第7話 コロニーツアーと滅亡の経緯
朝食として配給されたのは湿気たビスケット3枚とインスタントのコーンスープだった。
食糧事情はかなり悪いようだ。
あっというまに食べ終わると手持無沙汰になった。
さっき朝食を配ってくれたあの仕事は当番制なのだろうかと尋ねると、玉虫は「そうだが、全員に回ってくる仕事でもない」と答えた。
給食部の他にも、野菜を育てる農業部、辺りの様子を見張る監視部などいろんな仕事があるそうで、基本的には適材適所で大きく役割分担をし、各部署内でシフトを組んで回しているらしい。
元社長の白河さんや医者の神崎先生は代われる人がいないので大変そうだとも説明しつつ「お前もさっさと何か仕事見つけてみんなの役に立てよ」と偉そうに言った。
その玉虫は探索チームなのだそうだ。外を探索しては使えそうなものを見つけて持ち帰るのが仕事なのだという。
そこへ5~6人の男性の集団から「行くぞ」と声がかかり、玉虫は早速その仕事のために出発していった。
入れ替わるように夏村さんがやってきた。
「よし、じゃあ晴人くん。新宿コロニーツアーに出発だ」そう言って腹をぽんと叩いた。
まず教わったのは出入口だった。
元の世界にもあったこの百貨店のことはおよそ知っていたが、ここではいくつかの出入り口が意図的に塞がれて通れなくなっている。
建物から出ると次は広大で複雑怪奇な地下迷宮だ。瓦礫に埋もれて行き止まりになっている死に通路と、外に出られる生き通路の区別を教わった。
また、通路の床が亀裂だらけの立ち入り禁止区域も教わった。その下には雨水が溜まって地底湖となっているらしい。落ちたら死にそうだ。近寄らないようにしよう。
そしてコロニーに戻った。
もともとは某有名百貨店だ。その半分は怪獣に踏まれたように崩れているが、残り半分がほぼ綺麗に残っているので、これを共同の住処として利用しているとのことだった。
半壊エリアとの境界は防火扉で遮られていた。
地下には共用のシャワールームがあった。ただしいつでもお湯が出るわけじゃない。使える時間も人数も決まっていて、そのうち順番が回ってくるから待ってほしいと説明された。
1階は厨房と倉庫。
フロアの真ん中にエスカレーターがあったが、機能は停止している。階段として使っていたら踏板が脱落する大事故が起きたので、最近では誰も近寄らなくなったらしい。
だから上下階への移動はもっぱら階段だ。もともと数か所にあった階段だがあちこち崩れ落ちており、現在まともに使える階段は1か所だけなのだそうだ。
2階、男性専用フロア。3階、家族フロアと保健室。ここには神崎先生がいた。4階は女性専用フロア。
5階は昨日の集会室。6階は巨大掲示板フロア。7階は特に使ってはおらず、8階が周辺の様子を見張る監視フロアでその上が屋上だった。
そして5階集会室に戻った時には午後を大きく過ぎていた。
5階の片隅の情報管理室を見ると恋がいて、真剣な表情でノートに何か書き込んでいた。
僕に気付くと「ああ、コロニーツアーなのね」と笑顔を見せてノートを閉じた。そして「毎日活動日誌をつけるのが私の役目なのよ」と言いながら、それを引き出しの中に片づけた。
「ざっとこんなところかな。何か質問ある?」
「うーん。じゃあ、人喰イってなんでしょう」
「それは誰にもわからない」と夏村さんが肩をすくめた。
僕は並行世界から来たばかりでこの世界のことを何も知らないと、実は昨夜皆の前で話してある。信じてもらえまいと思ったが意外とすんなり受け入れられた。
この世界が悪夢のような状況に陥ってる以上、並行世界の住人が現れたくらいでは驚かないということらしい。
「人喰イのことなら、この情報管理室が一番詳しいよ。恋、出してやってくれ」
「はーい。お安い御用で」
夏村さんは「あとは任せた」と腹を叩いて離れていった。
ここからの案内人は恋だ。
昨日も聞いたが、恋は記録係でこの情報管理室が主な持ち場らしい。傍らには愛用の釘バットも立てかけてある。
室内を見回せば棚には本や書類が並び、パソコンも置いてあった。ネットには繋がっていないがデータの整理に使っているらしい。
「ちょっと待ってて」と一旦離れた恋がすぐ近くにいた白河さんから許可をもらい、パソコンの電源を入れた。
「みんな使いたがるから、1時間だけね」
と前置きして、滅亡の経緯と名付けられたフォルダから動画を選び、再生して見せてくれた。
人類滅亡の経緯はこうだった。
2019年12月、東京都江東区有明で人喰イが初めて目撃された。少なくとも6人が死亡したほか27人が行方不明となった。国際展示場を這う真っ黒な異形は鮮明に撮影されており、宇宙生物か妖怪か、あるいは映画の宣伝用のフェイクニュースかと、日本中、いや世界中が大騒ぎとなった。
ネットでは人が捕食される衝撃的な映像も拡散され、そこから「人喰イ」という俗称が広がることになった。
この最初の人喰イは有明に大きな爪痕を残して夜の闇に忽然と消えた。
僕が遭遇したあいつに比べると形がずいぶん違った。昨日のが3本足の触腕付きアメフラシだとしたら、この映像で見たのは6本脚の太ったゴリラだ。恋が「大きさも形もいろいろいるのよ」と補足した。
2度目がとんでもなかった。
アメリカ、中国、ロシアをはじめ世界15か国の大都市に、ほぼ同時刻に出現したのだ。しかもそのどれもが東京都を丸ごと覆いつくすほどに巨大だった。そのくせ8本の脚は細長く、地球上の生物学には到底当てはまるものではなかった。
いくつもの口が腹側に開いており、口の周りから縮れた触手が何本もぶら下がっていた。人を見つけるやカメレオンの舌のように伸びて捕食した。
超巨大な、脚で移動するクラゲといったところか。
各国の軍隊があらゆる手段を尽くしたが、人喰イを立ち止まらせることすらできなかった。
これ以降、人喰イの出没件数も被害情報も日を追って増えるばかりだった。
無数の人喰イが上海のビル群をなぎ倒し、ローマの古い闘技場を踏みつぶし、ガンジス川を闊歩した。
暴動や略奪、大規模な飢餓、集団自殺が世界中いたるところで発生した。
新聞の見出しに、全原発緊急停止、政府機能停止、全世界推定死者30憶人などのありえない文字が次々現れた。インターネットも崩壊し、アメリカ応答無しという衝撃的な号外が刷られたのが2021年3月2日。
このあたりから、海外の様子はわからなくなった。
そして日本国内における情報も何も伝達されなくなった。
見終わった僕は呆然としていた。
文明が、人類が、一方的に破壊され滅ぼされていた。
人喰イの正体については、国連が地球外生命体であることを断定し『EX19』という呼称を発表した程度で、それ以上の分析は何もされていなかった。
いつからそこにいたのか、背後に神崎先生が立っていた。
白衣に眼帯という昨日と変わらない姿だ。一緒に動画を見ていたらしい。
横には恋がいて、なぜか釘バットを持っていた。
「怖がらせるために見せたわけじゃないわ」
淡々とした口調でこう続けた。
「こいつらを全部倒すのよ。私たちでね」
不意に鐘の音が聞こえた。
カンカンカンカン! 4連打。これが何度か繰り返された。
それは8階監視フロアからの「人喰イ出現」の知らせだった。