君の死だけは、認めない!
とても久しぶりに一次創作を投稿します。
楽しんでいただければ幸いです。
それは多分、人生で初めての「喪失」というやつだった。
「どうしてだ。お前のこと、信じてたのに。」
「その、期待に、沿えないのは、少し、残念、かも、なア…。」
見慣れた画面の向こうで繰り広げられるシナリオへの衝撃は、何年経ったって癒えやしなかった。目がチカチカとする紅に染まっていくグラフィック、消え去った自キャラの名前。スクリーン一枚隔てただけに見える電子の世界には、どうやっても手は届かない。当時の悔しさだとか喪失感だとかは、自分が言葉にするには、些か複雑すぎていた。
これが、私とRPGゲーム【ハイドラクエスト】との思い出である。ストーリーとしてはありきたりな物語だ。勇者の少年が様々な国を回って仲間を集め、最後には黒幕を倒すという大筋。その中で、過去の勇者、賢者、魔法使いの血族がもつ素晴らしい才能(これはステータスに反映されている)についての謎だったり、この世界での差別の話だったり、仲間との友好度によって変わる小ネタだったり、世界を救うために仲間を見殺しにしなければならなくなったりと、当時にしては内容が重厚なゲームだった。それはもう、胃もたれしてしまうくらいに!
重いテーマ、暗いシナリオ、そして当時には珍しいパーティ内での好感度システムを売りとする本作は、発売から数年経っても社内の稼ぎ頭だった。初プレイ当時小学生だった私は、友人に言われるがままにプレイし、まんまと友人の推しの救済を達成したのである。
自分の推しという大きな犠牲をもってして。
それからは、まあ、言うのも野暮というものだ。長時間に及ぶ周回プレイ、徹底的なフラグ管理。隣でメソメソと泣き続ける友人の背中を蹴り飛ばして、私の推しが生き残る…つまりは、友人の推しが永久離脱するルートを突き進んだ。だからといって、スッキリするようなことはなかったのだけれど。
自分の手で、自分の推しを屠った事実は消えない。何年経ったって、一生傷として残っている。結局成人するまでゲームのキャラクターに懸想するようなこと自体、避けてしまったのだったように思う。それだけ、自分にとってこの出来事は大きなことだったらしい。
閑話休題。
現実逃避の、ケーキのフィルムにくっついてしまったクリーム程度にしか価値のない話はここで終わりとする。とにかく今はこの状況をなんとかしなければならない。遙か彼方に見える地上に向かって、この木の上から着地する方法を考える必要があるのだ。
遡ること数時間前。木の上に猫が登っているのを発見した私は、突然の天啓を受けた。【木に登って、猫を助けなければならない。】と。先に言っておくが、私は別に普段からこんなにもアクティブなわけではない。なんなら深窓の令嬢というやつである。この小さな村の村長の一人娘。それはそれは丁寧に丁寧に、蝶よ花よ精霊よ、と育てられてきたのである。だというのに、ふとした思いつきで登ったこともないような高さの木によじ登ってしまった。そして登り切って下を見た瞬間に、先述のエピソードが脳内の映画館で上映された。
つまるところ、高所に対する恐怖によって前世の記憶を思い出してしまったわけだ。思い出すならもっと大きな怪我をしたときとか、悲劇的な衝撃を受けたときとかにしてほしい。思い出した記憶の内容的には、そんなに重要な場面と釣り合いやしないけれど。
全く他人の記憶が流れ込んできたというのに、気持ち悪いくらい冷静であった。なんというのだろうか。新しい本を読んだような、夜中に見た夢を思い出したような。とにかく現実味がない。それに尽きる。死んでしまった人間の取り留めもない記憶なんて、今は些事なのだ。今この場から飛び降りたらきっと大怪我をしてしまうし、かといって現在寒期に差し掛かったこの村でこのまま夜を明かすのも最善とは言えない。暖をとるには、この手の中にいる小さな毛玉をぎゅうと抱きしめるしかないのである。なんて心細い。
「おうち、かえりたいなあ。」
予想よりもか細い声が出て、余計に悲しくなってきた。慰めるように毛玉が鳴く。きゅうきゅうと抱き寄せれば、ぬくい体温がゆっくりと染み渡った。ぽろぽろと雫が落ちる。心細い、心細い、寂しい!
「…そこ、誰かいるのか?」
ばっと視線を巡らせると、足元に【前世でも現世でも】背を追い続けている青年の姿があった。
さて。ここで今世での自分について説明をしなければならない。名前は、【アンジュ】。姓はない。この世界では姓は大人になってから賜るものだ。誰からって?対外的には【神様】となっているけれど、まあ、教会の【エライヒト】とやらが決めているのだろう。この小さな村で村長の娘として生まれた、何の変哲もない幼子である。近くに住む子どもといえば、5つほど離れた憧れのお兄さんと、2つ下の彼の弟くらい。…そう、先ほどの【前世の自分】が画面の向こうで屠ってしまった青年こそ、ここで提示した、【5つ離れた幼馴染のお兄さん】なのである。
もちろん、原作ゲームに【アンジュ】というキャラクターはいないし、そもそも彼の住んでいる村は彼が旅に出るよりずっと前に聖別によって焼き払われたという設定だ。おそらくそこで私は死んでしまう設定だったのだろう。そもそも設定なんてものなかったのかもしれない。この世界を掌握しようとする黒幕が、優れた魔法の才能をもつ賢者の血筋ーー要するに彼とその弟のことだーーを葬り去るために落とした隕石によって、この村は滅んでしまう。それがきっかけとなって、彼らは冒険へと誘われるわけだが…とにかく、その聖別によって失われてしまう彼の愛した日常の一部分。それが私だ。記憶を取り戻してしまった手前、そう易々と彼の傷になるのはいただけない。かといって、今現在、とくにこれといってそれを避けるための術がないのが現実である。嗚呼なんて無力。
「アンジュ?…降りられなくなったのか。」
「そう、なの、助けてくれる?【リュカ】、にいさま。」
とってつけたような【にいさま】に特に疑問も抱かず、彼がゆるりと腕を広げた。飛び降りておいで、ということらしい。空風に吹かれて、彼の柔らかな髪が広がった。夜空とお揃いの深縹が揺れる。憧れの、6つ上のおにいさま。あの記憶を思い出す前から、少なからず想っていたおにいさま。抱き上げてくれる優しい腕が、頭を撫でる掌が、温かく自分を見つめるエメラルドの瞳が、私は好きだった。
彼に対する信頼だとか憧憬だとか、それらが本当に今の自分のものなのか、それとも過去の自分に植え付けられたものだったのかわからなくて、頭の中がぐちゃぐちゃになる。ふわりと頬を撫でる風は冷たい。はやく、誰かに抱きしめてほしくて。誰かに頭を撫でてほしくて。難しいことはわからないから、とにかくこの不安から逃げ出すために、勇気を振り絞って木から飛び降りた。
予想していた衝撃はなく、優しい体温が自分を包む。恐る恐る瞼を上げる。成果となっていた猫はしゅるりと腕の中から逃げていった。
「ほら、怪我しなかっただろ。」
「…うん。」
抱き止めた私を丁寧に地面に下ろす。ああ、久方ぶりの安定した足場。こんなにも愛おしいものだったなんて!二度と離れないからね。
「わざわざ猫のために登ったわけ。」
「そう。あまりに地面が遠いからびっくりしちゃったわ。」
「普段絶対そんなところまで行かないもんなア。どういう風の吹き回しだよ。」
人懐こい笑顔を向けられて、先程までの寂しさは吹き飛んだ。それを見て少し安心したのだろう。ゆるゆると髪を弄ばれる。そういえば、彼はゲームの中でも女の子には特別甘かったな。彼が【ああ】なるまでまだしばらくは時間があるだろうけれど、今この時、私というものがあったからあの彼ができているとしたら。それはそれで、とても光栄なことなように思う。
「天啓を受けたの。」
「てんけい。」
「猫を助けてあげなさいって。」
「そら随分と優しい神様だな。」
髪に触れていた掌は、そのままゆるく私の手を握った。にぎにぎ、と存在を確かめるかのように力を込める。
「おじさん、心配してたぞ。」
「お散歩のつもりだったの。きっと怒られちゃうわ。」
「…そうなったら、俺も一緒に謝ってやるよ。俺がもっと早く見つけるべきでしたって。」
「ふふ、リュカにいさまはかくれんぼの鬼の天才ですものね。」
「俺はなにしても天才なの。…それに、そうでなくたって、」
握ったり、緩めたり。そんな力が一瞬固まって、もう一度力強く握られる。
「お前は、俺の大事な妹分なんだから。大人しくリュカにいさまに見つけられとけ。」
「ふふ、なあに、それ。」
——
「ただいま帰りました。」
その声が聞こえるや否や、ものすごいき勢いで父が飛んできた。まるで放たれた弓のようである。直撃してしまえば怪我は免れないだろうが、リュカにいさまがひょいと私を抱き寄せたおかげで難を逃れることができた。気を落ち着けるために、ふう、と一息ついてから父に改めて向き合う。
「ご心配をおかけいたしました。」
「本当に本当に!心配したんだぞ!どこに出かけていたんだい。父様に教えておくれ。」
「なんか木の上にいる猫を助けようとしたんだってサ。降りられなくなっちまったらしくて、俺がお助けいたしました。」
「ああ、リュカくん!ありがとう!君は娘の恩人だ…!賢者様のご家族はやはり清らかな心をお持ちなのだね…!」
「…賢者、は、関係ないと思いますケド。見つかってよかったです。ユーゴも心配していたので。」
ユーゴ、というのはリュカにいさまの弟のことである。病弱なユーゴは、あまり表には出てこない。私と同じ、深窓のなんとやらだ。どうやら今回の不在についてもお話が伝わっていたらしい。
「ユーゴにも、心配かけてしまったわね…。」
「平気平気。ちゃんと俺が見つけたって言っとくからサ。それより、この気温でずっと木の上にいたんだ。疲れてるだろうし、今日はちゃんと休めな。」
「はい、もちろんです。」
最後にもう一度くしゃりと髪をかき混ぜて、そのまま外へと歩を向ける。ふと気になって袖を掴むと、彼はひどく驚いたようにこちらを見つめ返した。
「アンジュ?」
「あ、あの、ええと。」
私の言いたいことがわからないのだろう。目線を合わせるように彼がしゃがみこむ。くるりと光るエメラルドに導かれて頬に触れた。
「リュカおにいさまも、私を探すのに、きっと冷えてしまったでしょうから。その、ゆっくり、お休み、くださいね。」
ぱちぱち。翡翠の色が瞬いて、次の瞬間にはどろりと溶けた。ハチミツみたいに甘くて崩れそうな笑み。言葉よりもずっと雄弁に喜びを語る表情に、とくりと胸が跳ね上がる。嗚呼、これが。これが、何年か先、女性に囲まれて軽薄を装う彼が無意識に扱う魅了の力か。ぶわりと頬が熱をもった気がして、そのままぱっと手を離す。
「また、また明日、明日こそは、リュカにいさまに勝ちにいきますので。だから、えっと、」
「はいはい。ちゃんとか温かくして寝ますって。アンジュも、毛布蹴飛ばさずに寝るんだぞ。」
「蹴飛ばしません!そんな子供じゃないですもの!」
「どうだかなァ。…また明日な、アンジュ。」
ひらりと手を振って、今度こそ彼は帰って行った。
明日、明日!毎日彼に会えることに喜んでいるのは、自分なのだろうか。それとも前世の彼女だろうか。きっとそんなことはどうだってよくて、とにかく、私たちは彼が大好きだ。必要なのは、きっとそれだけなのだろう。彼が死んでしまうのが嫌なのは、どちらの自分も同じこと。なんとかしてあげたいけれど、経験もサイズも何一つ足りない現在の自分にはどうしようもない。とにかく今は、ゆっくり休んで、明日また彼に会うのに備えよう。そんなことを考えながら、抱きつく父を引き剥がすのだ。
まあ、そんな明日なんてもの、来やしないんだけど。
——
夢を見た。
炎の中で、ユーゴを抱きしめて震えるリュカにいさまの夢。
「どうして」
「おまえだけは、たすけてやるから。」
「賢者の力なんて、いらなかったのに!」
なかないで、なかないで。
必死に手を伸ばすのに、にいさまには届かない。泣かないでほしい。笑ってほしいのに。動かない足をどうにか動かして、彼を抱きしめてやりたいのに。なぜだか、わたしの身体は透けてしまって、彼に届きやしないのだ。それが悔しくて、悲しくて、涙が枯れるくらい泣いて、それで、それで。
——
目が覚めて一番に飛び込んできたのは、私の大好きなエメラルドだった。見たことないくらい大きく開かれた宝石みたいな瞳が、周囲の赤を反射して、キラキラキラキラと輝いている。
「あんじゅ、あんじゅ、おまえ、おきて、」
「…」
なんだか、周囲がやけに熱い。寝起きだからだろうか、頭もうまく働かない。どうしてだかは分からないけれど、にいさまに触れなくてはならないような気がして、先ほどと同様に頬に触れる。さっきよりもずっとずっと熱い。ああ、よかった、冷えて風邪は引かなかったのか。安堵して微笑めば、ぽたりと空から雫が落ちた。
「まってろ、にいさまに任せとけ。すぐ助けてやるからな。」
「にい、さま、」
「大丈夫、大丈夫だから。俺でダメならユーゴもいる。あいつの魔法はすげえんだ。賢者の血なんてもん、あいつが全部持ってっちまったんじゃねえかってくらい。だから、だから、あんしんしろ。いたいよな、あついよな、でも、でもさ、おれが、」
空に、星が瞬いていた。夥しい量の星が降る。瞬間、理解した。してしまった。ああ、これが。せっかく、知ることができたのに。にいさまの未来を、予測することができたのに。なのに、そうか、きょうが。
「せい、べつ、」
「…アンジュ、しって、」
「かみさまって、いじわるね。」
頬をふにふにと揉みながら、わたしは精一杯微笑んだ。彼の傷になんて、なりたくなかったから。未来の彼を間近で見れないのは少し残念だけれど、それはそれだ。今は何より、彼に幸せになってもらいたかった。
「にいさま、」
「だいじょうぶ、だいじょうぶだ。神様だって見てくれてる。お前は助かる。何に力を借りたって、助けるから。」
「にいさま、あのね。」
「お前が望むなら、何にだって祈ってやる。だから、」
「にいさま。」
ふにぃ、と弱々しい力で彼の頬を摘んだ。歪んだエメラルドから、ひっきりなしに涙がこぼれ落ちる。場違いにもその美しさに見惚れてしまいそうになった。今はそれどころではないのだけれど。
「あのね、にいさま。」
「…あん、じゅ、」
「にいさま、いきて。しんじゃ、だめだよ。」
「…なに、いってんだ、おまえ、」
「わたしね、にいさまが、しあわせに、いきてくれたら、うれしいの。」
「…いや、だ、いやだ、いやだ、お前も一緒に生きるんだ、この村は無くなっちまうかもしれないけど、でも、でもさ、外にだっていくらでも。」
「にいさま、わたしね。」
力が入らない。そこでふと、自分が焼けこげた毛布を丁寧に掛けていることに気がついた。ほらね、わたし、蹴飛ばさなくなったのよ。
「生まれ変わっても、あなたのことがだいすきよ。」
実際、人生超えて大事に想っちゃっているのだから、間違っていないでしょう。
最期の言葉は届いたのか不明瞭だった。ちょっと残念だなあ。そんなことを考えた自分の鼓膜を揺らしたのは、彼の絞るような声である。
「みとめない、おまえが、しんじまうなんて、みとめない。」
——
花の香りがする。耳をすませば、小鳥の囀り。ああ、もう少しだけ、寝かせて欲しいのに。
小さく体を動かしたからだろうか。こつんと何かにぶつかる感覚がした。
「んん?…あれ、」
自分の声が不思議な音を立てる。試しにもう一度声をあげてみるが、記憶にある自分の声よりも幾分か低くなっているようだ。小首を傾げて、ゆっくりと思考に耽る。ここはどこなのだろう。何か、箱のようなものに閉じ込められているらしい。…なぜ?そのヒントを得るために、必死になって考えを巡らせた。
そこでふと、意識を失う直前の出来事を思い出す。落ちる星、崩れる家屋、涙をこぼすにいさま。ふるりと身体が震えた。
…もしかせずとも、自分は、死んでしまったのだろうか?
だとしたら、ここは天国とかいう場所なのだろう。自分の声がおかしいのも、もしかすると天界と地上では空気の伝わり方が違うのだという可能性もある。だが、そんな場所ならもっと広いところに安置してほしいものだ。さっきから狭い場所に押し込められているようで、身体中が痛くて仕方ない。がさごそと寝返りを打とうとするも、箱のあちこちに身体がぶつかって音を立てている。瞼を開いても一面真っ暗で、何も分かりやしない。ああ、なんだか苛立ってきた。箱であるならどこかに蓋があるはず。全身を思い切り伸ばして、うまい具合にぶつかった拍子で開いたりしないだろうか。一念発起して両手両足をバタバタと動かそうと————
「待って待って止まって!起きたならちょっと待ってったら!」
突然、眼前の闇が晴れた。そこにあったのは、見覚えのあるサファイアだ。この【見覚え】は自分ではなく、過去の、要するに前世の自分であるわけだが。
「ユーゴ、」
「おはよう!半信半疑だったけど、本当に目覚めるなんて思ってもみなかった!」
ふわり、と抱きしめられて理解する。現在の自分の記憶の中よりも、ずっとずっと成長した姿。そして、過去の自分がゲームグラフィックで飽きるほど見た、【リュカとユーゴの自宅】の風景。これは、多分。
「もしかして、わたし、生きてるの。」
「そう!もう目が覚めないかと思った!」
「…あれから、どのくらい、」
「だいたい5年!兄さんが全然諦めないし、僕にも君にも家族愛通り越してなんかもうよくわかんない執着心見せるし、僕が出る予定だった旅にまで横入りしてきて大変で…って、言ってもわからないだろうから、もう少し待ってて!旅に出てる兄さんに文を出すから!そこに僕用のビスケットがあるから食べてていいよ!じゃね!」
まるで竜巻のような勢いで捲し立ててユーゴは去っていった。随分と元気になったものだ。身体の問題が解決してくれたことは、友人として喜ばしい。あとでお祝いをしなくては。まだ完全には起ききっていない身体の調子を見ながらゆっくりと立ち上がって———ちょっと待て。聞こえるべきではなかった内容が聞こえてきたような気がするが?
もう一度彼の言葉を反芻する。言っていた。確かに言っていた。【僕が出るはずだった旅に横入りしてきて】【旅に出ている兄さん】。もしかして、いや、もしかしなくても、これは。
「本編、始まっちゃった…?」
のんびりと二度寝を決め込んでいる間に、どうやらとんでもない時間が過ぎていたようだ。彼の生死を決めるカウントダウンは、今、確実に進んでしまっている。
なんだかよくわからないけれど、自分は生き残ってしまったらしい。しかも、あのゲームの本編の時間軸で!あの日の天啓がまた降り注ぐ。これは、好機だ。これこそまさしく天啓だ。私は彼が生き残るためにできることをすべてしなければならない。具体的に言えば、勇者との仲をとりもたなければならないわけである。
乾いたビスケットを噛み砕く。すまない前世の友人さん。あなたの推しは永久離脱はするけれど死ぬわけじゃあないので。人間の生死がかかっているんだ。やっぱり命の方が大切だよねありがとう!
「絶対、リュカ兄様の死だけは、認めないんだから…!」
冷め切った紅茶を飲み干して、一人小さく声に出す。勇者がどういう世界を目指していようが、運命に阻まれようが、シナリオ的に死んだキャラがいる方が燃えない?と言われようが関係ない。私は私の推しを生き残らせるためにこれからの人生を使うのだ。
まずは、まあ、そうだな。とりあえず、兄様と仲良くすることで生まれるメリットを書き記すことから始めようか。