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佐山大和のバズレシピ

翌日、約束通り美鈴が俺の家に来た。材料の一杯入ったレジ袋を両手に下げて本当にやって来たのである。


「誰もいないけれど、まあ上がれよ」


「おじゃまします、意外と遠かったわ」

 

レジ袋を玄関先に下ろすと美鈴は〈ふう〉大きく息を吐いた。


しかし俺は今になってもこの現実を受け入れられないでいる。


自分の家に家族ではない女子がいる、しかも目の前にあの美鈴がいるのである。


俺にはまだ現実感がなかったがここは動揺を見せないようになるべく自然に振る舞うように心がけた。


「じゃあ、さっそく始めるか……」


「ちょっと待って」

 

美鈴の声に俺は反射的にビクッとしてしまう。いかにも女慣れていない男の悲しき反応だ。


「な、何だよ?」


「用意してきた物があるのよ」

 

美鈴はレジ袋と共に小さな手提げ袋も持ってきていた。ウサギのプリントがしてある白くてファンシーな手提げ袋から何かを取り出すと、そそくさとそれを身に着け始めた。

 

美鈴が用意してきた物とは赤いエプロンと頭にかぶる料理用の三角頭巾であった。


赤いエプロンには可愛い熊のキャラクターが描いてあり何とも言えない愛らしさがあった。


そしてエプロンのひもを後ろで縛る仕草が一々可愛い。


頭に三角頭巾をかぶるために髪を後ろに束ねると美鈴は嬉しそうに笑顔を浮かべ俺に見せつけるように両手を広げた。


「どう、中々似合うでしょ?」

 

似合うなんてもんじゃない、何だ、この可愛い生物は⁉心臓が止まるかと思ったぞ。


これだから美人は嫌なんだ、〈目の前でこんなモノを見せつけられる男の気持ちになって見ろ‼〉


と声を大にして言いたいのだが、もちろんそんな勇気は俺には無い。


「ああ似合っているな、さすがはモデルだ。凄くいい……」

 

自分の言葉とは思えない素直な言葉が口から出てしまいすぐに後悔する。


俺は何を言っているのだ⁉恥ずかしい。穴があったら入りたいというのはこの事か。


しかし発してしまった言葉はもう戻らない、逃げ出すことも出来ない俺は木偶の棒のようにただ立ち尽くしてしまう。


「そう……ありがとう……」

 

美鈴の方もまさか俺からこんな返しが来るとは思っていなかったのか、予想外の言葉に顔を赤らめて下を向いてしまった。


何だ、これ?やたら気まずいぞ、何か話題を変えないと……


俺は焦って空気を換えるために話題を探すが、そんな機転が利くならばとっくに友達百人できているはずだ。


焦れば焦るほど言葉が出てこない。心臓が高鳴り、汗がどっと噴き出してくる。


いっそ外に逃げ出すか?そんな支離滅裂な事を考えていた時である。


「ただいま~今日サチが急用でキャンセルしてきてさ、急に予定が……」

 

玄関のドアが開き沙羅が突然帰ってきた。どうやら友達との約束が無くなったらしい。


しかしこちらを見た瞬間、沙羅の目が大きく見開き動きが止まった。


視線の先に台所で並ぶ俺と美鈴の姿を発見したからだ。


沙羅は言葉を失い完全にフリーズしていた。

 

マズい、これはマズいぞ……いや、空気が悪くなりどうしていいのかわからなかったので逆にこれはいい事なのか?


いやいやそんな訳ないだろ、逆って何だよ、ていうか自分にツッコミ入れている場合か⁉


ここは何とか沙羅を誤魔化して、でもどうやって……

 

俺は沙羅と共にフリーズしてしまっていた。ここが自宅であるはずの二人が揃って固まるとかどこのコントだ?


そんな俺達を見かねたのか、美鈴がニコリと笑って口を開いた。


「大和の妹さんね?初めまして、私クラスメイトの紅林美鈴といいます。


今日はお兄さんに料理を教えてもらう為にお邪魔しています」

 

屈託のない笑顔で頭を下げる美鈴。さすがの神対応だ、伊達にモデル兼社長令嬢じゃない。


俺が感心していると沙羅は我にかえったように慌てて頭を下げた。


「は、初めまして。わた、私、コレの……じゃなくて、大和の妹の沙羅って言います、ドクモやっています‼あの……ずっと、美鈴さんのファンで……会えて光栄です‼」

 

目を輝かせて美鈴を見る沙羅。言葉遣いといい物腰といい俺の知っている妹と違いすぎる。


「そうなんだ、じゃあ私達モデル同士で仲良くできそうね」

 

涼し気な笑顔でさしさわりのない会話を展開する美鈴。あこがれの人に会えて舞い上がり気味の沙羅はすでにメロメロになっている。


さすが総理を目指す女だ、対人スキルが半端ない。


「とんでもないです‼同じだなんて……美鈴さんの載っている雑誌は全部買っています‼


あ、あの……握手してもらってもいいですか?」


「もちろんよ、何なら一緒に写メも撮る?」


「いいんですか⁉」

 

両手を口に当て、目をキラキラさせながら喜ぶ沙羅。昨日俺の作った料理に〈味が薄い‼〉とか


文句タラタラ言っていた女とは思えない。ていうか誰だよ、コイツ?


それに比べて初対面にもかかわらず流れるように会話をつなげる美鈴。


俺が何も口を挟めないまま二人は握手と写メを撮っていた。


キャーキャー騒ぎながら嬉しそうに飛び跳ねる沙羅。昨日俺に向かって〈風呂の湯がぬるい‼〉と文句を言っていた同一人物とは思えない。


美鈴にひとしきりお願いを聞いてもらった沙羅は終始興奮しっぱなしであった。


まあこれで良かったのだろう、沙羅がいればおかしな雰囲気にもならないだろうし……


俺がそんな事を考えて油断していた時である。


「あの~美鈴さんは本当にウチの兄と付き合っているのですか?」

 

しまった‼一番恐れていたことが起きてしまった。これで今夜から沙羅の逆襲が始まってしまう。


散々嘘をついてきた罰といえばその通りだし驚くほどの自業自得なのだが……


不快な未来が頭を駆け巡る、だが次の瞬間美鈴の口から信じられない言葉が飛び出した。


「ええ、お兄さんとはお付き合いさせてもらっているわ」


「へっ?」

 

思わず口から飛び出した言葉は沙羅のモノではなく、俺のモノだった。


「信じられないです……ウチのコミュ障引きこもりボッチ陰キャ兄貴とどうして美鈴さんみたいな素敵な人が……」

 

おい、妹よ。兄貴の前に色々と余分な慣用句が付いているのは気のせいかな?


「そうね、大和は色々とこじらせているけれど誰よりも頼りになる男性だと思っているわ」


沙羅は複雑な表情で静かに口を開いた


「そうですか……私は美鈴さんの為に言いますけれど、この男だけは止めた方がいいですよ」

 

コラ、なんてことを言いやがる。それが血を分けた兄弟の台詞か⁉


だが残念ながら俺もそう思う、交際相手にはこの男は止めた方がいい。俺が言うのだから間違いないぞ。


しかし美鈴は笑みを浮かべながら優しく答えた


「クスっ、でもお兄さんと付き合っているから貴方とも知り合えたのよ、沙羅ちゃん」


「そ、そうですよね……複雑ですけれど、それは本当に嬉しいです。


兄に愛想を尽かせたり、嫌気がさしたり、見るのも嫌になって速攻で別れても私とは知り合いでいてくださいね」

 

おい、別れる条件の全て俺が愛想をつかされる前提じゃないか、まあそうだろうけれど……


「もちろんよ。私はこれから大和に料理を教わらなくてはいけないから、またね」


「はい、ゆっくりしていってください‼」

 

沙羅はペコリと頭を下げ自室へと戻って行った。美鈴は沙羅が部屋に入って視界から消えるまで営業スマイルを崩さないまま手を振っていた。


「おい、美鈴。俺達が付き合っているとか、どういうつもりだよ?」

 

俺は沙羅に聞こえないように小声で美鈴に問いかけると、美鈴はあっけらかんと答えた。


「だってその方が都合いいのでしょ?私は話を合わせたつもりだけれど、ダメだった?」


「いや、それは正直助かった、さすがお嬢様。実は妹は冴子から〈二人は付き合っている〉と聞かされているのだよ。


俺達が毎晩のように電話している事も知っているし、色々と事情を説明するのも面倒なのでそのまま〈付き合っている〉という事にしていたのだよ」


「そんな事だろうと思ったわ、それにしても可愛い妹さんじゃない」


「いや、全然だ。世の中には【妹萌え】などという連中もいるがそれは本当の妹がいない奴らの幻想だ。


本物の妹なんてロクなモノじゃないぞ」

 

その時、沙羅の部屋から〈ドン〉という壁を蹴る音が聞こえた。どうやら俺達の会話に聞き耳を立てていたらしい。


先程の偽装カップルの話は聞こえていないはずだが……


「クスっ、でも仲良さそうで微笑ましいじゃない、私は一人っ子だから兄弟がいるのは正直うらやましいわ、私も妹とか欲しかったし」


「あんなのでよければいつでもやるぞ、アイツさっきは猫をかぶっていたが、いつもは……」

 

俺がそう言いかけると沙羅の部屋から〈ドンドン〉と激しく壁を蹴る音がする。


〈それ以上言ったらわかっているな⁉〉という警告だろう、まあ沙羅が可愛そうに思えて来たからこの辺で止めておく事にした


決して妹からの報復が怖くて止める訳ではないとここに明記しておく。


「さて本題に入るか。今日教えるのはカレーとハンバーグ、そしてテーマは【ぽい】だ」


「は?【ぽい】って何よ?」


「わかりやすく言うと【それっぽい】という事だ。本来美味い料理は金と時間がかかるし料理の腕も一日二日教えただけで簡単に上達するわけではない。


だが〈おいしそうに思える料理〉とか、〈料理上手っぽく見せる〉ことは可能だ、今日はそれを重点にやっていくという事だ」


 俺の説明を聞いて美鈴は目を細めいぶかしげな表情を浮かべた。


「ただ料理を教わるだけなのに、どうして大和が言うととてつもなく胡散臭くなるのよ」


「仕方がないだろう、委員長選挙までに仲間に美味しい料理を振る舞って機嫌を取ると共に


料理上手のところを見せて好感度を上げ、派閥内の結束を強めたいのだろう?」


「そうだけれど、言い方ってものがあるじゃない。大和の説明だと身も蓋もないわ」


「俺の言い方とか、思惑とか、相手には関係ないからな。そのあたりは割り切れ」


「何か釈然としないけれど、仕方がないわね。それでどちらから始めるの?」


「まあカレーから始めるか。これは俺の持論だがカレーには二種類ある


それは本格インド風カレーと家庭で母親が作ってくれる家カレーだ。ウチの母親は作ってくれないけれどな」


「本格インドカレーって、よくある【インドカレー】店でインド人が出すみたいな物の事?」


「まあそうだな、マニアだと個人で作ることもあるが、本格派のカレーとは一般的に各種スパイスを調合して作る物の事を言う。


家庭のカレーは基本市販されているカレールーを使ってレシピ通りに作ったモノを指す。


ちなみに【インドカレー】店で作るカレーは殆どインド人じゃなくネパール人が作っているモノだぞ。余談だが」


「へえ~そうなんだ。それで、今から教えてくれるモノはどっちなの?」


「まあ中間だな、両者のいいとこ取りみたいな感じだ。本格派カレーはおいしいが手間がかかるし金もかかる。


各種スパイスって買い揃えると意外と高かったりするのだよ。


その割に一般的な好みとしては〈好きなカレーは家のカレー〉という人間が多い、だから市販のカレールーを使う。


あれ自体が企業の作った各種スパイスの塊だからな」


「じゃあ普通のカレーができるだけじゃない」


「いや、別のところで工夫する。まずは玉ねぎを大量に使ってベースを作る」


それを聞いた美鈴の顔がパッと明るくなる。


「あっ、それ聞いたことあるわ。確か玉ねぎをあめ色になるまで炒めてペースト状にするのよね。


でもあれって凄く時間がかかるって聞いたけれど?」


「まあ、基本的にはそうだ。30分から一時間ぐらい炒めたりする。


だがそんな時間はかけていられないからこれはネット通販で買う」


「えっ、そんな物が通販で売っているの⁉」


美鈴は驚いた顔で言った


「ああ、アマゾンとかで普通に売っている。だから皆には〈自分で一時間かけて炒めた〉と嘘をついてそこは時間短縮をするんだよ、どうせバレないし」


「それはそうなのだろうけれど……何かみんなを騙しているようで後ろめたいわね」


「絶対にバレない嘘を付いたところで何の問題ないだろう。


時間は有限だ、有効に活用してこそ価値がある。別に悪い事をしている訳でもない。


どうしても嘘が嫌だというのであれば自分でやればいい。玉ねぎをみじん切りにしてフライパンであめ色になるまで一時間ほど炒めれば完成だ


ただし本当に焦がしてしまったら全て台無しだからな、フライパンを振りながら付きっきりで料理するのは必須だぞ」

 

美鈴はしばらく考えこんだ後、小さな声で答えた。


「わかった、通販で買うわ」


「呑み込みが早くてよろしい。そして次はトマト缶を使う。


トマト缶は百均ショップでも売っているから手ごろだろう。


ここでのポイントはトマトに熱を入れて酸味を飛ばすという事だ」


「どういう事?カレーに入れる前に火を入れるという事?」


「そうだ、トマト缶をそのままカレーに入れると酸味が強いカレーになってしまう。


それが好きな人もいるができればカレーに入れる前にフライパンでトマトに熱を入れるんだ


そうすると酸味が抜けトマト特有の甘みが出る。いいか、ここはウンチクポイントだから覚えておくといい。


〈酸味の強いカレーが好きな人はそれでいいけれど、私はトマトの甘みが好きだから火を入れるの〉とでも言えばそれっぽく聞こえるだろ」


「確かにそれっぽいわね。両方食べ比べているみたいでこだわりを感じさせるけれど……」

 

美鈴はどこか納得しきれていない態度を見せるが。だが俺はそのまま話を続けた。


「後は具材だ。俺個人的には牛のすじ肉が好きなのだが今回は鶏を使う、チキンカレーだ」


「あっ、私もカレーはチキンカレーが一番好き‼」

 

美鈴が嬉しそうに笑った。


「チキンは万人受けして好き嫌いが少ないし肉としては一番安価だ


牛肉は味と値段が比例するが鶏肉はブロイラーでも普通に美味しい


しかも創意工夫によりおいしくできるからそこに庶民アピールできるポイントがある、文字通り一石二鳥だな」

 

俺の説明を聞いた美鈴の顔が再び歪む。


「どうにも素直に納得しづらい説明ね。どうして大和はそういう言い方しかできないのよ」


「仕方がないだろ、ずっとこういう性格だ、今更変わらない。それより説明を続けるぞ。


鶏肉は一晩ヨーグルトに漬けておく、そうすることによって肉が柔らかくなると同時に肉にヨーグルトの風味が付いてよりおいしく感じられる。


ヨーグルトもそんなに高価ではないし」


「へえ~そうなの、一々値段アピールするのはあざとい感じがするけれど……


まあいいわ。でも肉質を柔らかくするのと風味の為だけにヨーグルトを使うの?それって贅沢じゃない?」


「そんな事は無い、一晩漬けた鶏肉はヨーグルトごとカレーに入れる。


それによって味がまろやかになりカレーのスパイスを引き立てるんだ。


だから辛めのカレールーを使っても口当たりの良いカレーができる、つまり相乗効果を生むのだよ


いいアピールポイントだろ⁉」


「その一々アピールがどうのって……」

 

美鈴は呆れたような顔を浮かべた。


「何を言っているのだ、今回は美鈴がいかに親しみやすくて気さくな人間かをアピールするのが目的だろうが


それを達成するための演出はどんどん取り入れていく、妥協はしない」

 

俺の言葉が徐々に熱を帯びてくるのと反比例するように、美鈴の心が冷めていくような気がするのは気のせいだろうか?


「おいしい料理を作る為に教えてもらっているのに、どんどん心が汚れていく気がするわ」


「心が汚れようが結果的に好感度が上がればいいのだろう?何の問題も無い」


「それを〈何の問題も無い〉とキッパリ言い切れる大和はある意味凄いわね……」


「褒めたって何も出ないぞ」


「褒めてないわよ‼全く……貴方はネガティブなのかポジティブなのかわからないわね」

 

美鈴は呆れ顔を見せこちらをジッと見ている。気にしても仕方がないので話を進めよう。


「それから味に深みを出すためにウスターソースと焼き肉のタレを入れる。そして最後に決め手としてバナナを使う」


「バナナ⁉バナナって、あの黄色いバナナよね?」

 

美鈴はよほどびっくりしたのか大きな声を出した。


「ああ、そのバナナだ。赤色や青色のバナナがあるのかは知らんがな」


「ウスターソースは聞いたことがあるけれど、焼き肉のタレにバナナって……」

 

美鈴は驚きを隠せない様子だ、俺にすれば一々教えがいのあるリアクションをとってくれて実に微笑ましい


教え上手という言葉があるが教わり上手というモノがあること俺は知った。


「ウスターソースや焼き肉のタレは野菜や果物の旨味を凝縮して作られたモノだからな、入れるだけで普通に美味くなる。


一晩おいたカレーは美味しいとか聞いたことがあるだろう?あれはカレーの中の野菜などから旨味が出てきて美味しくなるという現象なのだ、原理的にはそれと同じだな。


それとバナナをミキサーでペースト状にしてカレーに入れる。


すると口当たりがまろやかでフルーティーな香りのカレーになる。


ベースを辛めのカレーにしておけば食べた時はまろやかでフルーティーな香りがするが後からジワジワと辛みが伝わって来るカレーが出来上がる。


一般庶民はこういうのが好きだろ?何よりバナナは安いというのもここでは重要だ」

 

もはや美鈴は言葉を失いポカンと口を開けていた。うん、そのリアクションも悪くない。


「カレーはこんなところだ、他にニンジンやジャガイモなどの野菜を入れるのならば、煮込む前に炒めておくことが必要だ。


そうすることによって煮崩れを防げる、それも……」

 

俺が話している途中で美鈴がそれを遮るように割り込んだ。


「それもアピールポイントだといいたいのでしょう?もうわかったわよ。せっかくいい話を聞いているのに、素直に受け取れないわ」

 

美鈴は〈ハア〉と大きなため息をつきながら目を閉じた。前から思っている事だが美鈴はどうにも真っすぐすぎる。


そこが彼女の最大の長所でもあるのだが仮にも総理大臣になろうというのだからもう少し割り切るという事を覚えた方がいいだろう。


まあこの真っすぐさが美鈴のいい所でもあるのだから、そこの匙加減が難しいのだが……


「続いてハンバーグだ。ハンバーグは家庭的料理の代表的なモノだがあくまで肉料理だ。


肉料理の決め手はあくまで肉質、さっきも言ったが牛肉は値段と味が比例する。


手っ取り早いのは金にものをいわして高級牛肉を使ってハンバーグを作れば味は飛躍的に向上する


よって材料に高級和牛を使用することを推奨する」


「ちょっと待ちなさいよ、それじゃあ全然意味ないじゃない⁉」

 

美鈴は俺の提案を慌てて否定した、まあこの反応は予想の範囲内だ。


「高級和牛を使ったハンバーグなんてよく店でもやっているだろうが。


テレビで〈神戸牛のA5ランク肉を使用したハンバーグ〉とか見たことあるぞ」


「それはそれ、私がそれをやったら〈やっぱりお嬢様なんだ〉とか思われるだけじゃない」


「だったら、嘘をつけばいい。高級和牛を使って〈スーパーで買った普通の牛肉です〉といえばいいだけだ、多分バレない」


「それって食品偽装じゃない、嫌よ、そんなの⁉」

 

美鈴は頬を膨らませ、プイっと横を向いてしまった。ここが美鈴の我慢の限界のようだ。


「わかった、じゃあ方針を変えよう。ひき肉は安い普通のモノを使いそれに牛脂を混ぜる」

 

美鈴は不思議そうな顔でこちらを見た。


「牛脂?それってすき焼きとかに使うあの白くて四角いやつ?」


「ああ、その牛脂だ。それを細かく刻んでハンバーグのタネに入れる。


そうすることによって肉汁たっぷりのハンバーグができる。


ぶっちゃけ肉の旨味は脂の旨味といっても過言じゃないからな


高級和牛の牛脂でもそんなに高価ではないし、それを入れるだけで味のレベルは上がるし、何より絶好のアピールポイントだ。


やらない手は無いだろう。あとタネに粉のゼラチンを入れるのもポイントだ


みんな大好き肉汁が外に出ない為の工夫だ、これも……」

 

俺が熱弁を振るえば振るう程美鈴は複雑そうな表情を浮かべる。


俺が説明を終わってもしばらくこちらを睨むように考えていたが、結局俺の意見に賛同することになった。


「随分と考え込んでいたな」


「冷静かつ客観的に考えても大和の言っている事が最善だと思ったからよ。


でも最初から普通に〈牛脂を使ったハンバーグならばおいしくできる〉と言ってくれれば素直に感謝できるのに


食品偽装だとかアピールポイントだとか言われると率直に賛同しにくいじゃない。


貴方の言い回しというか、その性格は本当に損していると思うわ」

 

その言い方は怒っているというより忠告というかどこか寂しそうな言い回しであった。


「俺の事はどうでもいい、今は美鈴の好感度が最優先だからな。


後はひき肉の割合なのだが、一般的な作り方では牛7豚3がいいと言われているが、今回は牛肉の比率を上げた方がいい。


味うんぬんよりその方が高級感を出しやすい。どうせひき肉の微妙な比率とかわからないお坊ちゃんお嬢ちゃんばかりだ


牛肉の方が高級という意識を逆手に取るのだよ。あとナツメグを入れるのを忘れるな。


正直入れても入れなくても連中には味の違いは判らないだろうが、ナツメグを入れるという行為がどこか料理上手っぽい、もちろんここもアピールポイントだ」

 

もはや美鈴は俺の話をハイハイという感じで聞いている。なぜだ、俺は間違ったことは言っていないはずだが……


「後はカレーもハンバーグも普通に作ればいい、作り方はネットでゴロゴロ転がっているし。


両者とも事前に作っておけば当日は火を入れて出すだけだからな。


後もう一つ良いアピールポイント行為がある。それはキャベツの千切りだ」


「キャベツの千切り?それって普通の事じゃない」

 

美鈴は不思議そうな顔で俺の方を見た。


「ああ、料理では基本的な事だ。だがこれが上手くできるとなぜか料理上手に見える


しかもそこまで難しい事ではない。速く細く均等にとなればそれなりに難しいが今回はそれっぽく見えればいいのだから。


〈あっ、いけないサラダを用意してなかったわ、ちゃちゃっと作るね〉とでも言ってキャベツの千切りを披露してやれ


それでお前は料理上手認定される事だろう」

 

美鈴は相変わらずジト目でこちらを見ている。目が〈もはや何も語るまい〉と言っている。


おかしいな、ここは感謝される場面ですよね?

 

その後、俺は美鈴のキャベツの千切り特訓に付き合った、三十分過ぎた頃には彼女は主婦顔負けの包丁使いへと変貌する


トントントンとまな板の上でリズムよく奏でる音色がなぜか心地いい。


美鈴は呑み込みが早く要領がいい。そんな姿を見て〈やはりコイツはモノが違う〉と思い知らされる


彼女は文字通り〈やればできる子〉なのだ。


「キャベツの千切りって、思っていたより簡単ね」

 

まるで九九の五の段でも覚えるように美鈴はあっけらかんと言い放った。


何はともあれこれで佐山大和料理教室の授業は終了した。


「料理は前日までに作っておけば当日は火を入れて皆に出すだけだからな


俺の言ったアピールポイントだけは忘れるなよ。それとサラダを作るときにアボカドを買っておくといいぜ


あれを入れるだけで何となくそれっぽいからな。キャベツの千切りは完全にマスターしたと思うが


不安ならばもう一、二度くらい練習しておけば問題ないだろう……まあ、そんなところか」

 

美鈴は俺の言葉を聞いて小さく頷くとそのままスマホを取り出してチラリと画面を見た。


「思ったよりも早く終わったし、ちょっと大和の部屋を見せてよ」

 

女王様からの思わぬ提案に俺は一瞬言葉を失った。


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