32 火山島の蟹さんとパンダ
鯨の背に乗って、男は南海の無人島にやってきた。何年か前の火山の噴火で全島民は本土へと避難し、島には倒壊した家屋と多くの自然が残されるだけとなっていた。月夜の晩に、たくさんのカニたちが産卵をしに島へと上陸してきた。
男は1匹のきらきら光るカニさんを捕まえた。
「カニさん、あんたのこと食べてもいい?」
男は聞いた。
「つべこべ言ってねえで、とっとと食べろよ!」
カニさんが言った。男がカニさんを食べようと顔を近づけると、カニさんはハサミで男の鼻を挟んでこう言った。
「馬鹿やろう。生はやめておけ!」
男はカニさんを逃がしてあげた。
島の温泉に浸かりながら、男はパンダの食生活について考えていた。あんなに大きな体をしているのに、笹だけでよくもつなあと。人間よりずっと力持ちだし。鹿だってそう。草ばかり食べてるのに、なぜあんなに早く走ったり、高く飛んだりすることができるのだろう。栄養はほとんどなさそうに見える笹や草には、以外に多くの栄養が含まれているのかも。
動物には考えることが少ないからかもしれない。人間の場合、食べ物から得たエネルギーの大部分を脳が消費している。だが男にも、もはや考える必要のあることなど何もなかった。次の日から男は笹ばかり食べるようになった。
半年もすると、男は夜でも目が見えるようになっていた。