小悪党の末路
その翌日、帝都学園の孔明(笑)こと平岡様の作戦が決行されることとなる。
そして平岡が自信満々で立てた作戦というのが、俺を含めた三人の謎の覆面男が美鈴の前に突然現れて
【委員長選挙を辞退しろ】と脅すという緻密で壮大で聡明な作戦なのである。
午後の授業が終わりそそくさと教室を後にした俺と平岡は作戦通り〇〇駅の裏に急いだ。
そこにはすでに平岡が用意したと思われる二人の男が待っていた。
一人は、身長が低く、細身で見るからに弱そうな男、そしてもう一人はなで肩でメガネをかけた中肉中背の男だ。
「こいつらは俺の中学の時の同級生で……まあ舎弟みたいな奴らだ」
平岡の紹介に二人は小さく頭を下げた。だが終始下を向き視線を泳がせながらオドオドしていた。
その様子を見るに平岡に言われて嫌々付き合わされたのだろう、どう見ても乗り気ではないことがわかる。
おそらく中学時代に平岡が虐めていた者達なのだろうと予想した。くどいようだがどこまでも嫌な奴である。
「じゃあ、お前ら上手くやれよ。俺はちゃんと見ているからな」
偉そうなセリフを言い残し足早に去っていく平岡。自分は何もせずおいしい所だけ持っていこうという相変わらずのクソ野郎ぶりである。
残された俺は呆れ気味にため息をついたが残りの二人は顔面蒼白で言葉を失っていた。
あまりに哀れに思えたので俺はそっと声をかけた。
「ちょっといいか。正直、平岡のクソ野郎には反吐が出る思いなのだが、お前らはどうだ?」
俺の言葉によほど驚いたのか、二人は目を丸くしながら互いに顔を見合わせた。
「今からやることはあのクソ野郎をハメて、二度とデカい面ができないように徹底的に潰す為の作戦だ、お前らも乗らないか?」
二人は俺の言う事が信じられないのか、どう返事していいのか決めかねている様子だった。
まあ無理もないが時間もない。仕方がない、飴と鞭でもう一押しするか。
「お前らがこのまま平岡の命令通りやるというのなら、不本意ながら俺はお前らをぶちのめさなければいけなくなる。
こう見えても俺は武道の心得があるしな、二人がかりでもお前らには絶対に負けないぜ。
そして俺はか弱い女子高生を守った勇敢な男子、お前らは二人がかりで女子を脅した悪い奴となる。
わかっているとは思うが平岡は絶対にお前らを庇ったりしないぜ。
〈あいつらが勝手にやった事、自分は知らない〉というだけだ、あんなクソ野郎に義理立てして前科者になるのか?
少し考えれば何が正しい行動かよく考えればわかるだろう。
だが俺に協力してくれるというのならば必ず平岡を潰してやる、必ずだ。
もう一度聞く、俺に協力して平岡のクソ野郎をぶっ潰すか
このまま平岡にいいようにこき使われて真っ暗な高校生活を送るか、今すぐ選べ、さあ、どうするよ?」
やや演出過剰気味に言ってみたのだが、答えなど聞く必要もなかった。
彼らはもう一度顔を見合わせ大きくうなずくと、力強く俺に言い放った。
「協力させてください、平岡にはもううんざりなんです‼」
「やっと中学を卒業してアイツから離れられたというのに、また電話がかかって来てこんな事を……
俺達嫌だって言ったんです。でもアイツ〈だったらお前らがどんな惨めな中学時代を送っていたか
あること無い事を今の学校に言いふらすぞ〉とか脅してきて……」
怒りと悔しさで震える二人、想像以上にクソ野郎だった平岡君、もう遠慮はいらないな。
「お前らの気持ちはよくわかった。じゃあ俺の考えた作戦を伝えるぞ」
俺は二人に聞こえるギリギリの声で作戦を伝えた。
それから十五分が過ぎた頃、少し古びた店が居並ぶ〇〇駅裏の路地に美鈴が姿を現した。
時間的に開いている店もなく、開店前の飲み屋街と制服姿の女子高生という組み合わせは何ともミスマッチに思えた。
美鈴はスマホを片手にキョロキョロと周りを見渡しながらゆっくりと歩いて来る。
その姿はどことなく不安げで常に堂々としている彼女にしては珍しく怯えたような表情を浮かべていた。
そんな彼女の姿を離れた場所から下品な笑みを浮かべて見つめる平岡。
「来た、来た、来た、ここから俺の立志伝が始まるぜ、くっくっく」
自分の作戦が上手くいっていると思い込んでいる平岡は愉悦に満ちた表情で事の成り行きを見守っていた。
そんな中で歩いて来る美鈴の前に突然三人の覆面男が姿を現した。
「な、何よ、アンタたちは⁉」
驚きを隠せず反射的に問いかける美鈴。物陰から怪しげな風体の男がいきなり目の前に現れれば誰だって驚くだろう。
よく見れば三人中二人は見るからに弱そうな男なのだが、この状況では冷静に分析はできないだのだろう
美鈴の顔は恐怖に引きつり思わず後ずさりする。
「私に何か用なの⁉」
美鈴は怯えながらも相手を睨みつけ声を震わせながら問いかけた。
「帝都学園一年A組 紅林美鈴だな?」
「今度の委員長選挙を辞退しろ、さもなくば痛い目を見るぞ」
脅迫しているはずの二人の声も裏返っていてどちらが脅されているのかわかったものじゃない状況だが
見守っている平岡はご満悦のようだった。
「よし、いいぞ、もう一押しだ。それにしても佐山の馬鹿は何をやっている
さっさとここでトドメの一言を言えや、全く使えない奴だな‼」
平岡は俺に対する不満の言葉を吐くが次の瞬間、不思議そうな表情で言葉を発した。
「はあ?何をやっているんだ、アイツらは?」
平岡が驚くのも無理はなかった。なぜならばついさっきまで脅していたはずの二人の覆面男がいきなり頭を下げ美鈴に対して謝罪したのである。
「すみませんでした‼」
「俺達、脅されて仕方がなく貴方を脅迫したんです‼」
平岡はもちろんの事、美鈴も何が起こったのか全く分からず茫然としていた。
ヤレヤレ仕方がないな、ここで種明かしとするか。
「これは俺が仕掛けたモノだ、悪かったな」
俺は美鈴の前で覆面をはぎ取り素顔を見せると二人も続いて覆面を取り再び謝罪した。
「な、何がどうなっているのよ⁉ちゃんと説明しなさい、大和‼」
美鈴は語気を荒げ噛みつくように言った。随分と大変お怒りの模様である。まあ当然か……
「だから、これは俺の作戦だ。以上」
「以上。じゃないわよ‼貴方がこの時間に一人でここに来いっていきなりラインで送りつけて来たんじゃない
本当に怖かったんだから‼そもそも何なのよ、この茶番は⁉」
美鈴はハアハアと息を荒げながら興奮気味にまくしたてる、よほど怖かったらしい。
「まあ落ち着け、俺に聞くよりもこの作戦を立案した本人に聞けよ」
俺は顎をクイっとしゃくり平岡の隠れている方向へと向けた。
俺達は平岡が隠れている所へ歩いていくと、平岡は物陰に隠れたまま身を丸くし、胎児のような格好で座り込んでいた。
「ひ~ら~お~かさ~ん。貴方の完ぺきな作戦は な ぜ か 失敗しちゃいましたぁ~」
物陰で身を丸め怯える小動物のように座り込んでいる平岡に向かって、俺は作戦の失敗を告げた。
見下ろす視線の先で顔を上げた平岡の表情からはすでに血の気が引いていた。
「佐山、お前……裏切ったな……」
蚊の鳴くような声を発し俺を見つめる平岡の表情にはさっきまでの自信に満ちた覇気は感じられない。
怯えた目でこちらを見上げる平岡の姿に覆面男A、Bもニヤついていた。
「裏切った?人聞きの悪い事を言わないでくださいよ~俺は最初から紅林美鈴の手下です
聡明で天才の平岡様ならばとっくに気が付いていると思っていましたぁ~」
平岡の顔が絶望に変わる。
「紅林の手下だと?おま、お前……俺をハメたな⁉」
「何のことですか?僕には何を言っているのか、さっぱりわかりま……」
目一杯煽りながら話す俺の言葉を美鈴が遮った。俺の後頭部を思い切りはたいたのだ。
「いい加減にしなさい。私が大和を手下にしたとか、誤解されるような言い方をしないで‼」
苛立ち気味の美鈴に対し俺は素直に頭を下げた。
「ああ、すまん。今の発言は撤回する。俺は紅林美鈴様の忠実な下僕だ。美鈴様にあらせられては此度の狼藉は……」
再び俺の後頭部に衝撃と〈パーン〉という乾いた打撃音が鳴り響いた。
「言い方がさっきよりも酷くなっているじゃない‼」
「じゃあどういえばお気に召すのだよ?」
「普通にしなさいよ。仲間とか、友達とか、同士とか,いくらでも呼び方はあるじゃない‼」
よほど俺の言い方が気に入らなかったのだろう、姫はまだ少しご立腹の様子だ。
「いいじゃねーか、今はその流れで話が進んでいたのだし、お前も合わせろよ」
「嫌よ、クラスメイトの男子を手下とか下僕とか、私の人格が疑われるじゃない‼」
俺は美鈴にお叱りの言葉を授けたが、俺達のやり取りを見て平岡は全てを察したようでガックリと肩を落とした。
そんな彼の態度を見た美鈴は一旦両目を閉じてふう~っと大きく息を吐くと、改めて平岡に視線を向けた。
「それで、納得のいく説明をしてくれるのでしょうね、平岡君?」
両手を腰に当て冷ややかな目で見下ろす美鈴。その視線を耐え切れなかったのか、平岡は反射的に目を逸らした。
「知らん、俺は何も知らん‼」
この期に及んでまだシラを切る平岡。この往生際の悪さはさすがと言わざるを得ないが、このまま済ませておくほど俺は優しくない。
「おやおや、黙秘権か?でも証拠はたんまり残っているぜ。ちなみに俺とお前の会話は全て録音しているし
この二人もお前がやった悪行を証言してくれるってさ。
わかっていないかもしれないがお前のやった事は立派な犯罪だ
善意の市民としてこの事を通報すれば正義の味方である警察官が白と黒の高級ハイヤーでお前を迎えに来てくれる事だろうぜ。
そういえばお前の親父さんは公約として〈教育の充実〉を掲げて当選したのだよな。
その息子が酷いいじめをしていたと知ったら親父さんどんな顔をするのだろうな?
〈自分の息子もまともに教育できない奴が何を言っているのだ‼〉と、散々世間に叩かれるぜ。
ただでさえ支持率の低い民自党だ、下手をすれば警告だけでは済まずに除名とかもあり得るな
あ~あ、親父さん苦労して当選したのに、バカ息子のせいで職を失うとか、可愛そうに……」
もちろんそんな事をするつもりは無いがこのカードの効き目は絶大だった。
もはや平岡の顔面は蒼白になっていて言葉も出ない。そこで堪り兼ねたように美鈴が口を挟んだ。
「いい加減にしなさい、大和。お父さんは関係ないじゃない。
平岡君、そんな事はしないからどういうことなのか聞かせて……」
美鈴が俺をたしなめるように口を挟み、そのまま質問しようとした時
平岡は突然立ち上がると〈うわああああああ~~〉と叫びながら逃げ出したのだ。
美鈴は何が起きたのかわからず茫然と走り去る平岡の後ろ姿を見つめていた。
「耐えきれずに逃げ出しやがった……人を散々虐めて来たくせに自分は精神的に打たれ弱いとか
小物っぷりだけは凄まじい奴だったな、これで奴も……痛っ‼」
俺がそう口にしている時、美鈴が俺の後頭部をはたいた。三度〈パーン〉という乾いた音が人気のない路地に響き渡る。
「やりすぎよ」
「そうか?あいつが今までやってきたことを思えばまだ足りないぐらいだ、なあ?」
俺は咄嗟に謎の覆面男A、Bに同意を求めた。今までの経緯を考えればこいつらは俺に味方してくれるだろう。
俺は民主主義的に数の論理で自分の正当性を証明しようとしたのである。
しかし彼らのとった行動は俺の予想とは大きく異なるモノだったのである。
「そうだね、でもお父さんのことまで持ち出して脅迫するのは少しやりすぎの気がするよ」
「僕もそう思う。平岡の狼狽ぶりを見てスカッとはしたけれど」
ニコニコしながら美鈴の意見に同意する覆面男A、B。美鈴はドヤ顔でこちらを見ていた。
「お前ら……裏切ったな……」
謎の覆面男A、Bの寝返りにより俺はついさっき平岡が発した言葉を復唱するハメになった。
その時、俺はあることに気が付いたのだ。
「はっ、そうか⁉お前らも男だ、さてはこの短時間で美鈴の色香に惑わされやがったな⁉」
もちろんこの発言は美鈴様からの四度目のムチをいただく羽目になった。
俺達のやり取りで覆面男A、Bが楽しそうに笑っていたことだけが俺の心の救いだったかもしれない。
「さて、ここはこれで終わりだ、すぐに学園に戻るぞ」
俺がそう言うと美鈴は不思議そうな表情を浮かべてこちらを見た。
「えっ、今から?もう生徒は帰宅して学園に生徒はほとんど残っていないと思うけれど」
「いや、今日は生徒会が会議をやっているはずだ。会議自体は三年生の生徒会メンバーが中心だが
松金はそこに見学に行っているはずだからな、今からならギリギリ間に合うはずだ」
「どうして大和がそんな事まで知っているのよ?」
美鈴は目を細めながら懐疑的な目で俺を見る。
「事情説明は後だ、とにかく急ぐぞ」
いぶかし気なめでこちらを見つめる美鈴を催促するように俺達は学園へと急いで戻った。
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