8.鑑定士と魔術師(という名の調理器具)。
場所を宿屋にうつしたマーガレットは、ドンっと机に白い粉を置く。
「と、いうわけで。消化にも優しくて美味しい簡単手作りうどんを作ろうと思います」
省スペースでできるし、といいながらマーガレットは材料を並べていく。
「うど?」
「うどん、です。そして、本日の主役はコレ!」
マーガレットがドヤ顔で取り出したのは黒い液体と薄黄色の液体。そして見たことのない硬そうな何か。
「はあぁぁ〜コレなかったらどうしようかと思ったぁぁ」
本当によかったぁと頬ずりせんばかりの勢いで、マーガレットは大事そうにそれを眺める。
それは、ロキとハインリヒにとって異様な光景だった。
「なんだ、それは」
毒物にしか見えない黒い液体を指して、警戒心をにじませたロキが尋ねる。
「え? 何って、醤油ですよ!」
あとこっちは昆布と鰹節(塊)とみりんですとマーガレットは自慢げにそれらを紹介する。
先程市場を散策した際、小麦粉は割とすぐに手に入った。
かっちかちとはいえ、パンが何度も食事に出ていたので、小麦粉や塩は入手可能だと踏んでいた。
問題は出し汁。昆布や鰹節といったダシや醤油とみりんのような調味料の類いがこの世界に存在していなかったら詰みだ。
いくらこことは違う世界の知識を有していたとしても流石にそれらを1から作れるだけの知識はマーガレットにはない。
しかしそれらの心配は杞憂に終わり、マーガレットが欲していた調味料の類は市場で見つけられた。
もし、鑑定スキルがなければそれらがマーガレットの欲していた品だと分からなかったかもしれない。
ラベルもなく、人目に留まる事もなく積み上げられていたけれど、マーガレットにとっては何より価値のある品々だ。
お店の人の話では、物珍しい輸入品程度の認識で、これらを日常的に買いにくる客はいない。おかげで安く仕入れることができた。
「まぁ要するに、この国のごはんがまず……微妙なのは、出汁と調味料の問題だと思うんですよ」
さすがに国の権力者の前でここの国の料理はまずいとはっきり主張するのはいかがかと思い、マーガレットは言葉を改める。
「……こんなものでロキの偏食を解決できるとは思えないんだが」
ハインリヒは控えめにそう言って調味料を不思議そうに眺める。
「あー出汁と調味料を馬鹿にしないでください! 後で"おいしいおかわり"って言ってもあげませんからね?」
調味料馬鹿にしないでくださいとマーガレットはハインリヒに物申す。
「そもそも食う気ねぇし」
肝心のロキは間髪入れずにそう主張する。
あっそう。そんなこと、言っちゃう? とマーガレットはじとっとロキをにらみつける。
が、先程のお腹の音を思い出し、論より証拠、言葉で話すよりも実際食べたほうが早いと思い直し、当初の目的通り自分のために食事を作ることにした。
ただここで一つ問題が発生する。
「……しまった、鰹節削り器がない」
宿屋のキッチンを借りることはできたが、調味料や出汁の類を日常的に使わないのであれば、それは当然のことだった。
「うーん、お水もこのまま使っていいものやら」
元の世界では当たり前に浄水器が付いていたし、そもそも水道水はそのまま飲めるレベルで処理されている。
が、この世界でそれを求めて良いものか?
念の為鑑定をかけてみれば、飲料不可との表示。
「ねぇ、普段お水ってどうやって飲んでるんです?」
ここは現地人に聞いてみるべし、と棒立ちしている2人に問いかければ、
「はぁ? そんなの浄化魔法をかけるに決まっているだろう」
と当然のように返ってきた。
なるほど、ここでは魔法が当たり前なのか。
「アイ、浄化魔法の仕方を教えて?」
2人には鑑定スキル持ちであることがばれてしまっているので、マーガレットは堂々とカンニングをする。
今まで屋敷にいたので必要がなかったマーガレットは、これからは自分で魔法を使えるのねとワクワクしながら鑑定スキルに問いかけたのだが、
『マーガレット・エヴァンスは、鑑定スキル以外魔法の類が一切使えません』
と無常な鑑定結果が表示された。
「ええ!? なんで?」
だって、この世界では"魔法"が当たり前であるはずなのに。
『現在のマーガレットは元の魂とは違うため、魔力が備わっていません』
マジか。
マジか!?
驚きすぎて二度見する。
確かに並べられていた慰謝料の中に生活魔法なんてものが入っていた。
だが、今まで魔法なんて存在しない世界で生きていたマーガレットにとって、生活魔法の価値がわからなかったのだ。
今まで当たり前すぎて気にしたこともなかったけれど、そうか発展した科学はきっと魔法に相当するのね、なんてマーガレットは現実逃避する。
「確かに慰謝料はひとつって言ったけどぉーーーー」
魔法必須のこの世界で、魔法が一切使えないなんて日常生活を生き抜くだけでも大変な仕様じゃない!
ちゃんと説明しなさいよと、神様の代理人たちの顔を思い浮かべたマーガレットは盛大に舌打ちをした。
「他に何か使えるモノは」
とにかくこのままでは料理ができない。
自分で魔法が使えないならとにかく代用できそうなものを探さなければ、とマーガレットは鑑定をかける。
鑑定結果のディスプレイはロキのすぐ側で表示された。
『ロキ・アルヴァーノ。大魔導師。浄化魔法、粉砕魔法他、火・水・風・土・光・闇属性魔法完備』
「便利な魔術師発見!」
「は?」
がしっとマーガレットはロキの手を掴む。
「大魔導師様? ちょーっとお尋ねが」
「……なんだよ」
目が据わっているマーガレットに若干引きつつ、ロキは尋ねる。
「鰹節の塊めっーちゃ薄く削れます?」
「ああ、わけないが」
ロキが指をかざした瞬間、それは見慣れた鰹節の姿になった。
「うわぁぁー。ようやく会えたね!!!!」
会いたかった、とテーブルの上の鰹節をみながら叫ぶマーガレット。
その様はさながら遠距離恋愛中の恋人に再会した時を彷彿させる。
感動の再会を果たしたマーガレットはくるっとロキに向き直ると、
「大魔導師様。水を浄化して、コンロの火もつけて欲しいです。今すぐに」
とマーガレットは懇願する。
「は? それくらい自分で」
やれよとロキが言うより早く、
「できたらやってるわーー!!」
マーガレットは心の底から叫んだ。
「もう、限界なんですよ。美味しいごはんが食べたいんですよ。材料だけあってもダメなんですよ。作りたいんですよ、美味しいごはんを!! 協力してくれますよね?」
殺意にも近いマーガレットの脅迫に飢えているのは自分だけではない、とロキは悟る。
そしてロキは押しに弱い。
「ハインリヒ」
この女ヤバいと視線を彷徨わせたロキと目が合ったハインリヒは、
「面白い。協力しよう」
ロキがここまで押されるなんて珍しいしとにっこりと笑うと、
「というわけで、ロキ。彼女を手伝ってあげなさい」
命令です、と爆弾を投下する。
「はぁ?」
エネルギー不足で働くの嫌なんだけどとロキは顔を顰めるも、
「よっしゃー王太子の命令きたー。作りますよ、大魔導師様。美味しいうどんを!」
マーガレットの勢いに押されて結局うどん作りに付き合わされることなった。
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