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第2話 赤面ビームってなんだ

 人喰イと呼ばれた真っ黒なシルエットは、おもむろに身体の一部分を大きく開口させた。同時にその内側で何列も並ぶ無数の白い牙の起き上がるのが見えた。

 触手のような腕に掴まれた人間がその口へと運ばれていく。

 サイズが違いすぎる。ホオジロザメがイワシを1匹食べるようなものだ。

 人間は生きていた。身をよじって絶望的な悲鳴をあげていたが人喰イはなんの躊躇もなくそれを口に放り込み、咀嚼した。悲鳴は一瞬で途絶えた。

 目を疑う光景だった。

 どんな歴史を辿れば、何が起きればこんな世界になるというのか。


「まだ人がいたのね。助けてあげられれば良かったんだけど……」


 神崎先生が申し訳なさそうにそう言い、すぐに僕とレンに向き直った。


「車で移動するのは目立つわ。隠れてやり過ごしましょう」


 言いながら手近なビルへと向かった。

 瓦礫の山ばかりではない。ひどく崩れながらも形を保っている建物はちらほらある。

 僕は頷いて先生に続いた。だがレンがついてこない。見れば突っ立ったまま、人喰イをまっすぐ睨んでいる。


「よくも穂香ちゃんを」


 穂香ちゃんとは誰だ。僕が来る前にも犠牲者がいたのか。

 神崎先生は胸の痛みをこらえるように息を吐いて「いいから隠れなさい」と静かに諭した。

 だがレンは隠れるどころか、人喰イに向かって叫んだ。


「人喰イ! よくも穂香ちゃんをッ!」


「やめなさい!」神崎先生が飛び出した。人喰イを見ればこちらを振り返るように動いたところだった。いや、実のところあまりにも真っ黒なせいで形もよくわからない。光をほとんど反射しておらず、まるで空間に穴が開いているかのようだ。どこが頭なのか。どっちを向いているのか。そもそも頭があるのか。いろいろわからないが、真っ黒な中に一か所だけ乳白色のねっとりした灯りがともっている。さっきから時々見え隠れしていたそれが、こちら側に移動してぴたりと止まったのだ。

 そのせいで僕は「こっちを見た」と感じた。

 続いてレンが妙なことを叫んだ。


「今こそ赤面ビームを試す時です! 先生、私を照れさせて!」


 赤面ビーム?


「そうはいっても、あなたどうすれば照れるのよ」


 レンの身体を掴み、せめてその場にしゃがませようと神崎先生が奮闘している。確かに。さっきから見ている限り、この強気な女が顔を赤くするところなど想像がつかない。ていうか赤面ビームってなんだ。赤面したらビームが出るのか。どこから? 顔?

 化け物に喰われるかもしれないという緊迫の状況に赤面ビームなどというふざけたワードが突如現れて僕の脳内は戸惑った。

 人喰イがさらに動くのが見えた。


「やばいって!」


 僕は咄嗟に駆け出してレンと神崎先生をまとめて押し倒した。縦方向に踏ん張っていたふたりは横からの力に無抵抗だった。

「きゃあ」というレンの悲鳴を聞きながら僕も一緒に倒れ込んだ。

 その頭上を、人喰イの鞭のようにしなる黒い腕が猛烈な勢いで通過した。僕らの代わりに軽トラが吹き飛んだ。後ろに積んであったらしい荷物がぶちまけられた。まさに間一髪だ。それにしても僕の手の中にあるこのやわらかいのはなんだ。


 レンの胸のふくらみだった。


 突如、側頭部に固い衝撃を受けて視界が揺れた。


「いってえ!」

「あんたいい度胸ね」


 拳を握りしめて立ち上がったレンの顔は真っ白で般若のようだ。


「来るわよ!」


 神崎先生の鋭い声で我に返った。そうとも、今はレンと揉めてる場合じゃない。

 人喰イを見上げれば次の一撃がまさに放たれる瞬間だった。

 咄嗟に横に跳んだ。神崎先生も横っ飛びにその場を離れ、レンはより大きく跳躍していた。さっきまで立っていた地面が吹き飛んだ。

 離ればなれになった3人はそれぞれ手近な場所に身を隠した。

 僕と神崎先生は、あまり大きくはない瓦礫の陰に。互いの距離は近い。手を伸ばせば届きそうだ。レンは少し離れた違うビルの残骸に背中をつけていた。


晴人(はると)くん、相談なんだけど」

 神崎先生が、声をひそめて話しかけてきた。

「はい」

「レンを赤面させる方法はないかしら。意味不明なお願いでごめんね。説明はあとでするから」


 神崎先生の真剣な口調から、どうやら赤面ビームとやらが本当に反撃の切り札なのだろうと思えてきた。そこに賭けるしかなかった。とはいえ。


「胸触っても照れませんでしたけど」

「……そうね。そうなのよあの子。素養は断トツなのにとにかく照れないのよ」


 レンを照れさせる方法か……。考えを巡らせるうちにふと思い当たった。


「試してみたいことがあります」


 僕は大きく息を吐いてレンを見た。

 倒壊したビルの、それでも一部分残った壁に背中を押し付け、隙あらば反撃してやるという強気な顔で人喰イの様子を伺っている。そういえば「レン」という名前はどんな漢字なのだろうか。


「レン。おまえの名前」

「なによ」

「どんな漢字で書くんだ」

 面倒くさそうにこっちを一瞥して答えた。

「恋よ。恋と書いてレンと読むの」

「ああ、恋愛のレンか。なるほど」


 正直似合わないと思ったがまあいい。

 名前もちゃんとわかったことだし本題に移ろう。


「あのさ(れん)。実は最初からずっと思ってたんだけど」

「今度は何よ」

「おまえ……」


 不意に、僕の身体に何かがもの凄い力で巻き付いた。


「!」


 人喰イに捕まったのだと理解が追い付くと同時に、地面が逆さまになって一瞬で遠のいた。



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