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妹の涙

〈という感じでいいのね?〉

 

もはや恒例となった美鈴との電話での会話である。


「ああ、その方が助かる。委員長選挙まで時間が無いからな」

 

あれから毎晩のように電話をしあう仲となった俺と美鈴、だがこれには理由がある。


これが【りぼん】や【マーガレット】掲載の漫画ならばここから胸キュンの展開が繰り広げるのだろうが


もちろんそういった年頃の女子達が好むような浮ついた展開は望むべくも無い。


ではなぜ美鈴と毎晩のように電話で話すことになったかというと。


佐々木静香による【ピクシー事件】を経て、正式に紅林美鈴の参謀として加わることを約束した俺だったが


あの後に美鈴から〈明日にでもみんなに大和の事を紹介するわ〉と言われたのだが俺はそれを断った。


理由は今のままの方が動きやすく情報も得やすいからだ。


だから教室内での俺への対応は今まで通り完全無視の姿勢を崩さないで欲しいと頼んだのである。


美鈴も〈大和がそれでいいというのなら仕方がないわね〉と渋々ながら承諾してくれた。


もちろん孤高を気どり誰からも警戒されていないというのは非常に都合がいいし、単独で動けるというメリットは嘘じゃない。


だが一番の理由は〈あんなパリピ軍団に入れられたら呼吸ができなくて死んでしまう〉というのが偽らざる本音である。


例えるならば多くの淡水魚の入っている水槽にいきなり海水魚が入れられるような感覚に近い。


美鈴のような人間に言わせれば〈みんな同じ人間じゃない〉と言いそうだが


それはホモサピエンスという生物学上共通しているというだけの話で、決して〈同じ人間〉ではないのだ。


パリピと呼ばれる異教徒共にはこの簡単な理屈がなぜか理解できないらしい。


〈それで、私はこれからどうすればいいと思う?参謀の意見が聞きたいわ〉


美鈴が自然な流れで聞いてきた。


「その言い方は止めろ。参謀という言葉の響きは俺の厨二心をくすぐるワードではあるが


人から言われるとなぜか恥ずかしい。アドバイザーとかブレインとかで頼む」


〈厨二心というのがよくわからないけれど、まあいいわ。それであなたの考えを聞きたいの〉


「そうだな、まずは木村の動きだな。奴は必ず美鈴に接触してくる。紅林派か松金派か、どちらに付くのが得か考えているだろうからな」


〈そうね、木村派は単独での勝ちが望めない以上、私達か松金君たちに付いて連立による主権を握りたいと思っているでしょうからね……〉


「ああ、自分が協力した場合、どっちが高い条件を出してくれるのかの交渉をしてくるはずだ」


〈私としては提示された条件が無茶な要求だった場合、応じるつもりは無いのだけれど〉


「それでいい。美鈴はあくまで正道路線で突き進め。裏の事は全て俺が引き受けてやる」


〈何よ、えらくかっこいい事を言うじゃない、大和。先日私の名前を呼ぶだけでキョドっていた人物とは思えないわね〉


「うるせえよ、せっかく俺がさりげなくカッコつけているのだからそこはスルーしろ。


電話なら顔が見えない分色々と言えるんだよ」


〈頼りになるのだか、ならないのだか、わからない発言ね〉


「頼りにならねーよ。だから期待するな。俺は俺で動くから」


〈わかった、頼りにしているわ、大和〉


「お前、今の話を聞いていたのか?冴子もそうだが、お前らは本当に人の話を聞かないな。これだから女王様は嫌なんだ」


〈クスっ、それで私は何もしなくてもいいというの?〉


「ああ、美鈴は思っている事が態度に出るからな。俺のやる事を知らない方が計画は進めやすい。


知らずに行動するのは釈然としないだろうが、後から説明するからそこは納得してくれ」


〈わかっている、信頼しているわ〉


「そんなに簡単に人を信じるな。この世の中、信じる者ほど救われないものだぞ」


〈誰でも信頼する訳じゃないわ、大和だから信じるのよ〉

 

この女は……紅林美鈴にこんな事を言われて張り切らない男はいないだろう


そう思いながらも少し喜んでいる自分のチョロさに腹が立つ。


悔しいがコイツは人、というより男の扱い方をわかっている生粋の女王様だ。


「それで美鈴にして欲しいのは、もし木村が接触してきた場合、校外では会わないようにしてくれ。


多分奴は内密な話を校外でしたがるだろうからな。何か理由を付けて断ってくれ。


それと校内で話す場合でも少し時間をおいてくれ」


〈どういう事?〉


「わかりやすく言えば即交渉に応じる事は避けてくれという事だ。


例えば朝に言われたら昼休みならOKとか、昼休みに言われたら放課後ならOKとか、そんな感じだ」


〈交渉は校内で、校内でも少しだけ時間をおいて交渉しろという事ね?〉


「ああ、そういう事だ。それともう一つ……」

 

俺は続けて美鈴にして欲しい事を告げた。


〈わかった、みんなにも伝えておくわ。でもそれに何の意味があるの?〉


「上手くいくかはわからんが、俺の見立てが正しければあのハイエナ野郎はまんまと罠にかかるはずだ。


だから美鈴はそのまま自分の信念に基づいて行動してくれ」


〈わかったわ。色々とありがとう〉


「まだ何もしていない、礼は早い」


〈そうね、じゃあ貴方の作戦が成功した後に改めてお礼をさせてもらうわ〉


「作戦が成功するとは限らないだろ?」


〈成功するわよ〉

 

美鈴は作戦内容を一切聞かされていないにもかかわらず、なぜか成功すると確信している様だった。


俺としてはダメ元ぐらいの感覚でいて欲しかったのだが……

 

美鈴との通話を終え部屋を出ると、そこには沙羅が立っていた。


俺と目が合っても無言のままジッとこちらを見つめていて何やら少し態度がおかしかった。


「何だよ、何か俺に言いたい事でもあるのか?」

 

妹のどこかおかしな態度が気になった俺はそう問いかけると、沙羅はプイっと横を向いて吐き捨てるように言葉を発した。


「何よ、ちょっと彼女ができたからって偉そうに。最後には〈おやすみ〉とか言っちゃって、お兄のくせにキモいのよ‼


紅林美鈴もこんな男のどこがいいのか、全く意味不明よ‼」

 

なぜだか一人でキレている沙羅。話の内容から察するにどうやら俺達の会話を盗み聞きしていたらしい。


あの業務連絡のような会話を恋人同士のイチャイチャ話と勘違いするとか、もはや呆れて突っ込む気にもならない。


でも面白いのでこのまま勘違いさせておくことにした。


「盗み聞きとか趣味悪いぞ。自分に彼氏がいないからって俺に当たるな。


俺達がどんな会話をしていようとお前には関係ないだろうが、俺と美鈴の事に一々口を挟むな」

 

勘違いを増長させ挑発的な事をワザと言ってみた。すると沙羅は顔を真っ赤にして俺を睨みつけ小刻みに震えだす。


どうやらプライドが深く傷ついたようだ、実にいい気味である。

 

コイツがどうしてこんなリアクションになったのかには理由がある。


沙羅は俺と違って非常にコミュ力が高く友達も多い。その友人の中には当然男も含まれていてこの見た目も相まって相当モテているようだ。


だがコイツは非常にプライドが高く〈私の彼氏になるにはそれなりに高めの男じゃないとダメ〉とか言っているらしい。


早い話、理想が高すぎて言い寄る男を振りまくっていて、男女交際は未経験という状態なのである。


だから普段馬鹿にしている俺に先を越されたのが我慢ならないようだ。


動機が勘違いの上に八つ当たりとか、こちらにすれば単にはた迷惑だし妹のプライドとか知った事ではないのだが


怒りに震える沙羅の目には少し涙がにじんでいた。おいおい、いくら悔しいからってそこまでの事か?


少しだけ罪悪感を覚えて本当の事を話そうと沙羅に声をかけようとした、その瞬間である。


「うっさい、馬鹿兄貴、死ね‼」

 

うるんだ瞳で俺を見つめ、俺に憎悪に満ちた罵倒を捨て台詞のように投げつけた沙羅は大股で自分の部屋へと戻って行った。


しばらくすると部屋の中から妹の大声で泣く声が聞こえて来た。えええ~嘘だろ……


俺は茫然としてしばらく沙羅の部屋のドアを見つめていた。

頑張って毎日投稿する予定です。少しでも〈面白い〉〈続きが読みたい〉と思ってくれたならブックマーク登録と本編の下の方にある☆☆☆☆☆から評価を入れていただけると嬉しいです、ものすごく励みになります、よろしくお願いします。

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