11 ジミヘン
下らない夜、男の頭の中には霞がかかっていた。
「オレの頭の中に紫の煙があって何も見えない。アンタはオレのことを気でも狂ったのかといぶかしむだろう。でも何も心配はいらない。アンタにもすぐに見えるようになる、紫の煙が」
ジミヘンの歌がどこかで響いていた。
男は女の子と話をしていた。
「君のようなかわいい女の子に一度お姫様だっこされたいよ」
「君と駆け落ちしたいよ」
「君は十分きれいだよ。30代のくたびれたオジサンに貢がせることなんて朝飯前なくらいにきれいだよ」
女の子は笑った拍子に鼻からビールを出してしまった。彼女は半泣きになって店のトイレに引っ込んでしまった。
彼女が戻ってきたとき、その眼には多少の敵愾心が垣間見られた。
「君はとてもやさしい人だ。僕が一緒に死んでとお願いしたらきっとそうしてくれそう。それくらいにやさしい」
男は言った。
「えっ?!大丈夫ですか?私死なないし、あなたも死なないでよね」
彼女は言った。
「心配した?ダメだよ、こんなの本気にしてちゃ。男の手なんだから」
「えー、面白い人ね。私もう少しあなたに早く会えれば良かったのにな」
「エッ、本当?そう言ってもらえるとうれしいな、すごく」
「うそですよ。あなたになんて全然会いたくなかった。だめだな~、こんなのに騙されてちゃ。女の手なんだから」
「エッ、そうなの?なんだぁ~、ちょっとキュンときちゃった」
「だからおあいこ」
男は帰る途中、スーパーで買い物をした。買い物を済ませてスーパーを出ると、駐車場で誰かの話し声が聞こえてきた。
「このうまい棒が重い重い。カールも重い重い。チョコも重い重い」
買い物袋を持ったどこかの若い母親だった。彼女は自分の息子に話しているのだった。子供はポカンとした顔で母親の方を見ながらアイスキャンディーをなめているだけだった。