兄弟の駆け引きとその勝敗
「おい、沙羅。俺が悪かった、だから機嫌直せ」
夕食の時間になっても部屋を出てこない我が家のアマテラス様を相手に懸命の説得工作を続ける俺。
ドア越しに謝罪の言葉をかけるが相手側は交渉に応じる気配はなく、依然として立てこもりを継続している。
そもそもなぜ謝罪しているのか自分でも理解できていないのだが……
「お前の好きなエビフライ作ったから、冷めると不味いぞ」
「うっさい、エビを喉に詰まらせて死ね‼」
ようやくドア越しに返ってきた反応がこれである。
どうやら相手側の要求は俺の死、しかも死に方まで指定してきている。
ヤレヤレこれは長期戦を覚悟しなければいけないようだな。
「じゃあ、部屋の前に食事は置いておくぞ」
盆の上に食事を乗せて沙羅の部屋の前にそっと置いて俺は退散することにした。
正直ここまで沙羅が怒る理由がわからないが、それほどまでに俺と美鈴が付き合う事が許せない様だ。
沙羅は冴子の血を色濃く引いていて、頭の出来を除けば見た目も性格もまんま親子といった感じである。
美人で社交的、中二の頃から雑誌の読者モデルを務めており自分が一番じゃないと気が済まない、生まれながらの女王様。
そんな自信過剰の妹とはいえ美鈴が相手ではさすがに分が悪い、実際沙羅は美鈴に憧れていたようだ。
だから俺と美鈴が付き合っていると知った時、心中穏やかじゃなかったのは想像に難くない。
それが俺のガセ情報を基にした感情でなければ俺もこんな罪悪感を抱かずにいられたのだろうが……
三十分後そっと沙羅の部屋の方をのぞいてみると、ドアの前には食べ終わったお盆が置かれていた
せっかく作った食事なので沙羅が食べていてくれて少しホッとした。
翌日、俺はいつものように机に臥せってクラスの様子を見ているとさっそく木村から美鈴へのアプローチが行われていた。
さすがに会話までは聞こえないが木村はどうやら放課後に話をしようと美鈴に話し掛けて断られた様子だ。
よしよし、予想通りだ。思惑通りの展開にほくそ笑んでいる時。俺に呼び掛けてくる声が背中から聞こえて来た。
「なあ、佐山。ちょっと話いいか?」
俺はむくりと机から身を起こし声の方へと視線を向けると、そこには松金派のナンバー2、平岡誠一が立っていた。
「ああ、いいぜ」
平岡の問いかけに素直に応じる。さて、いい具合に二匹目のドジョウがネギを背負ってやって来てくれた、と俺は心の中で思わずほくそ笑んだ。
〈言われた通りにしたけれど、あれで良かったの?〉
「ああ、上出来だ。木村の奴、美鈴に断られて一瞬焦った顔をしてやがったな、いい気味だ」
美鈴と恒例の経過報告を兼ねた夜の通話である。今日あった出来事を細かく話す美鈴。
そしてドアの外には人の気配。おそらく沙羅がまた聞き耳を立てているのだろう。
ここで俺が(美鈴、愛しているぜ)とでも言えば沙羅のプライドは更にズタズタになるのだろうが
その場合は俺と美鈴の仲もズタズタになる可能性が高く、成功しても(妹を嫌な気分にさせるだけ)というこの作戦はあまりにハイリスクローリターンなので却下した。
〈ちょっと、聞いているの?〉
「ああ、ゴメン。何だっけ?」
〈だから、木村君が私と二人きりで話がしたいって言ってきた事よ〉
「計画通りじゃねーか」
〈でも、選挙まであまり時間が無いのよ。木村君が私の態度に腹を立てて松金派に付いてしまったら元も子もないじゃない〉
「それは向こうも同じだ、木村としては美鈴と松金に交渉をしてより良い条件を引き出したのだろうからな
がっつくと足元を見られるぞ〈別に貴方の協力なんて必要ないですけど?〉くらいの態度でちょうどいい」
〈本当にそれで大丈夫なの?〉
「ああ、交渉事はまず強気が基本だ。そして奴は必ず明日もアプローチをかけてくるはずだ。
そうしたら当初の計画通りに(校内で放課後ならばOK)という返事をしてくれ」
〈わかったわ。それより大和、今日の昼休みに平岡君に声を掛けられていたわね〉
「ああ、よく見ていたな」
〈うん、少し気になって……〉
「大丈夫だ、俺は俺で松金派に色々と仕掛けるつもりだ。成功すれば奴らを潰せるかもしれん」
〈あまりおかしなことはしないでよ〉
「安心しろ、俺はおかしなことしかしない。それに 俺 は 犯罪に手を染めたりしないから」
〈何よ、その妙な言い回しは⁉それで安心とかできる訳ないじゃない〉
「大丈夫だ、もし作戦が失敗しても美鈴にはダメージが無いようにしてある。
いざとなったら俺の見事なトカゲの尻尾ぶりを見せてやるぜ」
〈何よ、それ。全然カッコ良くない、本当に大和は変な人よね〉
「今更だ、俺がまともな人間に見えたのか?」
〈まともには見えないわね。でも頼りになる人間だと思っているわ〉
「だから、そういう言い方は……まあいい、じゃあ明日は計画通りに頼むぜ」
〈うん、ありがとう。じゃあおやすみ〉
「ああ、おやすみ」
美鈴は挨拶を済ませると通話を切った。そして次の瞬間、俺の部屋のドアを激しく蹴る音がした。
間違いなく沙羅の仕業だろう、俺達の挨拶を交わす会話がよほど気に入らないらしい。
こっそり盗み聞きしているのならばせめて最後まで痕跡を残すなよ
と言いたかったが妹を嫌な気分にさせる事には成功したので、まあこれはこれで良しとしよう。
翌日、予想通り木村は再び美鈴にアプローチを仕掛けて来た。
交渉場所は放課後の校舎裏。以前俺達と佐々木静香が話した場所である。
美鈴には作戦内容を伝えていないが俺の計画通りに動いてくれている、よしよしいい感じだ。
俺は内心ニヤニヤしながら事の推移を見守っていた。だがそんな俺の思惑とは対照的に電話での我が女王様は随分とご機嫌ナナメであった。
「ごくろうさん、それにしても随分と機嫌悪いな」
〈当り前じゃない‼〉
「えらくお怒りのようだが、木村からどんな条件を要求されたんだ?」
〈言いたくないわ〉
「そうか。まあ基本的には計画通りだし……それで、木村の出した条件に乗るのか?」
〈乗る訳ないじゃない、あんなふざけた条件……〉
「まあ、そうだろうな」
〈大和が何で知っているのよ⁉〉
「まあ、色々とな。おかげで上手くいった。後は任せろ、俺が木村と交渉する」
〈はあ?貴方が⁉そもそもコミュ障の大和に交渉とかできるの?〉
「安心しろ、俺は人と仲良くしたり、場を盛り上げたり、他人と上手く関係を築くことができないだけだ。
人に嫌がらせをしたり、神経を逆なでしたり、他人を不愉快にさせたり、関係をぶち壊すことはむしろ得意だ」
〈それを聞いてどこに安心材料があるのよ。何なら私もついていこうか?〉
「いや、今回は俺一人の方がいい。まあドーンと泥船に乗った気でいてくれ」
〈それ、沈むじゃない‼〉
「何にしろ、どうなったか明日には結果が出る、期待しないで待っていてくれ」
〈言っておくけれど、絶っっっ対に向こうの条件は飲まないからね‼〉
「わかっている。あのふざけた野郎に正義の鉄槌をくらわせてやる
小悪党を退治するペテン師の矜持ってやつをみせてやる。だからそれで留飲を下げろ」
〈どちらも悪者にしか聞こえないけれど……〉
「じゃあ言い方を変える。ハイエナVSトカゲの尻尾による世紀の大勝負を見せてやる」
〈驚くぐらいワクワクしないサブタイトルね、でも感謝しているわ、大和〉
「お礼は成功してからな。だが美鈴のおかげで今回は多分上手くいくと思う」
〈私、特に何もしていないけれど?〉
「いや、お前は存在そのものが作戦と言えるからな。まあ報告を待っていてくれ」
〈よくわからないけれど、頼むわね〉
「ああ、トカゲの尻尾の意地ってやつを見せてやる」
〈クスっ、ありがとう、大和。じゃあおやすみ〉
「ああ、おやすみ」
こうして俺は定例となった会話を終えて通話を切った。さすがに毎日電話しているだけあって慣れて来たのか、美鈴との会話はほとんど緊張しなくなっていた。
風呂にでも入ろうと部屋を出るとドアの前では沙羅が目を血走らせ、上目遣いで俺を見ていた。
そういえば居たなコイツも。無言のまま敵意むき出しで睨みつけて来る妹に対して、俺は見下ろすようにドヤ顔のままニヤリと笑う。
すると沙羅は顔を真っ赤にして肩を震わせながら大股で自室に戻って行った。フッ、勝った。
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