14.鑑定士は責任を求める。
「ふんふんふーん♪」
マーガレットは鼻歌混じりに今日も料理を作る。
事件のあと研究所に戻ったらみんなにとても心配され、王太子命令で休暇を与えられた。
とはいえ、休暇中でもお腹は空くわけで。
せっかく買った食材を使わない、なんて勿体ない。
というわけで。
「じゃじゃーん! でっきあがり♪」
うん、今日も美味しそう。と満足気なマーガレット。
出来上がったのは食べ応え満点。ハムやチーズ、トマトなど様々な具材を挟んだスコーンだ。
勿論、マーガレットが熱望していたベーキングパウダーも使用している。
他にもスープやデザートなど複数並ぶちょっと豪華で華やかなランチ。
「今日は妙なタイトルはつけないのか?」
「あら大魔導師様、お疲れ様です」
「妙な渾名をつけるな」
「石窯様の方がよろしかったですか?」
神妙な顔を作ったマーガレットは、
「今日も見事な万能調理器具ぶりでしたよ!」
と楽しげに応戦してみせる。
「お前なぁ。大魔導師がなんたるか知ったんだから、もう少し俺の事を恐がるとか敬うとかないのか?」
そう言って苦笑するロキの顔色はもう青白くなんてなくて、今日も調子が良さそうだった。
あの後、ロキ本人の口から彼の立場というものを聞いた。
王太子直下の組織、魔術騎士団の師団長をしている事。
でも、近年ろくに食事が取れないことで上手く魔法がコントロールできずに引退も視野に入れていた事。
ロキ引退を必死で引き留める人達から無理矢理高カロリーな流動食管理をされそうになっていた事。
などなど。
たぶん、一介の没落した貴族令嬢が聞いてはいけないだろう事情も含めて、全部。
魔法、というものに縁のない世界で生きてこちらに来たマーガレットでも"大魔導師"がこの国で一番すごい魔術師の称号なのは分かる。
だけど、マーガレットにとっては。
「ロキ様は万能調理器具様でしょ。お腹が空いて力が出ないただの人間の」
なのである。
マーガレットの変わらない態度に少しだけ驚いたように目を瞬かせたロキは、
「そうか」
と穏やかな口調でそう言った。
「そうですよー。さて、今日もごはんが美味しそうにできましたね」
残さず食べてくださいねとマーガレットは笑う。
彼女はいつだって変わらない。美味しいものが食べられるなら、大魔導師だって利用する。
「ではでは、さっさく頂きましょう♪って、どうしました?」
とカトラリーを差し出してきたマーガレットの手首には薄らと紅い跡がまだ残っていて。
「……まだ、痛むか?」
ロキはマーガレットの手を取りそっと撫で、すまないと謝った。
「別にロキ様のせいではないでしょう」
「いや、俺のせいだ。もっと警戒しておくべきだった」
街に出ると決めたのは前日なのに、リカルドの現れたタイミングが良すぎる。その上病休中だと知っていた。
誰かが情報を吹き込んだに違いない。
職業柄、ロキはヒトから恨まれたり妬まれたりする。食事が取れないことで一度は力を制御できず、その地位を失いかけた。
だというのに復職が可能になる程の回復をマーガレットがもたらした。
だとしたらマーガレットを狙ったとしてもおかしくはない。
マーガレットの身を案じるならもう彼女を側に置くべきではないのかもしれない、と思うのに。
その一言が、言えなくて。
なぜか手放し難さを感じてしまう。
「あのぉ、ロキ様? お悩みのところひじょーに申し上げにくいんですけど」
またフリーズしてると呆れた口調でため息をついたマーガレットは。
「今、ごはんを食べる! 以上の最優先事項あります?」
悩むのは後! せっかくのごはんが冷めますよとマーガレットはずいっと強引にカトラリーをロキに握らせるとさっさとテーブルについたマーガレットは手を合わせたあとロキを放置でさっさと食べ始める。
「はぁ、今日も美味しい。超幸せー」
とマーガレットは幸せそうにごはんを頬張る。
そんな彼女を見ていたら、何故かとても満たされた気がして。
ロキはマーガレット・エヴァンスがいつもと変わらずここにいてくれる事に感謝したくなった。
いただきます、とマーガレットを真似て手を合わせたロキは、マーガレットの作ったランチを口にする。
「マーガレットの作った物はなんでも美味いな」
ロキの方を見れば、ゆっくりと美味しそうに食事を味わう姿が映る。やはり、ごはんは誰かと食べる方がいい。
残す事なく、キチンと食事の取れるようになったロキ。
食事が軽視されるこの世界で、ロキがいてくれてよかったとマーガレットは彼を見ながらそう思った。
「次からはもっと早く俺を呼べよ」
食事の片付けをしながら、ロキはマーガレットの髪飾りを指差しそう言った。
どういうこと? と首を傾げるマーガレットに、
「全く、お前のその鑑定スキルは何のためにあるんだ」
やや呆れたような口調で迷子になったら呼べって言ったのにとロキはため息をつく。
どおりでなかなか呼ばれなかったわけだと伝わってなかったらしい事をロキは今知った。
「何って、食材探すために……ではなくて。もしかしてコレGPS機能搭載してます?」
少し思案したあと、マーガレットはもしやと思いロキに尋ねる。
「GP……は知らんが、位置探索と転移魔法は組み込んである」
だから呼べって言ったのにとロキはいうが、髪飾りにそんなものが搭載されているなんて微塵も思っていなかったので、当然鑑定などしない。
というか無断でそんなものつけるなんて一歩間違えたら犯罪者では? なんて思ったけれど。
今回は助かったので良しとする。
「一言くらい言ってくれても」
「マーガレットは鑑定スキルなんて珍しいものを持ってるし、情報漏洩防ぐためにあえて言わなかったんだが……そうだな。次からは話す」
次、とロキが言った事にマーガレットは驚き、
「また、連れて行ってくれるんですか?」
と尋ねる。
「私のせいで、厄介ごとに巻き込まれたから、もう嫌になっちゃったかと思いました」
「そんなわけないだろう。むしろ、危ない目に合わせたのは俺の落ち度で」
申し訳なさそうに落ち込むロキを見て、マーガレットは、
「じゃあ責任取ってください」
と手首を指す。
「責任?」
繰り返したロキにコクンと頷いたマーガレットは手書きのレシピを取り出して。
「私、今すっごくスフレパンケーキが食べたいんで。今日のオヤツはスフレパンケーキがいいんですけど、フワッフワなの作るには超かき混ぜないといけないんですよ!」
せっかく特注で泡立て器を作ってもらったのにこの手首じゃできないわーとわざとらしくマーガレットは嘆く。
「大魔導師様が作ってくれたらチャラにします」
ふわっふわなの作ってくれないと嫌ですよ! とマーガレットは笑う。
「……お前、ほんっと俺のことなんだと思って」
自分で言うのもなんだが、国一番の魔術師だ。その大魔導師を捕まえて責任を取れと迫るなら、大抵の人間は実現不可能に近い事を願うのに。
「だから、万能調理器具様でしょ」
何度もそう言ってるじゃないですか、と言ったマーガレットは、
「でも今回からその前に"世界最強の"を追加することにします」
と宣言する。
あんなに怖かったし、気持ち悪かったのに、ロキが全部吹き飛ばしてくれた。だから、きっとロキがいればこれから先も怖くないと思う。
「助けてくれてありがとうございました。また、よろしくお願いしますね」
マーガレットは髪飾りを指してふわりと笑う。
そんなマーガレットを見て思う。
ああ、彼女を手放したくない、と。
そして、その方法をロキはもう知っている。
「それで、スフレパンケーキの作り方なんですけど」
ロキはレシピを差し出すマーガレットを引き寄せ、
「それだけじゃ、責任を取るには足りないな」
と囁きその亜麻色の髪にキスを落とす。
「世界中の美味しいごはん、2人占め。なんだろ?」
動揺するマーガレットの手を取り。
「一生、逃す気ないから。覚悟しとけよ」
ロキはマーガレットの手首に口付けて不敵に宣戦布告する。
「はっ? え? えーーーー!?」
そういう責任の取り方は求めてませんけど!? とびっくりするマーガレットの視界に入るのはすっかり見慣れたディスプレイ。
『マーガレットが逃げ切れる確率?????』
それは、神様も知らないこれから先の2人の美味しい物語。
★あとがき
お付き合いいただき、ありがとうございました。
短編で書きましたが、反応が良ければ続編検討するので続きがみたい!って方はぜひブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします!╰(*´︶`*)╯♡