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第3話 初めての赤面

 全身の血が逆流した。

 恐怖のせいか振り回されたせいかわからないがたぶん両方だ。

 地上から何十メートルもの高さに逆さまに掴み上げられた僕は叫ぶこともできなかった。

 人喰イはその巨体よりもさらに高く僕を掲げて触腕の動きを止め、こっちを見上げるようにあの乳白色の灯りを向けてきた。

 灯りがすうと細くなった。観察しているのだろうか。

 真っ逆さまにぶら下がった僕の顔は恐怖でひきつっているに違いない。

 僕にとって恐怖は人喰イだけではなかった。

 この高さに待ち上げられたことで初めて、東京全体を目撃してしまった。


 壊滅状態だった。


 新都庁第一本庁舎いわゆる新都庁が、いたるところ欠損したゾンビのように立ったまま死んでいた。

 新宿のシンボルだった高層ビル群が見る影もない。

 高速道路の高架も横倒しに倒れ、大量の車が折り重なって潰れていた。

 瓦礫と化したのは新宿だけではなかった。

 全方位、見渡す限りすべてが滅茶苦茶だ。

 大規模な火災の痕跡も見つけたがとっくの昔に鎮火しているようだ。そういえば景色が雑草にまみれている。壊滅してからいったい何か月、何年が経過しているのだろうか。

 なぜ自衛隊はこの化け物を野放しにしている。

 戦車隊はどうした。

 戦闘機は。

 テレビ局のヘリも飛んでいない。

 その意味するところは。


 絶望した。日本はすでに滅んでいるのだ。この化け物と戦う力などもうどこにも残っていないのだ。いや、はたして日本だけの問題だろうか。

 まさか、地球規模で?


 ぬちゃりという音が聞こえて真下を見れば、人喰イが口を開くところだった。

 その内側に牙の行列が立ち並んだ。

 さっきの犠牲者を思い出し、ああ、僕も喰われるのかと理解して気力が失せた。

 頭の中が真っ暗になった。

 遠くからぼんやりと人の声が聞こえた。

 何かを叫んでいる。

 女性の声だ。


 神崎先生と、(れん)……


 我に返った。

 失いかけた意識をあわてて手繰り寄せた。気絶してる場合じゃない。僕にはまだ試したいことが残っている。


晴人(はると)くん! あきらめないで!」

「晴人! 噛みつけ! 暴れろ!」


 ふたりとも隠れることもせず叫んでくれている。

 人喰イはそれには構わず、僕を口へと運んだ。

 もう時間が無い。僕は触腕の怪力に抗いながら精一杯の声を振り絞った。


「恋! おまえに初めて! 会ったときから!」


 地上の二人が黙った。僕の言葉を聞いてくれている。


「ずっと! 思ってたんだ!」


 だしぬけに、身体が宙に浮いた。

 僕を口に放り込むべく触腕が束縛を解いたのだ。

 新宿全域に届くほどの大声で叫んだ。


「ジーパン! うらおもて逆だぞ!」


 そうなのだ。最初から気付いていた。恋のジーパンは裏返っていた。

 Tシャツ程度ならまだしも、なんでジーパンの裏と表を間違えるかな。

 重力に従って口の中へと落下するさなか、恋の顔が見えた。

「へ?」という戸惑いから始まり、綺麗可愛い顔面が急速に赤く染まった。いや。輝いた。


 見えたのはそこまでだ。僕は人喰イの口の中に落下した。

 そして死んだ。

 そう思った瞬間。

 視界にまばゆいピンク色の光が差しこんだ。


「!?」


 どんという地響きのような衝撃に続いて、僕を閉じ込めている漆黒が金色の火の粉となって千切れていくのが見えた。

 崩壊の轟音と同時にあのザトウクジラのような、今はそれを引き裂いたような絶叫が鼓膜をつんざいたが、それもあっというまに途切れていく。

 僕もピンクの光線を浴びているはずだが光は身体を素通りして人喰イだけに襲いかかっていた。

 僕にとってはただ暖かかった。

 赤面した恋の頬に触れればきっとこんな感じなのだろうと思った。


「もっと早く言え馬鹿ーッ!」


 恋の怒鳴り声を遠くに聞いて心地良い無重力感を味わいながら、僕は今度こそ気を失った。

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