初対面
「ここだよな」
数日後、俺は市内にある高級和食店に来ていた。面接という程では無いが、何故リベルタに入りたいと思ったのかや、人となりを見たいとの事だ。
引き戸を開けると軽やかな鈴の音が響く。入店音代わりか?とか思っていたら身なりの整った和服の女性がニコリと微笑み静かに口を開いた。
「いらっしゃいませお客様。ご予約はされていますでしょうか?」
黒髪を一つにまとめた若草色の瞳を持つ若い女性。上品な雰囲気で落ち着きのある人みたいだな。
「いえ、待ち合わせで来ました」
「左様でしたか。では、お客様のお名前をお伺いします」
「はい。夏坂大雅です」
"夏坂大雅"。それは今回潜入するための偽りの身分。経歴や人間関係まで完璧に覚えた新しい俺だ。
女性は俺の名前を聞くと微笑みながら恭しく頭を下げた。
「夏坂様お待ちしておりました。ご案内致します」
そう言われ、女性の後ろを歩きながらふと思った。女性の体運び、動きに無駄が無いような気がした。結構鍛えられている人なんだろうか?まぁ、このご時世と言うか、どこに居ても魔獣と出くわす危険が少ないとはいえあるんだからそんなものか。
そんなことを考えている内にいつの間にか個室に着いていたようで、流れるような動きで正座をし、控えめに戸を叩いた。
「どうぞ」
中から聞こえるのは中年ぐらいの男の太く低い声。俺の上司になる相手。
ふぅ。と小さく息を吐いて肩の力を抜く。女性が戸を引いて中の様子が少し見えた。座敷机の上には程よい量の刺身や天ぷらや肉料理などお酒のおつまみになりそうな物が並んでいた。
こんな状況じゃなければ美味しそうに見えるだろうが、まるで最後の晩餐の様な気がした。
「失礼いたします。夏坂様がお見えになりました」
「そうか、入ってくれ」
ちらりと目線を俺に投げる女性。どうぞ。と言うことだろう。
「失礼いたします」
中に入れば、明るい茶髪に無精髭を生やした大柄の男が膝を立てて座り、焼酎を煽っていた。
「よォ、お前が新人だな?」
隙がない。今俺が飛びかかって殺そうとしても直ぐに制圧される未来しか見えない。
「はい」
だが、ここで圧に引く訳にはいかないし、少しでも怖気付いていると思われてはいけない。
「オレは大城正俊。リベルタの幹部だ。」
「夏坂大雅と申します。よろしくお願いいたします!」
「ハッ、畏まる必要はねェよ。前座れ。オレとサシで話をするだけだ」
机を挟んで本城と対面に座る。好戦的な目が僅かに細められ笑った。
「さて、俺が聞きたいことは一つだ。何でリベルタに、マフィアになろうと思った?」
来た。想定通りの質問だ。
「一般人を守るため、自分の理想を叶えるためです」
「ほう?」
「私は昔暴力団の抗争に巻き込まれました。何人も命を落とした事件です。優しかった両親は私を庇い命を落としました」
真剣に、見定めるような視線が絡む。これはあくまで設定。事件こそ国組対が実際に鎮圧した事件だったが、犠牲になった。という両親は今もピンピンして今日も日本の為に警察署で働いているだろう。
「私は非道な組織の身勝手に、何の罪もない市民が巻き込まれないように命を守りたいのです。そして、非道な組織が壊滅すること。それが私の理想です」
「なるほど。だが、そりゃあ警察の方が向いてんじゃねェのか?オレ達はマフィア。お前の言う非道な組織だが?」
「承知してます。私とて最初は警察官を目指しました。しかし、警察では間に合わない。強盗や人質ならともかく、組織絡みになれば直ぐには動けません。段階を踏む必要がありますから。けれどマフィアならばそうでは無い……でしょう?」
嘘の付き方は幾つかある。だが一番簡単な方法は真実を織り交ぜること。目を泳がせないこと。
「その通りだ。オレはお前みたいなヤツ嫌いじゃねェよ。若いうちは大層な理想掲げて突き進む。共にその道目指してみてみようじゃねェか」
「ありがとうございます!」
よし!認められた!これで、第一関門は突破したとみてもいいだろう。
「堅苦しい話は終いだ。酒は飲めるか?」
「はい。強い方だと自負しております」
「いいねェ。お猪口はもう用意してある」
コトコトと注がれる酒は有名なブランドの日本酒で飲んだこともある種類だ。あれぐらいなら酔わない自信がある。
「さて、お前さんのリベルタへの歓迎を祝して、だ。」
持ち上げられたお猪口を見て俺も同じ高さまで持ち上げる。
「「乾杯」」
チン……ッと軽い音が鳴った。