ハイエナVSトカゲの尻尾
翌日、俺が教室に入るとクラスメイトの連中は相変わらず派閥同士のグループで固まっていて
ガヤガヤととりとめのない雑談の声が自然と耳に入って来る。
それはあたかも野生の動物の群れが自分達のテリトリーを主張し互いの身を守るために寄り添い身を寄せ合っている姿にも酷似していた。
俺のような一匹狼……いや、一匹トカゲ(尻尾)にしてみれば、〈死の危険もないのに一々群れるなよ〉と声を大にして言いたい。
だが現実では群れは強く、グループは強力な結束力を産み、集団心理は暴力にも等しい力がある。
この現代においてコミュニティ無くして社会生活は成り立たないと実感させられる瞬間だ、実に嘆かわしい事である。
話は逸れたがそんな俺の主張はこの際どうでもいいだろう。
俺は木村に話しかける機会をうかがった、そして奴がトイレに行く為に一人になるタイミングを見計らって席を立ち
トイレの外で待ち伏せして用を済ませて出て来た木村に声をかけた。
「木村、ちょっと話があるのだが、いいか?」
普段誰とも話さない俺がいきなり不意打ちのような形で声をかけて来た事がよほど驚いたのか
両目を見開きながら無言で俺の方をマジマジと見つめる木村。だがすぐに我を取り戻し、ワザとらしく咳払いをした後に答えた。
「ゴホン、何かな?俺も暇じゃないからあまり時間は無いのだけれど」
木村は明らかに面倒くさそうな態度を見せる、それにしてもコイツの言い回しは一々鼻に付くな
美鈴が嫌う理由もわかる。だが人の好き嫌いで交渉事はできない。
そもそもこれから木村にする話は〈俺と友達になってくれ〉という内容では無いのだ。
「まあそう言うなよ、木村。紅林美鈴の事に関しての話だ」
美鈴の名雨を聞いた途端表情木村はを硬くした。まあそうなるだろうな、俺は話を続けた。
「お互い他人にはあまり聞かれたくない話だ、放課後にでも校舎裏で二人きりで話そうぜ」
意味深な言葉で誘うと木村は益々顔をこわばらせた。
こうして当初の計画通り、放課後に二人きりで話をすることになった。
一つだけ釈然としない事があるとすれば、俺の人生で初めて〈二人きりで話をしよう〉と声をかけて誘った相手が木村だという事が何とも空しかった。
「で、紅林の事で話って何だよ?」
放課後の校舎裏に呼び出された木村はもはや不快感を隠そうともしない。
まあその心境はわからなくはないし、今後の展開を考えるとあまりフレンドリーに来られても困る。
むしろこういった態度で来られた方が助かるくらいだ。
「実は俺のところにこんな動画が送られてきてな」
俺はスマホを取り出して画面を見せた。木村はいぶかし気な表情を浮かべながら俺のスマホの画面をのぞき込む
だが次の瞬間木村の表情から余裕が消えた。
「こ、これは⁉」
その動画を見て木村は言葉を詰まらせる。俺が見せた動画には昨日の紅林と木村の密談が映っていたのである。
俺が動画の再生ボタンを押すと昨日の二人が放課後に校舎裏で話していたモノがスマホの小さな画面に流れ始めた。
「木村君、話って何?」
「わかるだろ、選挙の事だ。俺達木村派がお前ら紅林派と松金派のどちらに加勢するかによって選挙の行く末が決まる、その事を話し合いに来たのだよ」
画面の中の木村はどこか余裕の表情で美鈴に話しかけている、それとは対照的に美鈴は視線を逸らし少しイラついている様子の表情を浮かべている。
「それで、私達に協力する代わりに見返りが欲しいという訳でしょ、何が望み?」
「フッ、話が速くて助かるぜ。俺達の、いや俺の望みはただ一つ。紅林美鈴、俺と付き合え」
木村は下卑た笑みを浮かべ舐めるような視線を向けると美鈴の表情に嫌悪感が浮かんだ。
「何よ、それ……全然クラスのみんなの為になっていないじゃない。そんな個人的な要望を要求してどういうつもりよ、恥ずかしくないの⁉」
苛立ち交じりの口調で問いかける美鈴に対し木村は終始余裕の態度で答えた。
「俺とお前が組めばその先はどうとでもなるだろ
二人がより強力に組むために個人でも仲良くなるのは自然だと思うから提案したに過ぎない
俺はそれを恥とも思わないぜ。そしてそれが結果的に皆の為にもなると思うぜ」
「そんな屁理屈通る訳ないでしょ、いい加減にしなさいよ‼
そもそもそんな個人的な願望を私に要求して、貴方を支持してくれている人達が知ったらどう思うか、わかっているの⁉」
「そんな事、みんなに馬鹿正直言に言う訳ないだろうが。いくらお前が皆に訴えても証拠はないし
〈紅林美鈴は俺を貶める為に嘘を言っている〉と言うだけの話だ」
木村は悪びれる事もなく言うと美鈴は睨みつけながら吐き捨てるように言い切った。
「話にならないわね、当然だけれどそんな条件は飲めないわ」
「いいのか?だったら松金に連立の話を持っていくだけの話だ」
木村はニヤニヤしながら恐喝まがいの要求を突きつけると美鈴は木村にクルリと背を向け、きっぱりと言い切った。
「何をどう言われてもその条件は飲めない、それが嫌なら松金君の方へどうぞ」
「後悔するぜ、もう一度チャンスをやる。三日後にまた返事を聞く」
「何度聞かれても返事は同じよ‼」
美鈴は背中越しに語気を強めると足早にその場を立ち去り動画はそこで終了となった。
動画を見ていた木村の顔からみるみると血の気が引いていくのがわかった。
「ど、どうしてこんなモノが……」
「さあな、昨日俺の所に匿名で送られてきたのだよ。善意の第三者というやつじゃないのか?」
「そんな訳ないだろうが‼佐山、さてはテメエこっそりと隠し撮りしてやがったな‼」
完全に余裕のなくなった木村は俺の胸ぐらをつかんで語気を荒げた。
「おいおい、選挙前に暴力とか。でもいいのか?この校舎裏は監視カメラの死角に入っているとはいえ、また善意の第三者が撮っているかもしれないぜ?」
俺の言葉に慌てて付かんでいた手を放す木村。だがその目には怒りがにじんでいた。
もちろん匿名でこの動画が送られてきたというのは真っ赤な嘘である。
昨日この動画をこっそりと隠し撮りしていたのは当然俺の仕業だ。
この学園は日本政府の肝入り政策で作られたこともあり最新の設備と環境が整えられていて各所にこれでもかと監視カメラが設置されている。
だが三か所だけ監視カメラの及ばない場所があり、その一つがこの校舎裏なのだ。
だから木村からアプローチがあった際に美鈴には外での密談を避けるように指示して校舎内で話すように仕向けた。
そして話し合いの約束の時間には他の監視カメラの死角となる場所
校舎東側の階段下と体育館に繋がる渡り廊下に人を配置し、この校舎裏で密談が行われるように誘導したのだ。
この学園の方針として選挙候補者同士の話し合いは特に違反ではないしカメラに取られても特に問題にはならないはずである。
しかしその話を他人に聞かれたらマズいと思っている木村にとっては心境的にカメラの無い場所で話したかったのだろう
その心理を逆手にとって俺は今回の罠を仕掛けたのである。
「どういうつもりだ、何が目的だ?」
敵意むきだしの視線をこちらに向ける木村だが俺は何食わぬ顔で答えた。
「別に、特にどうという事は無いぜ。まあ同じ男としてお前に気持ちもわからなくはない、紅林はいい女だからな、俺も一度くらいは付き合ってみたいと思うぜ」
これ見よがしにニヤつきながら話し掛けると木村は額から汗がにじませ完全に余裕のない表情を浮かべていた。
客観的にこの場面を見ると完全に俺が悪者だが相手も悪者なのだからまあいいだろう、毒をもって毒を制するというやつだ、それになぜか最高に楽しい。
「貴様それをどうするつもりだ?そもそも盗撮による動画に証拠能力はない
それにお前のやっている事は立派な脅迫だ、こんな事をしてただで済むと思うなよ‼」
木村は開き直って逆にこちらを脅してきた、得意の弁舌で乗り切ろうとしている様である。
「おいおい、勘違いしてもらっては困るぜ。これはあくまで匿名で送られてきたモノだし俺は何の要求もしていない
大体裁判を起こす気もないのに証拠能力とか言われてもなあ……
何ならそっちから俺を訴えてみるかい?どこの派閥にも所属していない、この俺を」
もう一度自分の立場をわからせてやった。無所属で何も失う事のない俺と一応派閥の長である木村とでは立場が違う
いわゆる〈無敵の人〉と化している俺と心中するにはあまりに失うモノが大きすぎるのだ。
斬り捨てられることを前提としているトカゲの尻尾の強さを最大限に生かしたこの作戦に死角などない。
そして俺は木村にとどめを刺すべく口を開いた。
「俺としてもどうするべきか困っていたのだよ、だからこの動画を掲示板に載せてみんなの判断にゆだねようと思ったのだけれど
一応当人である木村と紅林には話を通しておこうと思って真っ先にお前に話を持ってきたという訳だ。
これを見たクラスの奴ら、特にお前を支持している連中がどう思うか、非常に興味があるしな」
これは決定打になった。木村はがっくりと肩を落としうなだれてその口から反論が発せられる事は無かった。
この動画内で雄弁と語る彼の姿はここには無く完全に勝敗は決した。
「わかった、お前の要求を飲む。だからその動画をアップするのだけは止めてくれ……」
木村はうつむきながら小さな声で言葉を発した。これは事実上の無条件降伏である。
「わかった、この動画をアップするのは止めておく。
ああそうだ、これは要求ではなくこれはあくまで一般論としてだが
選挙では紅林美鈴に協力するのがいいのかな……と、個人的には思うぜ」
俺の言葉を聞いて木村はハッと顔を見上げると俺を再び睨みつけた。
「やっぱり、テメエは紅林派の人間じゃねーか⁉」
「おいおい、勘違いするなよ。俺はあくまで一般論を述べただけだぜ。言い換えれば善意の第三者というやつだ
紅林とは話した事もないぜ」
「ちっ、この期に及んでまだそんな嘘を……まあいい、わかった。選挙では俺達木村派は紅林を全面的に支持する。これでいいんだろ⁉」
「いいも何も、それはあくまでお前の意思で行う事だぜ?」
木村の顔が益々怒りに満ちていく。途中から面白くなり調子に乗りすぎたのかもしれない。
俺がそんな危惧をしていると木村は顔を真っ赤にして吐き捨てるように言い放った。
「くそっ、死ね、カスが‼」
思いを吐き出すように罵倒に近い言葉を発し、そのまま立ち去ろうとする木林の後ろ姿を見て、俺は思わず声をかけた。
「いいのか?俺が死んだら、例の動画がなぜか出回るかもしれないぜ?」
木林は歩く足を一旦止めて首だけ振り向き無言のまま目一杯敵意の視線を向けてきた。
いや、これは敵意というより殺意かもしれない。さすがに言い過ぎたか?
でも木村のような人間をいたぶるのは何とも言えない面白さがあり止められなかった
やはり俺も冴子の遺伝子を立派に継いでいるのだろう。俺は少しの反省と大きな快楽を胸に刻み、この一件は終了した。