表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

最期まで夫を信じた妻は幸福を得た。しかして周囲は涙した。

作者: めーめー

 夫が亡くなって、そろそろ三年になる。


 わたしの体はすっかりやせ衰えて、家のベッドから出ることも叶わなくなってしまった。こほこほと咳が止まらない。呼吸も大分苦しくなってきたので、わたしの命はもう決して長くはないだろう。

 息子が持って来てくれた食事に手をつける気にもならず、わたしはぼうっとあの人とのこれまでに想いを馳せていた。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 夫との出会いは、村の入口で行き倒れていた彼をわたしが助けたことから。

 素性の分からない彼を村の人達は気味悪がっていたけど、わたしは彼を見捨てられなかった。

 だって、その時の彼は酷い怪我を負っていたのだ。そんな人を見捨てるなんて、わたしには出来なかった。助けられる命があるなら助けたいと、勤め先の教会で教わった治癒魔法を使いながら、彼をわたしの家で看病した。

 

「世話になりっぱなしですまないな。大の男一人の世話なんて、大変だろ?」

「いいえ、そんなことは……。困っている人を助けるのは、人として当然の行いですから」

「いいや。言うは(やす)し、行うは(かた)しだぜ。あんたの行いは大したものだよ。……本当にありがとう。感謝している」


 にかっと彼が晴れ晴れと笑う。

 わたしの夫は、冬の凍える大地を温かく照らす太陽みたいに笑う人でした。


 怪我があるていど治ると、彼はこれまでの恩返しだと言って、村の仕事を手伝ってくれるようになった。

 最初は慣れない(くわ)の扱いに四苦八苦していたけど、数刻も振るっていれば、持ち前の器用さでどの村人よりも要領よく畑仕事をこなしていた。村一番の力自慢でも手こずる牛を御せる腕力と、辛抱強く動物達をなだめすかせられる度量の持ち主だった。かと思えば、村の子供達の中に混ざっては年不相応に一緒に遊んで、ちゃんばらごっこに興じている姿もあった。


 でも、わたし目線では、どの彼も本質は同じです。困っている人を見捨てられない、とても頼りになる、優しい人……。そんな彼に、わたしは惹かれていました。


 けど……一つだけ、疑問もあった。


「あなたは元々、何をされていたのですか?」

「あー。まあ剣を片手に、ちょっくらな」



 ……村に駐屯している衛兵が不在の時を突かれて、村が野盗に襲われたことがある。賊の数は二十人近くに及び、男衆たちで必死に抵抗したけれど、いづれも村人では歯が立たないぐらいの手練ればかりで。この村はもうおしまいだと、誰もが死を覚悟していた。


「ドロボウはよくないって、ガキの頃にそう習わなかったのか?」


 そんな時。彼は家の蔵にしまわれていた銅の剣を振るって、たった一人で野盗達を退治したのです。

 賊達を圧倒する夫の剣技は洗練されていて、力強くも美しいものでしたが、それだけに……私は、確信したのです。

 この人は、こんな小さな村に収まるお方ではない。

 怪我が完全に治ったら、きっとわたしの手では届かないどこか遠くに行ってしまうんだ──と。


「気持ちは嬉しいけど……オレは、冒険者だ。おまえの傍にずっと居ることは出来ない」


 案の定。わたしの告白に対し、彼はそんな返事をした。

 冒険者……なるほど。どうりでだ。村の子供達が彼になついていたのも、彼の栄えある武勇伝をねだっていたからなのだろう。


「かまいません……。わたしはただ、あたなを支えたいのです。飛ぶのに疲れた時に、羽を休ませられる止まり木のように……。だから、どうかお願いです。わたしに、ほんの一時だけでもあなたの傍に居ていい許しをください。それぐらい、わたしはあなたのことを愛しているのです……」


 彼の胸に跳び込んで思いの丈を打ち明けると、彼は眉根をよせて、目を閉じ……そして、呟いた。


「……こんなオレでも、本当にいいのか……?」

「ええ。あなたが帰って来てくれるというのなら、わたしはいくらでもあなたを待てますもの」

「そうか……。すまない、ありがとう……」


 そう言うと、彼は熱い抱擁とともに、わたしに優しい口づけを授けてくれた。

 村の一部の関係者達だけを集めて行われた結婚式はささやかだったけれど、わたしには十分過ぎるほどの祝福だった。



 冒険の旅に出た夫の帰りは、一年に一度あればいいものだった。そんな中でも子宝に恵まれたのは、本当に幸運なことだったと思う。

 息子を一人で育てるのは大変だったけれど、理解のある村の皆の協力もあって、わたし達の息子はすくすくと成長した。


 短くはない時が流れて、息子がしっかり喋れるようになってきた年の頃に、夫が帰路についた。

 数度しか顔を合わせたことのない夫に息子は大分戸惑っていたけれど、わたしがちょっと教会におつかいに行って帰ってきた頃には、息子はたのしそうに夫から剣の振り方を教わっていた。

 そんな父と子の姿に微笑ましくなりながら、わたしは夫の隣に腰を下ろして、


「今回はどれほど滞在する予定なのですか?」

「ああ……申し訳ないけど、ここにはローラシアの王都に向かう足で寄っただけなんだ。だから、明日にはもう発たなくちゃならない」

「そうですか……。出来ればもっとあの子と遊んで欲しかったのですが、我儘は言えませんね」

「別にいいんだぜ? もっとオレのことを不甲斐ないだ、身勝手過ぎるとののしってくれても……」

「いえ、いいのです。あなたはわたし一人の元に収まる方ではないと、盗賊たちから村を救っていただいた時から気づいていましたから」

「……そうか。なんというか、ほんと頭が上がらないな……」


 困ったように彼が笑う。夫のほうに頭を預けると、彼はそっとわたしの肩を抱き寄せてくれた。そうして、木刀で素振りをする息子を彼とともに見守る。とても平穏で、幸福な時間だった。


「王都にはどういった用事で向かわれるのですか?」

「王国軍にいる知り合いからの頼みでな。詳しいことは分からんが、大規模な討伐作戦に参加することになるかもしれない」

「あら。それは大変ですね。

 ……でも……無事に、帰ってきてくれますよね?」

「ああ。もちろんだ。どれだけ時間がかかっても、おまえの元に帰るよ」


 にかっと、あの人は晴れ晴れと笑った。


 夫が旅立った一月後。

 王都が「肥大する厄災」に攻め入られたという報せが、わたしの住まう村にまで届いた。


 厄災討伐作戦の最中で戦死──


 夫のそんな訃報が飛んできたのは、そこから更に数日後のことだった。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 ……離れない。


 王都の共同墓地に建てられたあの人の墓前に赴いても。王国軍の関係者達から夫の最期について教えてもらっても。わたしは決して、その事実を受け入れられないでいた。


 ……あの人が発つ前に残していった笑顔が、離れない。


 どうしてあの人が死ななくてはならなかったのだろう。

 どうしてあの人がそんな役目を背負わなければならなかったのだろう。

 どうして、どうして、どうして、

 どうしてあの人は、わたしとの約束を守ってくれない──


 厄災による被害は甚大なものだった。戦死した英傑達やその親族のためにと、わざわざ教皇さまが村に慰問にいらっしゃったほどだ。


「教皇さま……。亡くなった夫との約束に縋るわたしは、愚かなのでしょうか……?」

「……いいえ。その嘆きは、貴方がご主人をそれだけ愛していたという証拠に他ならない。それだけご主人との約束は、貴方にとって何よりも大事な希望だったのでしょう……。そんな尊きものが、愚かなはずありません」


 夫に帰ってきて欲しいと泣きわめくわたしの嘆願に、教皇さまは真摯に向き合ってくださった。わたしやあの人よりも若い齢でいらしてそうなのに、なんてご立派なお方なのだろう。


「ですが……死者は、還りません。どれだけの奇跡を積もうと、その道理は決して覆らないのです。必然、ご主人との約束は貴方の希望であると同時に、貴方を苦しめる楔になっているのでしょう……。わたしはそれが、どうしようもなく居た堪れなくて悲しい……」


 教会に据えられた女神様の像に教皇さまは跪き、両手を組む。


「ですので、私は祈りましょう。我らの神は……女神様は、信じるものを決して無下にはしません。長い時間はかかりましょうが、貴方の想いが報われて、息子さんにも笑顔が戻る……。そのような巡りの訪れを、今はただ信じましょう……」


 信じる者は救われるはずだと、教皇さまはおっしゃられた。


 その数か月後。帝国の高名な魔道士さまが村に寄られた。様々な奇跡や女神様の恩恵を研究されているとの話だったので、お酒の勢いからつい、亡くなった夫との再会を毎晩のように夢に見るのだと、わたしは彼に打ち明けてしまった。


「おや。それは素晴らしいことですね」


 批判も同情もなく、魔道士はわたしの苦悩を肯定した。


「死者との再会……いいですね。夢に見るだけならとんでもなくハードルが低いくせに、実現させるとなるとどれだけ多くの恩恵を集めても、道理を逸した者達の輝きをもってしても、なにかに阻まれる至上の冒涜行為だ。言うは(やす)し、行うは(かた)しなんて言い回しがあるが、それの究極例と称しても見劣りはしないでしょう。

 ええ、ええ。それこそ万人が一度は抱く馴染み深い願いであるというだけで、誰も(まこと)の否定が出来ないのが実に禁忌感に拍車をかけていますよね。ですからもちろん、あなたの願いは何一つ間違っていません」


 わたしの主張を何一つ否定することなく、かといって感心することもなく。彼は穏やかに、淡々と、笑っていた。


「なのでご婦人。アナタは後ろめたくなることはありません。忘れられないのなら、覚えていてさしあげればいい。他の誰が信じなくとも、アナタだけは信じてさしあげればいい。たとえ魂だけになっても、ご主人はいつかアナタの望みを果たすために、アナタの元に帰ってくると……。そう信心深く日々を過ごせば、どんな結果であれ、そこには必ず意味が残ると思いますよ」


 未練があるなら存分に引き摺ればいいと、その魔道士は言った。


 それなら、わたしは──わたし、は──……



◇◇◇◇◇◇◇◇



 あの人が帰ってくるのをこの村で待つ。夫と交わしたそんな約束を、結局、わたしは捨て去れなかった。だってあの人の止まり木として、この村であの人の帰りを待つのがわたしの幸福だったのですもの。今更それ以外の生き方なんて、わたしには出来なかったのです。

 でも……それで、無理がたたってしまったのだろう。病におかされたわたしの体はボロボロで、もう満足に歩くことも、一人では体を起こすことも出来なくなっていた。


 まだ幼い息子のことは、仕事で長いこと世話になった教会の方々に託すことになっている。あの人に続き、こんなにも早く先立ってしまう母で、あの子には本当に申し訳ないと思うけれど……あの子は誰に似たのか、とてもしっかりした子に育ってくれたから。きっとわたしが居なくとも大丈夫だろうと、わたしは信じていた。


 だから死の淵で思うのは、やっぱりあの人のことで。

 彼のことを忘れたくなくて。会いたくて。報われたくて。ずっとあの人のことを思い続けてきたけど……ようやくわたしは、あの人の元にいけるのだろうか。

 死した命は女神様のもとに召されて、生前の行いを清算した後、この世界の大地に還っていくとされている。


 女神様の元で、あの人はわたしのことを待っていてくれているだろうか──


 咳がとまらない。呼吸が苦しい。自分でも心臓の鼓動が弱まっているのを強く実感する。もう、目もよく見えない…………



 こんこん がちゃっ



 …………ひとの……気配がする……。

 うっすらと重たい目蓋(まぶた)をあけると……愛しい、あの人の姿があった。

 夢か幻か、それとも亡霊なのか。どちらでも構わない。


「かぇっ……て……くれたの……?」


 嬉しい。目が熱くなってぽろぽろと涙が頬をつたい落ちた。


 にかっと彼が優しく笑う。

 いつもわたしの隣で見せてくれた、冬の凍える大地を温かく照らす、太陽みたいな笑顔。


 ……間違いない。あの人だ。

 わたしの最期に、あの人はちゃんと帰って来てくれたのだ。

 思わず破顔してしまう。当然だ。ずっと会いたくて仕方なかったあの人が、とても優しい表情で、わたしのことを見ていたのだから。


 ああ、ごめんなさい。あなたを出迎える用意をしていなくて。家、ずいぶんと散らかってて汚れていたでしょう?わたしもこんな情けない姿になっていて申し訳ない。でもそれを上回って、あなたに会えてうれしい……



「……ゆっくり……やす……で、ね……」



 少しでも冒険で疲れた体を休めて欲しいと願いながら、わたしは目蓋(まぶた)を閉じる。


 ああ──信じて、よかった。

 あなたに会いたいと、みっともなくも願い続けて、よかった。


 本当に、いろいろなことがありましたけど。

 あなたと一緒になれて──わたしは、幸福でした──



◇◇◇◇◇◇◇◇



「……。あれでよかったのだろうか……」

「いーんじゃない? 死ぬ間際に幸せだって笑えたなら、たぶんそれは一番いい終わり方だ」

「それはそうかもしれないが……残されたご子息の心境を思うとな」

「ふーん……。それもそうかあ」


 それもそうかあ、ではない。他人事みたいに口にしやがって……。心労を隠すように、俺は小さく息をついた。


 女性が臨終を迎えたという知らせを受けて、騒がしくなりはじめた家を後にし、宿屋で休むこと数刻。俺達が取っていた部屋に、一人の少年が訪れた。

 彼女のご子息だ。目元は腫れぼったくなっている。つい先ほどまで、泣きじゃくっていたのだろう。


「……母の最期にわざわざご足労いだたき、ありがとうございました……」


 そんなことを悟らせまいと気丈にふるまいながら、少年は俺達に頭を下げた。……まだ十にも満たない年だろうに、立派なものだ。父親……はありえないだろうから、きっと母親に似たのだろう。村人達の話を聞くところによると、元は生真面目で、働き者な女性だったという評判だったから。


「頭を上げてくれ。俺達は、そんな礼をされるようなことは一切していないんだ……。時に……君のことを聞いてもいいか?」

「……はい……」

「ご母堂……お母さんが亡くなられて。君は、これからどうするんだ?」

「……母の葬儀が終わり次第、この村の教会で世話になる予定です……。それで働ける年になったら、王都で職を探して、この村の教会の支援をしたいなと……」

「そうか……。それなら、もしも次に王都を訪れる機会があれば、ぜひ王国兵団の下に来るといい。兵団には君と同じような境遇の者が多いからな。君は剣の筋も悪くなさそうだし、きっといい兵士になれる」

「……はい。お気遣いいただき、ありがとうございます」


 少年が、なにか言いたげな眼差しで俺の隣を見る。

 肘で軽くつついてやると、奴は「んぇ? なに?」と気の抜けた声をあげた。


「少年。こいつに尋ねておきたいことや言っておきたいことがあるなら、今のうちだぞ」

「……でも……」

「遠慮することはない。君には、その権利があるんだ」


 少年はしばし押し黙るも、おそるおそるとその口を開いた。

 

「あの……。あなたは……」

「ガーラでいいぜ」

「……ガーラさんは……いわゆる、オレの腹違いの兄弟ってやつなんですよね?」

「うん。そうらしーよ」


 それは、あまりにもガーラらしすぎる、アッサリした返答だった。


 彼らの父親・ガリレオは、俺の昔からの友人だった。剣の腕が立ち、性格も大らかで気前が良く、困っている人を見捨てられない良き冒険者ではあったのだが……奴には二、三点ほど、人としての欠点があった。その一つが()()だ。

 世界中を旅する冒険者のサガか。英雄、色を好むというヤツか。あの馬鹿野郎はあちこちに子種をまいて、複数の家庭を作っていたのだ。元々そういう悪癖を持っていたことは知っていたが、その後始末をすると決めたガーラから詳しい実態を聞いた時は、あまりの奔放ぶりに頭が痛くなったものである。


 友人の縁を切ってやろうかとも本気で思ったが、しかしそんな奴はもはや故人の身……。なによりも、そんな奴の最期を看取り、役目を引き継いでしまったコイツを前にしては、色々な意味でそういうわけにもいかなかった。

 結果。奴が死んでからのこの三年は、父親の尻拭いにゆったりと励むガーラに可能な限りで付き添う日々を、俺は送っていた。


「君は、アイツ……お父さんの秘密に気づいていたのかい?」

「はい……。生きていたころから父さん、何度かオレや母さんの名前を呼び間違えてたから。いくら冒険者だからって、一年に一度しか帰ってこない上に手紙の一つもないのはおかしいって、村の皆も言っていたし……。

教会のシスターさんですら、どうせ他にも家庭があるんだろうって噂していましたよ」


 ……アイツの友人だった者として返す言葉がないが、それを実の子供の前で話す村人達も、あまり褒められたものではないな……。この少年は一体、どれだけの辛苦に耐えていたのだろう。想像するだけで胸が痛む。


「父さんの素性を一切疑わなかったのは、母さんぐらいです。あの人は本当に父さんのことを盲目的に愛して、信じていたから……」

「……なるほどな……」


 その結果があれかと、心の内で苦々しい思いを吐露する。

 ……母子二人が暮らしていた家の有様を思い出す。使われなくなって長い時間が経っていたキッチン。床に転がっていた大量の酒瓶。カビの生えたチーズやパンに、そこかしこしに積み上げられたゴミの山……。夫を失ってからの彼女は、これまでの賢妻良母っぷりが嘘のように、荒んだ生活を送っていたらしい。


 愛する夫を失ってしまったため……だとしても。幼い息子がすぐ傍に居る上でのあの醜態は、決して肯定出来るものではない。ほとほと、人とは何をきっかけにおかしくなってしまうのか分からないものだ。病に倒れるまでは、毎日寝る間も惜しんで怪しい魔法の研究に明け暮れていたとも耳にしたし……きっと、よからぬ者に何かを吹き込まれたのだろう。いづれにせよ、居た堪れない話だ……。


「たぶん母さんは、父さんが死んだと聞いたあの日からずっと死に場所を……父さんの面影を探していたんだと思います。そうでないと生きていけないぐらい、母さんは父さんのことを愛していたから……。だから、父さんとよく似たガーラさんと最期に会えて、母さん、本当に幸せだったと思います」

「……そっか。まー、俺って親父にそっくりだって評判だしなー」

「ええ、本当に。……父さんの真実は何も知らないまま、父さんと再会できたと信じて、眠れたんです。ここまでの幸せな巡り合わせも、そうはないでしょう。だから……」


 少年が頭を深く下げる。その身を、ぷるぷると震わせながら。


「だから……ありがとう、ございました。母の最期に、いい夢を、見せてくださって。お二人が、……ガーラさんが、いらっしゃらなかったら。母さんは、穏やかに、眠れなかったと、思うから。だから……っ、本当にっ、ありがとうございました……っ!」


 ぽたぽたと、地面に雫が落ちる。

 ……願わくば。

 この健やかな少年の今後に、少しでも良き幸福があると信じたい。



◇◇◇◇◇◇◇◇



「ってか、セオドールのおっさんは毎度毎度いいの? 貴重な休日を俺との旅に使っちゃってさ」


 少年が去った後。ガーラが俺に尋ねてきた。


「構わんさ。第一、まだまだ年若いお前ひとりを放っておくのも忍びないしな……」

「へー。よくやるね」

「当然だろ。アイツにもお前にも、それぐらいの恩があるんだからな。……ガーラ。お前は何とも思わないだろうが、お前のしたことに救われている者は確かに居るんだ。何を忘れても、それだけは覚えておけ」

「んー……善処する」


 真面目に受け取っているのか否か。今のこいつの口調からは核心は伺えなかった。あの少年ではないが、本当にこいつは、どんどんとあの馬鹿に似ていってるな……。


 信じるものは救われるというのなら。

 それならどうか、過去の道標にしか邁進(まいしん)出来なくなったこの友人の忘れ形見にも、まともな救いがあって欲しいものだ──。

恋は盲目。

本人は幸せでも、身内や傍から見た人的にはとてもそうではないよね、という話。


この話から10年ぐらい経っているのがこちら(https://ncode.syosetu.com/n9153ip/18/)の連載です。

準レギュラーでガーラが出たり、サブキャラとしてセオドールも出たりしています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ