3.鑑定士になった日。
彼女がマーガレット・エヴァンスになったのは、完全なる巻き込み事故によるモノだった。
「で、何でこんな事になったのか。はっきりしっかり説明しなさいよ」
真っ白なだだっ広い空間で、彼女はこじんまりと小さくなっている神様の代理人と名乗った男に尋ねる。
連日の午前様に加え、散々案を出した挙句"やっぱり最初の奴が一番いいよね"など上司に言われ、彼氏にはおめでとうの代わりに簡素な文面でお別れを告げられた。
やってられるか! 状態だった最悪の誕生日。
彼女は突風に煽られ事故にあった。そしてその事故は、本来彼女に降りかかるものではなかった。
「えぇーっと、つまりですね。世界を発展させるために異なる世界軸を生きる魂を定期的に入れ替えるんです」
しどろもどろになりながら彼は辿々しく説明を繰り返す。
「いや、それはさっきも聞いたわよ。お互い同意の上で入れ替えるんでしょ? 私が聞きたいのはそこじゃない」
同意してないんですけど、と睨まれた代理人は反射的に肩をぴくっと動かす。
「で、ですから。今から同意して頂けないかと」
怯えつつも控えめにそう尋ねるが、
「頂けるわけないでしょうが!!」
ピシャリとキッパリ言い切られた。
確かに"もういっそのことどこか遠くに行ってしまいたい"と思ったけれど。
「誰が異世界まで行きたいって言ったのよ!!」
しかも片道切符。
そして元の世界に戻るという選択肢が存在しない事も先程聞いた。
が、納得しかねる。
「あなたじゃ話にならないわ、責任者を出しなさい。責任者を!」
「あうぅ、そんな事言われてもですね。神様は大変お忙しく」
「は?」
冷気漂う低い声に、今にも泣きそうな代理人は、
「先輩ーヘルプミー」
天井に向かってそう叫んだ。
「ポチちゃんギブ早い〜」
そんなんじゃいつまで経っても独り立ちできないぞ、と空からストンと落ちて来たのは真っ白な衣装を纏った黒髪碧眼の少女。
天使の羽や輪っかがついているが、留め具が見える。つまりコスプレ。
「少女レイヤーさん?」
何ココ? 何かのイベント会場? と毒気を抜かれた彼女に対し、
「"美"が抜けてるわよ、お嬢さん。それにコレは制服よ!」
うち、服装は自由なのとふふんっと得意げな顔をする。
いくら自由とはいえ限度がある。
あ、ガチ目にヤバい奴来たと一周回って冷静になってきた彼女に対し、
「うちのポチちゃんが説明下手でごめんなさいね? ここは先輩らしく私から説明してあげるわ」
パチンと両手を叩き、やや演技ががった声で代理人の先輩を名乗るその人はそういった。
「結論からいきましょう。何を選んでもあなたは元の身体には戻れない」
「どうして?」
「簡単な事よ。現世にはあなたの入れ物がもうないのよ」
あなたが思っているよりずっと時間が経過してるのと告げた先輩は、タブレットPCを片手に、
「見たいなら見せてあげるわ。ただし、あなたが選べる慰謝料は一つだけだけど」
ここで使う? と聞かれ黙り込む。
「そこに映るものが本物であると証明できる手段は?」
「ないわね」
キッパリとそう言った先輩は楽しげに笑い、
「思いの外冷静で嬉しいわ」
パチンと指を鳴らして半透明の液晶を出現させる。
「ポチちゃんが説明した通り、世界の発展のために定期的に異なる世界のエネルギーを取り替えっこしているの。今がその時期なんだけど、ここで一つ想定外が起きた」
「想定外?」
「神様がひっさしぶりにやる気出しちゃってね〜。でも神様からすれば人間なんて豆粒みたいなモノで判別し辛いものだから、手元が狂って対象者間違えちゃった的な?」
てへっ⭐︎と一般人がやったら絶対ダメなポーズを堂々とやる先輩。悔しいことに非常に可愛い。自分で美少女と言うだけはある。
が。
「的な、で済ませないでくれる!?」
人ひとりの人生詰んでるんだけど!? と全力抗議の姿勢で苦情を述べる。
「じゃあ聞くけど、あなたは蟻んこの命を尊重しながら今まで生きてきたの?」
へーすごーいと棒読みで拍手をする先輩を前に言葉が見つけられず黙り込む。
「つまりはその程度ということよ。でもそれじゃあんまりだ、っていうので作られたのが苦情対策課」
人間のシステムに似せてるのは神様の趣味ね、と言った先輩はモニターを操作しながら説明を続ける。
「あなたにある選択肢は2つ。異世界にある別人の身体に憑依して残りの寿命を謳歌する。元の世界で全部綺麗に忘れて生まれ変わる」
どっちがいい? と小首を傾げる先輩。
「そんな、急に言われても」
「ちなみに私のオススメは、断然異世界転移よ!」
「理由は?」
「私達の手間が少ないからに決まっているじゃない」
またしても間髪入れずにそう答えた先輩は、
「本来なら、ここでないエリアの魂と入れ替えるはずだったのよ。せっかく同意までもらったのに嫌になっちゃう」
今、浮いてる魂あなたしかいないのよと肩を竦める。
明け透けな先輩の物言いに返す言葉が見つけられない彼女に代わり、
「先輩! あんまりですよ!! もうちょっとこう、優しさとか優しさとか……あと優しさとかないんですか!?」
半泣きの代理人が反旗を翻す。どうでもいいがボキャブラリーが少ないなとツッコミたくなる。
「だーかーらーいつも言ってるでしょ。一々対象者に感情移入しちゃうポチちゃんの方が稀なんだって」
感情労働とか非効率過ぎと先輩はばっさり切り捨てる。
「で、でも、突然神様の手元が狂って死にましたなんて雑な告知酷すぎます! その上辻褄合わせのためにさっさと異世界に行ってくれなんて。こういう時ほど優しさと優しさが必要かと」
対話をすれば分かりあえるはず、と熱心な代理人。が、お前のオブラートも破けているぞと教えてあげたい。
「せっかくの苦情対策課ですよ! 一人ずつの話に耳を傾けて、納得して頂いて折り合いをつける方が」
「うん、うん。私、ポチちゃんのそういうとこ嫌いじゃないけど、話が進まないから飴ちゃんでも舐めときなさい」
そう言って代理人の口に大きな棒付きキャンディを容赦なく突っ込む。
「〜〜んーーんん!!」
「で、どうする?」
突然話が自分に戻り、悩む事数秒。
「……ポチと話して決める、に一票」
自分の立場というものをおおよそ理解した彼女はまだマシ、と判断した代理人に詳細を聞き、そして慰謝料を受け取った上で異世界行きを選択したのだった。
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