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致死的恋

作者: 人間様

 「恋の病」という言葉に、私はとても共感している。恋とは、どうしようもなく焦がれて、一昼夜あなたのことを考え、求め、苦しむこと。人一人の魂に、同じ大きさの魂を自分の中に完全に収めてしまいたくなること。そんな、盲目的で矛盾にまみれた異常な状態を、病と言わずして何と表せばいいのでしょうか。

 私はあなたが憎いです。恋の病は一様ではありません。ただの風邪が、たまに罹って三日ほど寝込んで、ある朝起きたら奇妙な名残を残していつの間にか治っていて、しかしその間の苦しみは確かに悪夢であるのと同じように、人が普通に生きている内に罹ってしまう平板な恋愛。喘息のように、たった一度の深い恋愛が、後遺症として自分の中に残り続け、ある時何かを見て、恋人であった人を思い出して、自分の中に残っていた相手への愛おしさ慈しみ憎さ怨嗟が溢れ出て、そうして止まらない咳みたいに、出来損ないの理想を言葉として口についてしまったり。人によって、発症も症状も期間も致死率も、全部違うのです。

 ねぇ、私の恋がどんなものか、あなたは分かっているんでしょう?私の恋はそう、滅多に訪れないけど致命的。熱病になったみたいにずっとうなされて、毎晩頭の中にはあなたの幻影が現れて、私を寝かせない。あなたと同じ空間にいるだけで、頭にぼうっと靄が掛かって半分夢みたいな感覚になる。あなたに触れたら、たちまちその箇所が熱く爛れて、膿むまで掻いてしまいたくなる。そしてその痛みを、いつまでも反復していたい。

 私のこの病をあなたにうつせたらと、いつも考えるのです。あなたが持つ恋は、きっと平凡で社会的で安定している、褒められた恋なのでしょう。だからあなたは、いつまでも私を見てくれないのでしょう。でもね、私にはイメージできるのです。私の罹った病をエイズに喩えてみましょう。私はもう既に、この病に侵されて苦しみを抱えて死んでいく覚悟はできています。医者が延命を勧めてこようが、早死にする親不孝に心苦しさを感じようが、この感覚を薄めて後生頭の片隅にあなたを居座らせるくらいなら、あなたを直視したまま死にたい。叶うなら、この致死率100%の想いをあなたにも抱いて欲しい。この病気を隠したままあなたと交わって、お互いの遺伝子をお互いの中に送り込んで、そうして感染した後あなたは気付くのです。もう取り返しが付かなくなったことに。そしたらもう、社会的地位も道徳心も将来の可能性も全て捨て去って、何度も交わって何度も感染して、そうして心中するしか道はなくなる。でも残念、私がエイズだって、あなたにはもう知られてしまっている。

 先生。あなたは私に道徳を説きました。私の退廃的な恋を咎めました。ですが、不道徳を知らないあなたにどうして道徳の在り方が分かるのでしょうか。あなたはその人生で一度だって、致命的な恋をしたことがないでしょうに。あなたは私の気持ちを分かったように言います。それは若さ故の狭窄的な恋愛感情だと。私が自らの腕に刻まれた線の数にどんな想いを込めているかも知らない癖に。

 私はあなたを殺します。あなたを構成する要素を一つずつ削り取って、そうして出来た隙間に私の想いを埋め込みます。あなたはきっと抵抗するでしょう。自らの抗体を以て私の遺伝子を拒もうとするでしょう。でもね、あなたはまず見てくれから病人へと近付いていくのです。あなたが気にする世間様は、あなたの意志まで見ようとしないわ。不道徳のレッテルを貼られたらもう、私を楽しむ他にはないでしょう。そうして段々と、あなたは私と同化していく。私と全く同じ病に罹っていく。一緒にこの苦しさを味わいましょう。実は私知っているのです。たとえあなたの全てを手に入れても、この苦しさからは解放されないって。だから、粗方あなたを毒し終えたら、今度は本当に心中してしまいましょう。あの世に行って魂だけになったなら、本当の意味で交わって、そうして一つの濃密な魂へと生まれ変わってしまいましょう。そうしたらもう、恋の異常性は消え失せて、それが常になりますよね。

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