リベルタへ
店内に香るタバコ。ご婦人の談笑。お昼のピークを過ぎたカフェ。ここが、指定された待ち合わせ場所だった。
無事に諜報部に所属できると連絡が来た時は思わずガッツポーズを決めた。予定通りに上手く進むことは誰だって気分が良くなる。
待ち合わせ時間の三十分前に店内に入りホットコーヒーを一つ注文し、待ち合わせ時間まで時間を潰していた。
「美味いな……」
コーヒーに詳しい訳では無いが、入れ方にこだわりがあるのだろうか?また飲みたいと思わせてくれる味だ。
それに、店内の雰囲気もいい。広いわけでは無いが、テーブルの配置がいいのだろう。おかげで窮屈さを感じることはなく、まるで大正時代を思わせるような落ち着いたレトロな店内。うん。他のメニューも気になるしまた来よう。
──カランコロン。
来客を知らせるベルが鳴る。
「いらっしゃいませ。お久しぶりですね。一人で?」
「お久しぶりです。風山さん。今日は待ち合わせです」
「あぁなるほど。ではごゆっくりどうぞ」
来たかもしれない。この店をわざわざ指定するぐらいだから相手は常連なのだろうと思っていたし、待ち合わせと言っていた。恐らくこの人がリベルタの構成員。
「……こんにちは。夏坂さんですか?」
「はい。初めまして、夏坂大雅と申します」
「初めまして。僕は東雲ルドラと言います。お会いできて何よりです」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
「えぇ。失礼しますね」
そう言って俺の前の席に座った男は褐色の肌に深い赤色の髪をしていた。灰色と言うには薄く、白と言うには色のある瞳。そして、その容姿は日本人離れしていて、名前の通りに受け取るならハーフなんだろう。そして何より目を引かれたのは、肩に乗っている一匹のアルビノのトカゲ。しかもじっとこちらを見てくる。
東雲さんが紅茶を注文し終わってから声をかけた。
「失礼ですが、そちらのトカゲは?」
「あぁ、彼女はリシュ。私のパートナー聖獣ですよ」
「聖獣?という事は、聖騎士なのですか?」
「えぇ」
聖獣はプライドが高く高潔な事がほとんどだ。善人や心の優しい人、強者など聖獣の性質や性格によって条件は異なるだろうが認められ、聖獣からの許可を得て契約を結んだ人が"聖騎士"と呼ばれる。
だから驚いた。まさかマフィアに聖騎士がいるとは思っていなかったからだ。実は物凄く強くて力を認めさせたのだろうか?
「東雲さんは凄いですね」
「いえ、そんなことは。と言うとリシュに失礼になりますね」
ちょいちょいと喉元を擽るように指を動かしトカゲ(リシュ)も心地よさそうに目を瞑る。
本当に仲がいいんだな。
「緊張していますか?」
「えっ、はは。そうですね。お恥ずかしながら」
「全然大丈夫ですよ。緊張しない方が難しいですから」
「お待たせしました。ミルクティーです」
「ありがとうございます」
東雲さんがお礼を言うと、女性店員はニコリと笑い失礼します。と去っていった。
「さて、もう少し時間がありますので、なんて事ない雑談でもしましょうか」
「はい」
話している感じはとても柔らかく、優しそうに思える。しかし間違いなく背筋に感じる冷たい感覚。それは、この人の隙のなさと探られるような目線のせいだろう。圧すらも感じる気がする。
東雲さんがどう言った立場の人かも、どの部署に所属しているかも分からない。ただ、連絡で来た内容は"案内人"を送る。だったからだ。
「もう4月なのにまだ肌寒いですよね」
「そうですね。思わずホットコーヒーを注文してしまいましたから」
「僕も同じですよ。ホットのミルクティーですから」
「ミルクティーお好きなんですか?」
「ミルクティーもですが、お茶が好きなんです。それにここの紅茶は格別なんですよ。紅茶好きな店員がいまして、資格も持っているとか。彼監修の元作られていますからまずハズレがないんです」
「では、次来た時は紅茶も頼んでみます」
まだ数分しか経っていないが、今の所楽しそうに話している印象だ。……何だ?何か目的があるようには思えない。本当にどうでもよさげな雑談だが、これに何の意味が?
そう思っていても決して表情には出さずに笑みを浮かべ話を聞く。
「是非そうして見てください。同僚達もここにはよく来るみたいなので、もしかしたら会いにくい人にも会えるかもしれません」
同僚?同じ部門の構成員の事か?それともリベルタ全体を指しているのか?どちらにしても会えるに越したことは無い。実際ここは気に入りそうだし時間を作って通わせてもらおう。
「そうなんですね、私もここの雰囲気や他のメニューが気になりますし、また来ようと思います」
「えぇ是非」
少し冷めたコーヒーを飲み干したのを見て東雲さんが立ち上がる。いつの間にかミルクティーのカップは空になっていた。
「さて、そろそろ行きましょうか」
「はい」
伝票を持ってレジへと向かう。しかし、東雲さんにパッと伝票を取られてしまいクスリと笑うとそのまま会計されてしまった。
「あ、あのお金は」
「大丈夫ですよ」
「しかし」
「では、入社祝いと言うことにしておきましょうか」
これ以上は逆に失礼だな。
「では、お言葉に甘えて。ありがとうございます」
「いいえ。では着いてきてくださいね」
東雲さんに続いて街中を歩いている最中、俺と同じく新人がいる話やこの街の事を教えてくれた。
近くにある駅とは反対の方向に歩いていく。商店街を抜け、その先にはビルが建っていた。
その入り口には白金色の長い髪に瑠璃色の目が綺麗な女性と茶髪で黄色の目をしたメガネの男性が立っていた。
「おや、こんにちは小堂君。玲君はどこに?」
「お疲れ様ですルドラさん。羽月さんは用事が入ってしまったらしくて、たまたま近くにいた俺に水瀬さん託して行っちゃいました」
「そうでしたか。後は僕が案内しますので大丈夫ですよ」
「わかりました。では俺もやることあるんで失礼しますね」
「えぇ、ありがとうございました」
そう言って小堂と呼ばれた青年は足早に建物の中に入っていった。
「さて、君は水瀬杞紗さんで間違いありませんか?」
「はい、初めまして。水瀬杞紗です」
口を開いた女性は凛とした声色で真面目でしっかり者……いや表情をほとんど変えないところを見るとクールとも言えるかもしれない。
そして、どこか不思議な雰囲気を感じた。会った事ないはずなのに知っているような……。
「初めまして。東雲ルドラです。こちらが……夏坂さん?」
「!は、初めまして。夏坂大雅です。よろしくお願いします」
東雲さんに声をかけられて思考の海からハッとして抜け出す。いけない、気を抜かずにしっかりとしなければ。
「敬語なんていらないわ。私も新人だから」
「そうなんですか?」
「そうよ」
「一応あともう一人いるはずですよ」
「そうだったんですね」
俺と水瀬さんともう一人の三人が新人なのか。人員不足とは聞いていたが結構新人を迎えているみたいだな。……それは、つまりそれだけ死亡率が高いという事か。
「えぇ、三人も一度に入るなんて珍しいんですよ」
前言撤回。適性が無いと入れないと聞いていたから単純に条件に合う人がいなかったんだな。それでも死亡率は高いとは聞いたから油断出来ない。
「では、行きましょうか」
開かれた扉の先は西洋の豪華な内装が拡がっていた。それこそイタリアのインテリアやバロック様式が使われているんだろうな。思わずタイムスリップしたような感覚になる。外からそういう雰囲気はほとんど感じないのに中がこうなっているのはこだわりがあるんだろう。
「素敵な内装ですね」
「えぇ、初代の時代からこんな感じらしいです」
「そうなんですね」
リベルタファミリーは確か、約150年前の明治の頃に設立されたが、設立理由は警察には記録されていない。それもそのうち聞いてみるか。
「お二人ともはぐれないでくださいね」
「はい」
「わかりました」
東雲さんに着いていき、奥にあるエレベーターに入ると七階を押してどんどん上昇していく。普段七階ぐらいならなんとも思わないが長く感じる。チラリと水瀬さんの方を見ると、なんとも思っていないのかただ正面を向いてじっと待っている。
やがてポンと音がなり、扉が開く。廊下も変わらず高そうなインテリアでまとめられており、今の俺の給料じゃ手が出せなさそうなものもある。
「着きましたよ」
ここが、諜報部の部屋か。見た目は他の部屋の扉と変わらないし、何か部署名が書いてある訳でもない。全部を同じように見せることで侵入してきた敵を惑わす為のものなのかもしれない。しっかりと場所を覚えなければ間違えてしまいそうだ。
トントン。と、東雲さんがノックする。すると中から
「どうぞ」
と男性の声が掛かった。
「戻りました」
扉を開きこちらを振り返る。
「さぁ、どうぞお入りください」
小さく深呼吸をした。ここからが本番だ。俺の、リベルタ構成員夏坂大雅としてのスタートだ。
書き溜めた文が前回で無くなり、そわそわしながら書いている紫雲です。
少しづつアクセス数が増えたり減ったりを繰り返していますが、お一人でも楽しみにしてくださる人がいるなら書き続ける思いです!
どうぞ、よろしくお願いします!




