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第4話 次の場所へ

 薄暗い雲と、そこから舞い降りてくる雪が見えた。

 だが冷たくない。

 意識が明瞭になると、雪ではなく灰だとわかった。

 あわてて上半身を起き上がらせた。灰だらけだ。そして全身あちこち痛い。特に背中。

 ここはトラックの上だった。アルミ製直方体の荷室の屋根部分を派手に凹ませて僕がいた。

 なるほど、人喰イの口の中からここに落下したということらしい。荷室がクッションとなって僕を助けてくれたのだ。

 地上に降りてみれば、このトラックが車両としてはとっくの昔に死んでいることが一目瞭然だった。歩道に乗り上げて電柱にぶつかったらしく、運転席が致命的に変形している。塗装の剥げた部分は赤茶色に錆び、ところどころ雑草が生えて廃墟の一部になっていた。


 助けてくれてありがとう。おまえは良いトラックだ。


 心の中で感謝を伝えたとき、神崎先生が息を切らして現れた。「良かった! よく無事で!」と両手を握ってくれた。


「赤面ビームへの誘導、お見事だったわ。ありがとう」

「いえ、僕の方こそ。ひとりなら死んでま……いてて」

「怪我をしたわね。背中? 私、医者なの。服脱げる?」


 医者という想像は当たっていたらしい。

 白衣の威力というのはたいしたもので、出会ってまだ間もない相手であるにも関わらず、僕はためらうことなく上半身裸になると先生に背中を向けて瓦礫に腰を下ろした。


「あの人喰イってやつは他にもまだいるんですか」


 診てもらいながら質問してみた。答えがさらりと返ってきた。


「うんざりするほどいるわ。手足のしびれはない? 呼吸しづらいとか」


 あんな化け物がうんざりするほどいるのか。

 対抗手段がさっきのビームだけだとしたらまずいだろ。あの(れん)を赤面させるネタなんてそうそうあるまいと思った。

 手足や呼吸に問題ないことと、恋に関する懸念をそのまま伝えると、先生は深く同意してくれたうえで「だけど」とこんなことを仰せになった。


「あんな子でも、誰かを好きになれば照れるでしょ。期待してるわよ」


 そして僕の肩をポンと叩いた。

 いや、なぜ僕。

 それ以上の質問は受け付けないとばかりに「打撲と軽い切り傷ね。あとで綺麗な水で洗ってあげる」と話を終了させられた。


 そこにようやく恋が小走りにやってきた。見ればジーパンの裏表を正してちゃんとはき直している。だから遅れて来たんだな。

 僕の様子にホッとしたようにも見えたが、すぐさまその表情は不機嫌そのものへと変化した。


「おかげで穂香ちゃんの敵討ちができたわけだけど。私を照れさせる方法、他になかったわけ?」

「そういうおまえは上半身裸の僕を見るのに遠慮とか照れとかないのか」

「は? 全然」


 きっと開けっ広げな兄や弟がいて、幼いころから男の裸まみれで育ったのだろうという想像が頭に浮かんだ。そのせいで、伏せていた疑問を思い出した。

 先生に恐る恐る尋ねてみた。


「人間はどれくらい残ってるんですか」


 いつのまにか日没していたらしい。急激に暗くなっていく空の下で神崎先生と恋が顔を見合わせて黙った。そして先生が気遣うように微笑んで答えた。


「案内するわ」


 さっきの横転した軽トラに戻ったが、見ればシャフトが切断されていて走行不能だった。これって切れるものなのか。あらためて人喰イの一撃の恐ろしさを実感した。

 運よく拾ったばかりの軽トラなのにと恋が悔やんだ。

「まあ、時代は徒歩移動よ」とすぐに開き直り、散らばった荷物から巨大なフォークのような農具を選んで僕に差し出した。護身用に持っておけという。人喰イには通用しないが、野良犬除けに便利なのだそうだ。先生も同じような農具を。そして恋は慣れた手つきで釘バットを手にしていた。前者の装備は不釣り合いだったが、後者は良く似合っていた。素直に褒めたら殴られそうになった。

 罰としてこれを背負えと、水や食糧の詰まった重いバックパックを預かった。


 少し歩くと地下通路への階段を下りた。

 地上からでも行けるが、ここからなら地下のほうが歩きやすいのだという。

 人類滅亡後の真っ暗な新宿地下通路は正真正銘の迷宮だった。まるでゲームか映画の世界だ。

 先生と恋にとっては勝手知ったるダンジョンなのだろう、小さなヘッドライトの光を頼りに迷うことなく進んでいく。


 そろそろ有名百貨店だと気付いたとき、その入り口が作為的に塞がれているのが見えた。

 そこには30代とおぼしき男性が2人いて、大きな照明でこちらを照らすと嬉しそうに出迎えてくれた。


「先生お帰りなさい。恋も!」


 出入口の見張り役なのだそうだ。初めましてと挨拶をしたら「生存者なんて久々だ」と嬉しそうに握手をしてくれた。

 手作りのバリケードを通過すると、そこには廃墟から一転、寄せ集めながらも生活感あふれる空間が広がっていた。


 神崎先生が言った。


「ようこそ。新宿コロニーへ」

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