12 JBとセイレーンとYou are so beautiful
下らない夜に男は駅前を歩いていた。2人の女子中学生が座り込んで話をしていた。1人は鮮やかな水色のフォークギターを抱えている。時間を持て余している2人が、ストリートミュージシャンのまねごとをしてみたかっただけなのかもしれない。演奏する気はあまりないように見えた。同じく時間を持て余していた男は2人に声を掛けた。
「すいません、隣空いてますか?」
返事も聞かずに男はギターを持っているメガネを掛けた少女の隣に座った。警戒心を強めた少女たちの目が男に適度な刺激と心地よさを与えた。
「きれいなギターですね」
「ど、どうも」
メガネの子が言った。
「ところで名前は?」
「JBです」
「私はセイレーン」
少女たちが言った。
「ふーん、僕はただの通りすがりの変態です。ところでそのギター、ちょっと弾いてみていい?」
「は、はい」
男はEとAのコードを確かめ、ユーアーソービューティフルという曲を弾き始めた。
You are so beautiful to me You are so beautiful to me
You are so beautiful to me Can't you see ?
ここで声は高音になり、男の声は上ずり、おまけにギターのコードまで押さえ間違えてしまう。それでも男は最後まで歌う。
You are everything I hope for You are everything I need
ここで男はためを作り、情感たっぷりに女の子の名前を叫ぼうとする。
(JB)
ところが声がかすれて、ものすごく聞き取りづらい声になってしまう。予想外の失態に男は次のコードも間違えてしまう。だが男は最後まで歌う。
You are so beautiful to me
何か罰が当たったのかと男は思う。これくらい下手くそに弾いてあげた方が2人には勇気が出るかもしれない、と勝手なことを思う。でも小っ恥ずかしくなった男はとっととその場を引き揚げた。
酔っ払いのおじさんが女の子をからかっただけだ。女の子たちには良い教訓だろう。男はまた勝手なことを思う。
いつも通り、下らない夜。