試験
あれから美味しい食事と、飲みやすく口当たりのいい日本酒を飲み大城と話を続けた。リベルタがどんな組織なのかとか、どんな人がいるのかとか、これからの話だ。
警察としての仕事とはわかっているが、折角ならやりがいを見つけて調査をするのがいいだろうしな。
次はどんな仕事があるのか聞いてみようかと思った時だ。
トントンと控えめなノックの音。
「どうぞ」
「失礼致します。食器を下げに参りました」
「あぁ頼んだ」
「お願いします」
一度頭を下げた女性はテキパキと食器を纏めていく。
「なぁ、一個聞いてもいいか」
「如何されましたか?」
大城が女性に声をかける。女性は手を止めて姿勢を正し、向き合った。
「見ない顔だが、バイトか?」
「はい。数日前に」
「そうかそうか。ここの女将はオレ相手にはベテラン以外着けねェ筈なんだが、どういうことだ?」
冷ややかな声。一瞬でほんのり感じていた酔いは冷めた。この女性は──
俺が動こうと足に力を入れた時。ニィ……と口を歪めた女性は和服の袖から一瞬でナイフを取り出し、素早い身のこなしで近かった俺に向かって突き出した。
「くっ!」
反射的に半身で避け、手に持っていた酒入りのお猪口を女性の顔に投げつける。女性は僅かに動きを遅めながらお猪口を避け、一度身を引いた。
武器を取り出すか?いや、この狭い場所で振るうのは店を壊すどころか、思うように動けなさそうだ。しかも相手は小回りも効くナイフ一本。ならば。
俺は目の前の箸を手に取り後ろに飛び退きながら立ち上がる姿勢になる。
女性が動かないのを確認し、少し猶予があるように感じた。
「どうした。来ないのか」
「来て欲しいのですか?」
「いや来ないなら俺から行くだけだ」
僅かな会話の隙に、足への部分強化を施し床を蹴り出す。刺す様に持たれた箸に向こうは驚くどころかナイフを確実に俺の喉元に突き出す。
「っ!?」
そして、女性に辿り着く寸前。持っていた箸を上に思いっきり投げて目線を誘導する。一瞬それでいい。
俺は体勢を素早く下げ、腰辺りにタックルを決めた。
「うぐっ!」
その勢いのまま鈍い音を立てて壁に女性を打ち付ける。相手を完全に制圧するまで容赦はするな。油断するな。確実に抑えろ。そう教わった。
すぐさまナイフを持っている手首を掴み、捻りあげ頭を掴みグッ!と下ろし足払いを掛ける。
「くっ!」
うつ伏せに倒れた女性のもう片方の腕を掴み後ろ手に纏める。
「大人しくしろ」
「舐めるな!」
それでも女性は抵抗し、声を荒らげると同時に身を捻り俺に蹴りを繰り出す。片腕でそれを受け止めた隙に拘束が緩み、俺の腕を払いのけようとした。が、
「諦めるんだ」
「なっ!?」
女性の腕には既に岩で作られた枷のようなものが掛けられていた。
俺は魔戦士だが、悲しいことに魔法は得意ではない。ほぼ戦士と言っても過言じゃないぐらいだ。だからこんな突貫な魔法は身体強化を使うか、大人の男性なら簡単に破壊できるだろう。ハッタリの様なものだし。
それでも一瞬でも気がそれれば俺のもの。最後に女性を完全に拘束して終わりだ!
「観念してもらおうか!」
「そこまでだ」
俺が声を上げると、こちらを見ていた大城が手を一度叩いた。思わずそっちを見れば至極面白そうにくっくっ。と笑い立ち上がる。
「離してやれ夏坂」
「えっ!でもそれは、」
「そいつオレの部下」
「はい!?」
慌てて後ろに退き、魔法を解除すれば、女性は着物を叩きながらゆるりと立ち上がった。
「まぁ、いいでしょう」
「お前油断しすぎじゃねェの?」
「手を抜けと言ったのは隊長ではありませんか?」
「あ、あの大城さん」
俺が動揺しながら声をかけると二人がこちらを振り返る。そして笑いながら俺の背中をバンバンと叩いた。
「すまんすまん!ちっとばかし試させてもらった」
「突然暴れだしてごめんなさい。私達は君がどれぐらい動けるかを知りたかったんです」
「そ、そうだったんですか」
まぁ、マフィアともなれば荒事は必然的に着いて回る。もしかしたら俺の配属先とかを決めるためだったのかもしれない。上手くやれてればいいが……。
「それで、私はどうでしたか?」
「あ?んなもん合格以外に必要か?」
「い、いえ!ありがとうございます!」
よしよし!これで、本当に第一関門は突破したと言っても過言じゃない!
「所属先はこの後こっちで決める。まぁ、この感じだと三択だろうけどな」
「三択ですか?」
「おう。俺が率いる組織抗争と魔獣戦闘が主な仕事の『戦闘部』。外部からの侵攻やサイバー攻撃。ファミリーに仇なす者を叩く『防衛部』。……オレ達とは定期的に手を組むがな。そして潜入し情報を抜き取ることを主体としている万年人手不足な『諜報部』だな」
「諜報部?」
「そうだ。どの部門も人手は足りねェけど、もっとも人手不足なのが諜報部。二、三人ほど潜入外の仕事をしているが、基本は潜入も荒事もこなすので適材が見つからねェ」
なるほど、諜報部。言葉通りならファミリー内外の情報が多く集まりそうだ。それに、諜報部の人達と仲良くなれれば情報を聞き出せるかもしれない。
「希望がありゃあ言っておくぜ?」
「……そうですね。私としてはファミリーのお役に立てればどこでも構いませんが、敵組織を真っ先に叩くための材料、そして内情を知ることが出来る諜報部には興味があります」
「ほう?死亡率もダントツだぞ?他の部門もそうだが、敵さんにバレて捕まったら自害しねェといけねェ」
「構いません。この世界に自ら飛び込んだのです。死ぬ気はありませんが、覚悟は決まってます」
もとより、警察になった時からずっと俺は死と隣り合わせだ。今更怖がる理由は無い。
「そうか、わかった。オレとしちゃあうちに来てもらいたかったが、希望するなら諜報部の幹部に話しは通しておくぜ」
「ありがとうございます」
「ま、ほぼ間違いなく所属できるだろうよ。じゃあこれで今日は終わりだ」
「はい、ありがとうございました」
大城と部下の女性は伝票を持って個室を後にした。俺は一度大きな息を吐いて座り込んだ。流石に緊張した……まさか試験的なものはあるとは思っていたが、ここで試されるとは思って無かったし、こんな狭い室内で戦闘になるとは思って無かった。
でも、達成感はあった。手を抜かれていた事に気づかなかったのは反省点だが。
そもそも、大城が動く気配が無かった時点で気づくべきだったんだ。
「気を引き締めないとな」
そう心に誓い、立ち上がり荷物を手に取って部屋を出ようとしてふと思った。
この惨状どうするんだ。
………いや、俺が気にしても仕方ないか。多分修理費は本城さんが経費で出すんだろう。きっと。恐らく。
俺は何も考えない振りこそしたが、ほとんど俺のせいで部屋が荒れた事に気づき罪悪感に耐えられなった結果。店を出る時に店員さんに謝った。
いつもの事らしい。いいのかそれで。
夏坂こと、白里視点一旦終了です!
深夜頃に続き投稿出来たらなぁとおもってます。