振り返ってみた、けれどメリーさんはいなかった
突然だが俺は癌を患っている。手の打ちようがなく、今は自宅で終末医療だ。
これから世を去る人間と、あまり関わりは持ちたくないのだろうか。友達も連絡を寄越さなくなり、死ぬまでの時をただ静かに待ち続ける。
ある日、SNSに一通のメッセージが届いた。今更だれからだろうと開いて見ると、そこには画像と共に、良く知る一つのフレーズが書かれていた。
『私、メリーさん。今、駅の改札にいるの』
都市伝説のメリーさん。メッセージの通り、写真には最寄り駅の改札が写される。仮に健全な俺が受け取れば、恐れ戦いたのかもしれないが、今や死を目の前にして、どちらかというと構ってもらえる方が少しばかり嬉しかった。
「そうか、そこの駅は立ち食い蕎麦がうまいんだぞ。良かったら食べてみなよ――って、なにを返事してるんだ。お金も持ってないだろうに」
すると着信音が鳴った。
『私、メリーさん。今、バス停の前にいるの』
今度は居場所の写真ではなく、食いかけの蕎麦が写っている。撮るの忘れて途中で気付いたのか。
「メリーさん。そのバス停の時刻表で、中央公園行きを選ぶんだよ。18分発のやつだ。公民館行きと間違えないでね――これで良し」
すると着信音が再び鳴った。
『私、メリーさん。今、公民館の前にいるの』
おい……ドジっ子なのか?
「メリーさん、一旦戻ろう。それで中央公園行きだよ、分かったね――ちゃんと俺の背後まで辿り着けるだろうか」
すると着信音がまた鳴った。
『私、メリーさん。今、コンビニの前にいるの』
写真には最寄りのコンビニが写っている。どうやらなんとか辿り着けたようだ。
「よくできたね。そこから真っすぐ、八階建ての茶色いマンションがあるだろ? そこの三階、三〇三号室が俺の家だよ――茶でも、用意しといた方がいいかな?」
すると着信がまたまた鳴った。
『私、メリーさん。今、扉の前にいるの』
写される写真には、二〇三と書いてある。
「上だよ、上! もう一つ上! ご近所に迷惑を掛けちゃいけない――下の階の人は本当に怖いんだから……」
階下から怒号が聞こえた後に、六度、着信が鳴った。
『私、メリーさん。今、あなたの部屋の扉の前にいるの』
見れば扉は閉まっている。これを開ければ、その先にはメリーさんがいるのだろうか。でも、それを待つことなく――
最後の着信が鳴った。
『私、メリーさん。今、あなたの……後ろに……いるの……』
振り返れば、それで俺はメリーさんに殺される。けれど、まあ、退屈だったし。相手をしてくれただけでも感謝するよ、メリーさん――
「って、あれ? 誰もいない……」
振り返れど、そこには誰もいなかった。すると着信がまた鳴った。
添付される写真にはグロテスクな、臓物のようなものが写される。
『私、メリーさん。今、あなたの中にいるの』
嘘……まだ終わりじゃなかったのか……
着信音は止まらない。
『私、メリーさん。今、あなたの血の中にいるの』
いま俺が感じる、この血流の中に、メリーさんが泳いでいるっていうのか?
「メリーさん、君は一体……」
着信が鳴り、添付される画像には、俺が戦い敗北した、憎き敵が写される。
『私、メリーさん。今これから、あなたのがん細胞と戦うわ』
え?
『お蕎麦、美味しかったわ。道案内も助かった。下の階の住人は怖かったけど、でも私は負けはしない。だから、応援してて――』
「メ、メリィィィイイイ!!!」
血が滾るのを感じる、体が生きたいと望んでいる。あとは俺が願うだけ、俺が癌に打ち勝つと、メリーさんを信じるだけ……
今までにない間をおいて、着信がまた鳴った。そこには駅の改札で背を向ける、メリーさんの姿が写されていた。
「私、メリーさん。がん細胞との戦いが終着した。長い余生を精一杯楽しみなさい」