12.鑑定士と大事件。
「うわぁーすっごい!」
マーガレットは店の品揃えに感嘆の声を上げる。
「気に入ったようで何よりだ」
チラッと隣を見上げれば、満足気なロキが目に入る。
いつもの制服でも、出会った時みたいなローブを羽織ったボロボロの服装でもなく、初めて見るロキの私服。
悔しいことに非常にかっこいい。周りの女子の視線と囁き声が痛いことこの上ない。
どうせ不釣り合いですよぅと心でつぶやきつつ、マーガレットは目的の品を探すことにする。
「アイ、鑑定!」
店内でスキルを発動させれば瞬く間に半透明の画面がそれぞれの品の上に表示される。
「なん、だと!?」
マーガレットは茶色の固体を手に取り固まる。
「カカオマス! えーもしや近くにカカオバターもあったりするの!?」
え!? これどういう並べかたをしてるの? と片っ端から品物を見ていく。
「なんだ、それは?」
「チョコレートの材料ですよ! あーもうお口がチョコの気分」
カカオ豆だったら難しかったがすでに加工済みなら私でもチョコレートが作れるとマーガレットは踊り出しそうな勢いで語る。
「はっ! もしやスパイス系や米なんかもあったりするのでは……!?」
やばい、買える限り買い占めなくてはとマーガレットは大興奮。
「はしゃいで迷子になるなよ」
今にも駆け出しそうなマーガレットにクスッと笑いながらロキはそう声をかける。
「それは無理な相談ですね」
キリッとした顔でマーガレットは言い切る。
「無理なのかよ」
「冗談です。店内見てますから、ロキ様もお買い物に行ってきていいですよ。ギルドに魔道具用の材料取りに行かなきゃなんでしょ?」
サリーが出かけにそう言っていたことを思い出す。
昨日ロキの態度に動揺しまくってしまったマーガレットは、外出のついでと知りほっとした。まぁちょっとだけ、残念なような気がしたのは無視することにする。
「それは、別に後でも」
「女の子の買い物は時間がかかるんです。行って来てください」
ゆっくり見たいのでとマーガレットに促され、ロキは先に用事を済ませてくることに決める。
さて、と駆け出しかけたマーガレットは、
「そうだ、言ってなかった。ロキ様! 連れてきてくれて、ありがとう」
くるりとロキの方を向き、美味しいごはん期待しててねと屈託なく笑う。
そんなマーガレットを見て、ロキは大きく目を見開き彼女に見惚れる。
「いざ探索!」
そう言って歩きだそうとしたマーガレットの腕を引きロキは自分に引き寄せた。
「ふぇ!? な、なんですか!?」
爽やかな匂いと近さに驚き、抵抗することを忘れたマーガレットの瞳を覗き込み、
「普段は冷静なくせに、食べ物絡んだ時だけお前は異様に隙だらけだから」
ロキはそういうとマーガレットの亜麻色の髪に髪飾りを留める。
「好きに見て回っていいが、何かあれば絶対に俺を呼べ」
そう言い残して、ロキは消えた。
「……なん、なのよ」
もう、とまだドキドキしているマーガレットが視線を彷徨わせれば、鏡に写った自分を見つける。
マーガレットの髪にはロキの瞳と同じ淡い青色をした花が留まっていた。
「……どこ、ここは?」
薄暗い部屋で目を覚ましたマーガレットは、自身の身に起きた状況を必死で整理する。
確かロキに連れて行ってもらった店の片隅でようやく本日のお目当てであるベーキングパウダーを見つけたあとの事だった。
お酢も見つけたから、チーズを作ってピザを作ってあげよう……なんて、ロキに食べさせたいレシピを考えていたのだ。
まだロキは戻って来ておらず、荷物を預けてギルドまで散策してみようと店から出たところで、見知らぬ男に囲まれた。
反射的に逃げ出して、そして……?
「痛っ」
後で手が縛られていて、自由が利かない。
どうやら攫われたらしい、という事をマーガレットは理解する。
暗さと不自由さは恐怖心を煽り、床に転がされたマーガレットは泣きそうになる。
「状況、はきっとよくない。でも、泣いちゃダメ」
水分もったいない、とマーガレットは自分を落ち着かせるようつぶやいて身体を起こす。
何の目的があって自分を攫ったのか分からないけれど、ロキが店に戻ったならきっと探してくれる。それまでの辛抱だ。
「大丈夫」
その瞬間、ドアが開く。
ロキの登場を期待したけれど、残念ながら事態は好転せず、どう見ても善良な市民とは言い難い身なりの人間たちが入ってきた。
「先に言っておくけど、身代金なんて出ないわよ!?」
何せ借金まみれの実家は没落させたし、気にかけてくれる婚約者もいない。
しがらみから解放されたマーガレットが持っているのは自由だけだ。
「へへっ、俺達はあんたを攫うように頼まれただけだ。依頼人からたーんまりお礼はもらうから気にすんな」
「そうそう。抵抗しないのが一番だぜお嬢様。ケガしたくなければな」
この状況で男達を撒いて自力で逃げられるだけの力はマーガレットにはない。
「……依頼、って誰が」
「それは言えないな」
下卑た笑い声を浮かべる男達の視線は怯えるマーガレットの表情と顕になった素足に向けられる。
はっきりいって気持ち悪い。
「依頼人って、まさかリカルドじゃないでしょうね!」
なんて当てずっぽうで元婚約者の名前を叫んだ時だった。
『正解d(^_^o)』
といつもの画面が浮かぶ。
「それは言えないなぁ」
という男の声と
「はい?」
鑑定結果を読んだマーガレットが思わず出した声が重なる。
「依頼人を漏らすバカがいるかよ」
部屋中に男達の笑い声が響くけれど、ぶっちゃけそれどころではない。
当然、鑑定画面はマーガレットにしか見えていない。
リカルド、が正解? はて、と考えていると、
「マーガレット!」
バンっとドアが開く。現れたのは、リカルドだった。
「お前たち、私の婚約者に何をしている!」
剣を抜いたリカルドは果敢にも狼藉者に立ち向かっていき、あっという間にその場を制圧。
マーガレットを攫った男達は捨て台詞を吐きながら逃げて行った。