プロローグ
プラトニックラブじゃよ
――――思うに人間の本質とは透明なガラス玉のようなものだ。
この世に存在する多種多様な闇と光を通して無限に変色していく。個人的な思想だが、人間の本質とは善でも悪でもない。
うまく言葉にすることができないが、善も悪も倫理も法も、因果すらも人が作り出した概念に過ぎず、人は人が定義した世界の中で在り方を定めるという不自由を自ら選んでいるのだ。
人は世界が人を中心に完結していればそれでよしと常に思っているのだろう、だからこその因果応報、勧善懲悪物語、そして極め付けの人間讃歌だ。
しかしながらこれらほど、特に善悪だとか因果応報だとかほど無意味で馬鹿馬鹿しいものは滅多にない。
世界とは常に変動し、普遍のルールなどなく人の理論など暇つぶしの嗜好品にも劣る。
ゲームではないのだから。正しい手順など存在しない。なにをどうすればこうなるなど、分かった気になるのは愚かしい。
世界はいつだって人間なぞが考えるよりも偉大で手に負えず、そして突拍子もないものだ。
物語のはじまりとしてはやや短いと感じるかもしれないし、味気ないだろう。
物語とは物事のことだ。物事の始まりとはつまらなくて、いつもどおりで味気なく、そんなことになるとは思わないでいてとんでもないことになつていくのだから。
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水の底は冷たいが、慣れてくると不思議な暖かさがある。
もう体はまともに機能していないが、それでも温度の変化は感じるものなのか。
月の光が差し込んでくる。黒々として右も左も分からない、静かな水底に一筋の白が忍び込んできた。
新月の日を除けば毎日差し込むこの白い光を見るのは実は楽しかったりする。
娯楽なんてなにもないけれど、それでも意外に退屈しないのは自分の感性が変わっているのか、それとも俗世を離れると欲がなくなるのか。
どちらなのかは分からないが、それでもこの景色は心安らぐものだと思う。
けれどそれもいつまで見ていていいものか。
「僕から動けたら一番いいけれど、それはなるたけしたくはないしなぁ……」
はてさてどうしようと島崎幸人は月が照らす水の下で一人、困ったように首を捻った。