第2話:落ちてくる、キミのスカートに、落ちてゆく
《――プロローグ――》
大樹が立ち並ぶ、広大な森の中央。
そこに、不自然にも若木ひとつない、ひらけた空間があった。
――で。
その大樹が小粒に見えるほどの雲海にいる俺はというと。
「――なに!? 何がどうなってんの!? 何故にヒモナシバンジーーッ!?」
わたしは先ほど、誕生日ケーキのロウソクの火に息を吹きかけました。
すると、ヒモナシバンジーをしていました。
「――あいだは!? その二つの文の間はどこ行ったの!? 意味わかんないんだけど!?」
これはあなたのペンですか?
いいえ、それは先日助けた消しゴムです。
「――くらい意味がわかんないんだけど!? ちょっ、何がどうなってんの!? ねえ――――ッ!?」
⋯⋯と、滑出しから騒がしくて申し訳ないのだが、俺・タクトはパニックに陥っていた。
「ちっくしょーーーうッ! なんで俺がこんな目にィーーーッ!」
――混乱する脳裏に思い浮かぶのは、わずか数秒前のこと。
日本の、とある“うどん県”にある自宅にて。俺は幼なじみの三姉妹に16歳の誕生日を祝されていた。
「たっくん、今年も大好物のチーズケーキだよ!」
(最近、俺の中ではモンブランブームが来てんだけどなあ)
三姉妹の長女とそう会話を交わした(してない)のは記憶に新しいのだが。
「もしかして、あれか!? 俺の願いが叶っちゃったのか――?」
あのとき、轟々と燃える誕生日ケーキのロウソクの火にこめた、小さな願い。
幼なじみの三姉妹と、ことあるごとに語り合った、バカな妄想。
それがまさか。
「――叶うなんて⋯。 まじかよ」
(冷房つけっぱで来ちゃったよ⋯)
「――うああああああーーーッ! もうまじ、意味わかんないんですけどーーーーー!」
目尻に涙をためた俺が、パンクしかけた頭を抱えた、そのとき。
「――うるせえ! 落ち着けバカタクト!」
「――はうっ!――るの動く城ーーー!」
その女は、俺の後頭部に、容赦なく拳をすりこんだ。
「バカタクトが! 落ち着いて下を見てみろ!」
赤髪の次女――門松沙清水ちゃんである。
「――した?」
ヒリヒリ痛む頭をさすりながらも、次女の言いつけ通り地上へ視線を向けると。
(あれは⋯⋯⋯何だ? 白い建物、と白馬? て事は⋯)
馬車だ――ッ。
「大変だよさしみねえ! このままじゃ俺たちは万が一無事でも! あの馬車の弁償金を支払うことに――!」
なるよと、言いかけたのだが。
「――いい加減にしろバカタクト! なんの心配してんだおめーわ!」
激昂した次女に、ふたたび、ゲンコツをすりこまれる。
「――いったいなあ! 同じとこばっか殴んないでよ、バカになったらどうすんだよ!」
さすがにカチンときた俺が言うと。
「それ以上バカになったら⋯⋯か」
次女・さしみちゃんはフッ――と笑い。
男まさりに言うのだ。
「しかたねえなあ。 そんときは、うちがもらってやるよ」
そう男まさりに言うのだ。
「さしみねえ⋯」
「タクト⋯」
瞬間、甘酸っぱい空気が二人を包み込み。
「――気持ち悪いわ炙り鮮魚がーーーッ!」
「――気持ち悪いわバカタクトーーーッ!」
二人の声は重なった。それはもう、運命の赤い糸に結ばれた恋人同士のように。
――半額でも買わんわ!――バカタクトの手が届くほど、うちは安かないわ!
と、俺と次女の濃密な時間は続くのだが、
「――たっくん! ふざけてないでちゃんと見て!」
次女よりもさらに上空から聞こえた、艶のある声に、俺の口はピタリ動きを止める。
「ほら、あの馬車を囲む半透明のあれ! あれって結界じゃないかしらッ!?」
うっとりと恍惚した声音でそう叫ぶのは三姉妹の長女・門松愛花である。
「結界? そんなもん――」
見えないけど、と言いながらも、
よーーく目を凝らすと。
「ホントだ、あいかねえちゃん! 結界みたいなのが見えたよ!」
そこにはたしかに、半球型の結界らしきものが馬車を守るよう小さく展開されていた。
「あれ⋯? でも結局、馬車の中の人は助かっても俺たちは――」
「んっ。 たくにー。 問題ない」
無機質な声で俺の不安を遮るのは三女・雫。
末っ子にもかかわらず“長女・次女の中間どころに挟まれた位置”で落下の一途を辿る、冷静沈着・無口・聡明な三女である。
「んっ。 たくにー。 きく」
三女は言う。
「――魔法が存在する世界、イコール助かる、これ絶対。
――鼻頭に白いのつけて、小鳥に吠える、これ変態」
なれない長文を早口で捲し立てたうえに、語尾を強調する三女。
と、いまはそれよりも。
(白いの?)
小首をかしげた俺は、鼻頭に触れる。
べっとりした冷ややかな感触。
これは――
「――フ、フ、フンだ!? さっきの小鳥のフンカぁあああ――ッ!?」
――おそらく、前ページで俺が八つ当たりにチキン対決を挑んだ、あの小鳥のフンがついていたのである。
「き、きったねえ!」
俺はゴシゴシ袖でそれを拭い取ると三女に倍速で言う。
鳥のフンショックでしそこなったツッコミを、遅ればせながらも返すのだ。
「――ていうかシズク!?ここぞとばかりに喋んなやッ!
無口キャラはどこいった――!?
冷静沈着とか言っちゃった俺はどんな顔してこれから先の大冒険に興じればいいんだよーーッ!?」
ハンッと鼻を鳴らした三女は、たんたんと言った。
「んっ。 問題ない。 もともとお恥ずかしいお顔をしてらっしゃる」
◇
――あーだこーだとバカ四人が騒ぎ立てるさなかにも、ヒモナシバンジーは動きを止めないわけで。
そろそろ終着点。
純白の馬車との距離は、目と鼻の先となっていた。
「ど、ど、どうすんの!? これ!? まじでこのまま飛び込むの!?」
俺は落下地点である“馬車の純白の屋根のその上に張られた半透明の結界”(一言:結界)を見つめてわめくのだが、しかし返事がない。
(な、なんで急に黙るの!? う、上見たいけど、め、目が離せないよ)
沈黙を守る三姉妹と、馬車に視線を釘付けにされる俺。
しかしインパクトの瞬間まで、おそらくもう十八秒もないのである。
(くそ――ッ! 俺も男だ! 覚悟をキメてやる――!)
悪あがきにもならないが、それでもと。
「さ、三人とも! 俺をクッションにして、少しでも衝撃を緩和し、て⋯⋯⋯⋯?」
覚悟をキメた俺が地上から目をはなし、上を向いた、そのときだ。
それは破顔した三姉妹の――
「異世界よーーーーーッ! さしみちゃんが来たぞーーーーー!」
「結界に受け止められる日が来るなんて、もう、おねえちゃん泣きそうよもう最高ーーーーーー!」
「んっ。 たくにー。 ぐっどらっく」
瞬間、俺の口からはこんな言葉が漏れ出していた。
「この、ファンタジーオタクのバカ姉妹がぁあああああ――――!」
そのまま俺たち一行は結界へと、ドボン。
インパクトの瞬間、まぶたの裏に悲惨な未来を浮かべた俺には、
これ以上ない “至福の体験” が待っていた。
それは、お皿にプッチンされたばかりのプルプル感まんさいのプリンに飛び込むような――
「――あっふーーーんッ、やんわらかぁああああい!」
驚きのもち肌に吸い込まれるような――
「――もちもちぷるぷるぎんもぢいいいいいい――!」
やみつきになる、柔らかな感触と。
「⋯⋯ああ、見ず知らずの母なる大地よ。 ありがとう」
ゆったりと宙に投げ出された俺をやさしく受け止める、異世界大地のぬくもりだった。
刹那の空白のあと、堰を切ったように感情があふれだす。
――ははっ、あはは、
「異世界、すげえや。 俺たち、本当に無事だった」
サンサンと輝く太陽を見上げた俺は、爽快に笑うのだった。
さて、そのころ後方では――
「バカタクト! キメエ声だすな!」
人間離れした身体能力で、華麗に着地をキメた次女が、俺を盛大にののしり。
「んっ。 たくにー。 ちょっとお腹貸して」
結界から遅れて弾き出された三女が、俺のお腹にまたがるように着地して。
――ぶふうーーーーッ!
(あっ、屁が⋯)
「たっくーーーーん! ごめーーーーん!」
と、そう叫ぶ長女の靴底は、俺の視界で太陽と重なっていた。
(⋯⋯ふむ)
すべてを悟った俺は語る。
(⋯⋯まあさ、白いのが落ちてきてんなあとは思ったんだよ、俺もさ。
それがまさか、俺ん家の花柄スリッパを履いた幼なじみだとは思わないわけじゃん――?)
と、16歳になったばかりのタクト少年は、胸中でそう語るのだった。
「たっくんごめーーーーーん!」
(――ぶふうーーーーッ!)
構成はそのままに、書き方を変えての再投稿です。
よろしくおねがいします。




