16 アウストラロピテクスの星巡りとQUOカード
この星で感動できるものは3つある。酒と音楽とあの子の笑顔。だがそれも昔のこと、男は年を重ねるごとに飽きっぽくなっていった。惰性で生きることから逃れようともがいた時期もあったが、結局は巨大な渦に巻き込まれていった。それでも男は今夜も街でギターを弾くことにした。曲は『アウストラロピテクスの星巡り』。彼が一番最初に作った曲だ。
アウストラロピテクスが夜空に焚き火を囲んで踊る
二人は世界の飛行船 神秘とひらひら さりぬれど
ほどいたビーズ模様 gravitation 強さもすべて溶かす
星が散ってく 光を残して 銀河を銀河を連れてくよ
パラグライダー飛んでく 海の向こう
切符は要らない 夢の空
大きく広がる 翼は cross a boader すべて溶かす
銀河の飛行船 届くよ星の声
銀河を横切る 君の回す紙飛行機
その翼の城に乗る 星の雲を並べて
闇の中にささやく より大きな光たち
その美しさのやさしさに 僕はこれ以上甘えず
6分以上の長い歌だった。ずっと歌っていたかったが、声がかれてきたので終わりにせざるをえなかった。やっぱり下らない夜だった。男は思わず女にメールした。
「君が楽しそうにしているのを見るのは好きだよ。その顔を見ていると人生もまだ捨てたもんじゃないなと思える。君が怒ったり悲しんだりするのを見るのも好きだ。生きていることを実感できるから。でも今はもう、何も感じない」
女から返信があった。
「あなたは私の人生を傷つけた。でもあの人は私のハートを傷つけた」
どうやら振る前に振られたみたいだ。意外にいい夜になった。
男は駅の券売機のところにいた。男は声を掛けられた。
「お兄さん、このクオカード、まだ700円くらい残ってるから買ってくれない?500円でいいから」
人の良さそうな初老の男性だった。男は自分の財布の中を見たが、小銭があまりなかった。
「ごめん、200円しかないや」
「いいですよ」
老人はちょっと残念そうな顔をして言った。200円を受け取ると老人は歩き去った。その時老人は片足を引きずりながら歩いていた。男はハッとした。ひどく罰当たりなことをしてしまったように思った。足の不自由な老人から値切るなんて、自分は一体どういう料簡をしているのだろう。でも仕方がない、小銭がなかったのだから。爺さんの運が悪かっただけだ。
券売機で切符を買いお釣りを受け取ると、自分がとんでもないケチの間抜けの思いやりのない野郎だと気づいた。小銭がなかったら切符を買ってそのお釣りで払えばいいだけのことだったのに、そんな簡単なことにさえ気づいてあげることができなかった。
あの足ならそう遠くへは行けない。男は急いで爺さんを探したが、爺さんは人ごみに紛れてしまい、とうとう見つけ出すことはできなかった。
その日の夜も気持はやさぐれてしまった。