だ。だってお前の派閥のナンバー2がとんでもない事をしたのだぜ。
トップとしては責任を取らなければいけないだろうが」
「そんな馬鹿な言いがかりがあるか‼平岡が勝手にやった事だ、責任など取れるか‼」
「でも平岡はお前の腹心だろうが、それにお前が許可をだしているとなれば派閥としての行動ととられても仕方がない事だろう」
「だから許可などしていないと言っているだろうが‼知っていれば誰が許可などするか‼」
松金は苛立ち混じりの言葉で吐き捨てるように言った。
「それはお前が確認を怠っただけだろう、上に立つ者として失態と言わざるを得ないな」
俺が無慈悲に言い放つと松金は反射的に何かを言いかけたが、その言葉を飲み込んだ。
そして下を向き独り言のように小さな声で呟いた。
「そんな無茶苦茶な……平岡がこんな事をするなんて誰が予想できる」
松金は独り言のようにボソリを呟く。怒りと困惑が入り混じった表情で行き場の無い感情を持て余しているようだ。
そこに俺がさらに追い討ちをかける。
「それはお前の想像力の欠如だな、こちらとしてもそこまでは知らん」
松金の怒りに満ちた目が俺に向けられた。
「だったら平岡を俺達の派閥から除名させる。これだけの事をしたのだ、当然だろう。それで俺と平岡は無関係だ‼」
「そう来たか、だが周りはどう見るだろうな?多分
〈選挙の旗色が悪くなってきたので平岡に汚い事をさせたが
それがバレたので平岡をトカゲの尻尾の様に切り捨てた〉
と見るのではないか?それが世間一般のものの見方だし当然俺もそういう見解で皆に説明するしな」
「そんな……馬鹿な、俺は本当に……」
再び絶望的な表情になりうなだれる松金。
今回の事はコイツにとっては単なるとばっちりで少しかわいそうな気もするが、これも美鈴に完全勝利に導くためだ。
言葉を無くし肩を落としてうなだれている松金に美鈴がそっと話しかけた。
「松金君、私は今回の事を公にするつもりは無いわ、だから私達と力を合わせていきましょう」
松金からの返事はなかった。だが彼に選択肢など無いことも事実である。
元々絶対的に不利だった形勢が決定的になったというだけの事なのだ。
こうして第二派閥の松金派が美鈴の陣営に加わった。これで今度の委員長選挙は満票一致で紅林美鈴の完全勝利が確定したのである。
俺達はトボトボと帰る松金の背中を見送った。松金の姿が見えなくなると
すでに暗くなった空の下で美鈴が俺の方を見ずにボソリと話しかけてきた。
「ねえ大和、今回みたいな事はもう止めなさい」
「何が、だよ?」
「とぼけないで、どうせあなたが裏で糸を引いていたのでしょう?」
「おかしなことを言うな、俺は何もしていないぜ。今回も平岡の方から俺に近づいてきたのだし
俺は平岡の手下のフリをしてペコペコと腰を低くしていただけだ。
今回の事を考えたのも全て平岡だ、俺は意見も助言もしていない」
俺がそう言うと美鈴はジロリとこちらを睨むように見た。
「しらじらしい、意見や助言はしていなくとも貴方が言葉巧みに平岡君の思考を誘導してそういう行動に導いたのでしょう?」
さすがは美鈴、全てお見通しという訳か。俺が何も言わないと美鈴は目を閉じてハアと大きくため息をついた。
「多分木村君の時もそうなのだろうけれど、言葉巧みに相手の思考を誘導しつつ罠にハメて
弱みを握り従わせるとか悪人の発想じゃない。まるでモリアーティ教授じゃないのよ」
美鈴は呆れ気味に首を振りため息をついた
「俺はそんな大物じゃないぜ、買いかぶりすぎだ」
「褒めていないわよ‼もう……私の為なのだろうけれど、こういう事はもうしないで」
美鈴は鋭い視線を向け有無を言わせぬほどの強い口調で言った。
それは注意というより警告というか〈もしも約束を破ったらわかっているな〉という最後通告に近かったのかもしれない。
「しかし美鈴、お前の目指す総理大臣になるためには清濁併せ呑むくらいの器がないとこの先は厳しいぞ。
その先に居る永田町に住む妖怪ジジイ共はおそらくこんなモノじゃないからな」
「それでも‼」
俺の言葉を遮るように、美鈴は大きな声で言った。
「それでもダメ。ちゃんと真っすぐやるの、公明正大、正々堂々と正攻法で。
こんな卑劣なやり方をしなくても貴方ならちゃんとできるでしょう?」
美鈴は真剣な顔で俺の方をまっすぐに見つめながら言った。
俺はなぜか自分が悪い事をしている気分になり、その視線から逃げるように目を逸らす。
「そ、それこそ買いかぶりすぎだ。俺にはこんなやり方しか思いつかなかっただけだ。
所詮俺などその程度の姑息で卑怯な男なのだよ」
すると美鈴の顔に怒りが浮かぶ。
「その一々自分を卑下する言い方もやめなさい、聞いていて不愉快よ」
「自分で自分の事を言っているのだから別にいいだろうが?」
「ダメよ、例え大和自身が言っていたとしても、貴方の悪口は聞きたくないわ。
大和はもっと自信を持ちなさい、貴方に期待しているのはお母様だけじゃないのよ」
「おい、それって、どういう……」
美鈴は俺の質問には答えなかった。
こういう前しか見ていない女王様には例え自虐だろうと後ろ向きの言葉は聞きたくないのだろう。俺はそう解釈した。
俺達の会話が途切れ一瞬の静寂が訪れた。俺にとっては何か気まずく
美鈴に対してどことなく気後れしてしまっていたので空気を変える為にどう話を切り出そうかと考えていた時である。
美鈴は突然両手を上げて伸びをすると、ふう~っと大きく息を吐いてこちらを見た。
「さあ、次は学年統一戦よ。また力を貸してね、大和」
さっきのお叱りモードから一変、美鈴はフレンドリーな笑顔で俺に微笑みかけた。
こちらの予想や思惑を超えて女王様の気分はコロコロ変わる。
振り回されるこっちの身にもなって欲しいと言いたいがこの振り回される感じも悪くない
寧ろウエルカムかもしれないと思った。
空を見上げるとすでにいくつもの星が頭上で瞬いていた。
星に誓うとか本当にガラじゃないが、美しく輝く星に向かって〈俺が必ず美鈴を押し上げてやる〉と星に誓ったりしてみた。
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