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第1話: 長所欄、しこたま悩んで、自己嫌悪

 

 青い空、白い雲、そこに。


「――ぉ、お! おーーーーちぃーーーーーるるるるるるるるる――ッ」


 大きな声で叫ぶ、元気な男の子が、一人。

 

 彼は、つい数秒前まで、

 “幼なじみの美人三姉妹”に誕生日を祝されていた、とてもラッキーな男の子。


「――な、何の因果でこんなぁああああ!? ⋯⋯俺が何したって言うんだよおおお――ッ」


 ロウソクの火に(異世界に行けますよーに!)と願いを込め、異世界に来た、とってもピュアな男の子。


「――上等だこらァあああ――ッ! どっちがチキンかキメようじゃねえかあああ!」


 そんな、彼の名前は、タクト。 

 16歳になったばかりの、とッても優しい男の子。


「――バカタクト落ち着けっての! 小鳥にあたってないで、ほら、落ち着いて下をよーく見てみろ」



 つまり、俺だった――。



 


 ――今日は俺の16歳の誕生日である。

 ありがたいことに、今年も幼なじみの三姉妹が誕生日パーティーを開いてくれると言う。


 場所は、例年通りで、俺の部屋。

 この、ゲームやマンガで溢れかえった少し広めの部屋は、俺と三姉妹の、たまり場でもあるのだ。


 さて、本日の主役である俺は、三姉妹のパーティー支度が終わるまでの間、とくにやることもないわけで。


「――うおッ!だからなんでここで三振とれんの!?


 どんな根性してたら世界一を賭けた場面でこんな球が投げられるんだよ! まじすげえ!」


 と、少し前に話題になった“激アツスポーツ動画を”、椅子に腰掛け、コーラ片手に、テーブルに突っ伏してスマホで見ていた。


 するとうしろから――。


「まあタクトもギャグならしょっちゅう空振りしてっけどな」


「ん。 たくにー。 ギャグの三振王」


 片方はからかうように、もう片方は抑揚のない声で、言葉のハリをチクチク投げる二人の女と。


「さっちゃん、しーちゃんも!今日はたっくんのお誕生日なんだから、そんなこと言わないの!」


 二人を叱りつける女性の、(ひそ)やかな話し声が聞こえ、俺はテーブルから顔を上げた。


「誰がギャグの三振王だ――!」


 言って振り返った俺は、


「ていうか俺がしてんのは投手の話だし! ⋯いやまあこの人の場合は二刀流ではあるんだけどね! いやもう、ややこしいわ!」


 二人にクレームを入れた。


 それから、無機質な目で俺を見つめる、小柄な少女に目線を合わせると。


「いいかシズク、たくにーはボケキャラじゃない」


 はい、リピートアフターミーーたくにーは⋯⋯何度目かの教育をほどこすのであった。



 ――まったく、困った姉妹である。


 俺をたくにーと呼ぶこの少女は、三姉妹の三女、門松(かどまつ) (しずく)

 年齢は俺より二つ下。十四歳の、中学三年生だ。


 つやのある黒髪を、つむじあたりでお団子にまとめた、奥ゆかしい大和撫子系美少女であったりもする。


 ⋯⋯少なくとも、その容姿だけは。


「んっ。 たくにーはボケキャラじゃない、たくにーはボケキャラじゃない、たくにーは」


 俺の言いつけ通り、ひたむきに言葉を反復する三女。


 その、宿題の計算カードを繰り返す小学生のような姿には、流石の俺も、罪悪感を感じるのだ。


 が、そんな三女の手には、ヌンデンドースイッツがあった。

 遠目に見る、画面上の三女は、動物たちの森をスコップ片手に荒らしているのだ。


「うん、まあ」舐めてんなこの野郎、と。


 俺は、そっと三女に近づき、スイッツを取り上げる――。


「よし、わかったな?」


 テーブルへと、きびすを返しながら、チラリ横目で三女にたずねる。


「シズク、たくにーは?」


 三女は無表情のまま立ち上がると――。


「んっ。 ボケ」――「たくにーはボケ。 というかただのボケ」


 そのまま、俺の背中目掛けて、ドロップキックをお見舞いする――。


 吹き飛んだ俺が、テーブルにぶち当たると。


「冷た――⋯俺のコーラが――ッ!」


「んっ。 たくにー。 スイッツを守ったのは褒める」

 

 直角に持ち上げた俺の手から、それ(・・)を奪いとった三女は、堂々とソファーへともどる。


 ⋯⋯とまあ、こんな具合の三女なのである。



             *



「あーもお! シズクも、遊んでないでちょっとは手伝えよ」


 ぶちまけたコーラにより、黒海とかした床を前にして――。


 ぞうきんを手にもち、三女を叱りつけるのは、赤い髪を肩あたりで揺らす活発系の美女。


「ていうかタクトも!」


 ――美女の矛先は俺にも向くらしい。


「まったく! コーラ開けたらキャップ閉めろっていつも言ってるだろ!? あーもう、服も脱ぎっぱなしだし⋯⋯クサッ!この靴下、クサッ! 納豆のにおいがするぞ!」


 ぬれて、むれた靴下を前に、鼻をつまむ美女。


 俺は胸中で――。


(オカンか――お前は俺のオカンか。 しかも新品の俺の割り箸で、俺の靴下つまむのはやめてよオカンが走るよ。 ああ違うわ、悪寒(オカン)が走るよ) と。

 

 ギャグの三振をキメたところで、現実に戻る。


 ――この、母親(オカン)顔負けに口うるさい赤髪の美女は、三姉妹の次女。


 門松(かどまつ) 沙清水(さしみ)ちゃんだ。


 真っ白なTシャツにオーバーオールという牧場スタイルで、健康的な炙り小麦肌が特徴的な、三姉妹の次女・さしみちゃんである。


 年齢は俺より一つ上、17歳のぴちぴち新鮮JKだ。


 普段から、それはもう元気の良い次女ではあるのだが、今日はいつにも増して攻撃的なのが俺は少し気になった。


 なので、


「ねえねえ、もしかして――?」


 俺は率直に疑問を口にすることに。


「さしみねえ、それってぜんぶ照れ隠し?」


「な、何がだよ!?」


 見るからに動揺した次女は、フローリング(コーラ)床にぞうきんをポトリ、手からすべり落とし。

 

「いやあさ?」


 飛び散る黒いしぶきに、

(醤油皿で鮮魚が跳ねてるみたいだ)と俺は思いながらも、


「悪態をつくわりには、せっせと用意してくれてるなあって」


 ニマニマ、意地の悪い顔で言うと――。


「――う、う、うるせえ! そうだよ! わりーかよぉッ!」


 次女・さしみちゃんは、

 つい先ほどその手で、プラコップや紙皿を並べたテーブルを支えにして立ち上がると。


「普段、家事とかしないから、気恥ずかしいんだよバカタクトーーーーーッ!」


 そう言って、コーラで黒く染まったぞうきんを、テーブルの上でぎゅっとにぎりしめるのであった。



             *



 ――雑談に花を咲かすのも束の間、パーティーの準備は整ったようで。


「よーーーし! お料理も運び終わったし、あとはケーキだね!」


 やっと最後の一人!

 いやいや、三姉妹の長女が、こぼれんばかりの笑顔で言うのだ。


「今年もね、たっくんの大好きな、チーズケーキだよっ!」


「――う、うん! ありがとう、あいかねえちゃん!」


 じつのところ、数年前から俺の中ではモンブランブームが来ているのだが。それはさておき。


 俺が、あいかねえちゃんと呼ぶこの美女は、18歳の現役女子大生・門松(かどまつ) 愛花(あいか)である。


 その見目を一言であらわすならば、妖艶。

 タイトなホワイトミニスカートに、ボディラインが鮮明に浮き出るノースリーブニット。


 スラリとくびれた腰には、透き通るような水色の毛先が浮く。


 それでいて、下品さをまるで感じさせない楚々(そそ)とした美しさの持ち主であるのが、三姉妹の長女、あいかねえちゃんだ。


 と、ここで、俺はゆっくりと息を吐く。

 ⋯⋯ふう、やっと終わった、と。


 順々に、三姉妹に視線を向け終えた俺が、椅子に腰掛けたまま背伸びをした、その時だ――。


「たっくん?」


 きょとんっと小首を傾げた長女は俺に問う。


「そんな、褒めどころが少ない姉たちの長所欄をやっとのことで書き終わった末弟(まってい)みたいな、悲壮感あふれる遠い目してどうしたの――?」

  


             ◇

 


 ギャグマンガ、ファンタジー小説、ヌンデンドースイッツ。


 娯楽にまみれた、そのわり(・・)と広めな部屋からは、一切の光が消え去っていた。


 チーズケーキに立てられた、十六本のロウソクが灯す、小さな火。

 それだけが、この部屋に、明かりを生み出していたのだ。


 ボンヤリとした視界のなか、三姉妹もそれぞれ、向き合うようにして席に着く。

 俺の正面には、にこにこと微笑む長女がいて、

 左には表情そのままにロウソクを見つめる三女・シズク。


 その対面には、いたずらっ子のような笑みを浮かべた、赤髪の次女がいた。

 


 轟々と燃える、16個の灯りに照らされた、三姉妹の祝福を告げる顔。

 こうなると俺も、恥ずかしいなんて、言っていられないのである。



「――⋯いややっぱ恥ずいわ!」


 ローソクを見つめたまま、俺は言った。


「やっぱりみんなで吹かない?」


「いいからはやく吹けって――!」


「主役なんだから、思いっきり吹いちゃえって!」


 ――意趣いしゅ返しだ、とばかりに意地の悪い笑みをうかべた次女の言葉を、二人の姉妹がノリノリで継ぐ。


「そうだよ、たっくん、ピューと吹いちゃって! お願いごとも忘れちゃダメだよっ!」


「んっ。 しずくたちは。 歌う」

 

 口々にそう言った三姉妹は、誕生日会の定番であるあの歌を、手拍子と共に歌い始める。


 ハッピィ バースデー、と。


「まじかよ――」

 

 流石に、この歳でこの空気感は照れもするのだが。

 

 はあ。短い息をひとつ吐く。


「三人とも――」真っ直ぐ、ケーキを見つめて、


「本当に、今日はありがとね」

 

 三姉妹に向け、俺はポツリとつぶやくのであった。



 ――さて、そろそろバースデーソングも終盤である。


 ロウソクの火を、ボーと見つめていた俺は、大きく息を吸い込んだ。


 すると。


「んっ。 やっぱりしずく(・・・)も。 ふく」


 トゥーユー直前。いや、終盤間近にもかかわらず、歌うのをやめた三女の宣言を皮切りにして。


「トゥーユー ⋯⋯えっ!?それならうちも吹く!」

「たっくんおめでとう! おねえちゃんも吹いちゃう――!」


 次女と長女も、ノリノリで参加を表明。

 言いながらも、二人の手は俺に向け、祝福の音をパチパチと送り続けていた。


 息を吹き出す寸前だった俺はむせ、ゴホゴホ。

 それから、三姉妹の楽し気な顔を見て、もう一度息を吸い込むと。


 願いごと。


 三姉妹(こいつら)と、毎日のように語り合ってきた、バカな妄想(ねがい)がひとつだけあった。


「――せーーーの!」


 それを、心の中に、浮かべながら。


 俺と三姉妹は、ローソクの火に、息を吹きかけた。


三姉妹と(みんなで)⋯⋯――異世界に行けますよーに!――)



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