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第14話 星空の屋上で先生と

 パーティーが終わった後、5階集会室では引き続き運営スタッフの食事会が始まった。

 白河さんと伝野さんを中心に、見張りを頑張ってくれていた監視員やカレーライスを作ってくれた調理スタッフが集まり、互いの労をねぎらって和やかに談笑している。


 (れん)はバスタオルを首にかけて地下のシャワーコーナーへと向かった。恋を赤面させるのが仕事の僕もそばにいたほうが無難かと、本当に下心など無しに思ったのだが、冷たい視線と尻への蹴りを受けて追い出された。


 どうしようか。

 早寝するにも、さっきのパーティーの興奮が残っていて眠れそうにない。

 こんな時は屋上だと思いつき、いつもの非常階段をのんびり上がった。

 屋外に身をさらすことをほとんどの人は怖がって避けているので、ちょっとした秘密の花園となっている。

 僕以外でここに来るのは恋ぐらいか。


 ところが珍しく先客がいた。長い脚をすらりと組んでベンチに座っていたその人は僕を見て微笑んだ。


「あら、春人(はると)くん」


 神崎先生だった。

 眼帯は付けているが、いつも身を包んでいる白衣が見当たらない。

 満点の星と明るい月に照らされ、灯りの無い屋上でもスカートの紅色とシャツの桜色が鮮やかに目に映った。


 あ、女性だ。

 しかもとんでもない美人だ。

 今さらそんなことを感じた。


「ひとりの時間を満喫中、ですね」


 我に返ると同時に引き返そうかと迷ったが、先生は「いいから来なさいよ」と笑いながら自分の右隣を手で叩いた。隣に座れと仰せだ。

 そういえば歳がひとまわりほど離れているのだと思い出し、意識する自分がおかしいと意を決して隣に座ってみた。


 ふわりといい香りがした。


「ちょうど良かった。言いそびれていたことがあったから」

「なんでしょう」

「初めて会った時のこと、覚えてる?」


 満天の星空の下で、まるで恋人同士の会話じゃないか。どぎまぎしながらもちろんですと答えると、先生はくすくす笑ってこう続けた。


「あのとき私、軽トラックの助手席で必死で祈ってたの。どうか神様、恋に運命の出会いがありますようにって。そしたら春人くんが現れた。驚いたわ。祈りが通じたとしか思えなかった」


 初めても初めて。本当に最初の瞬間の話だ。


「はね飛ばされて死ぬところでしたけどね」

「誰が願いを聞いてくれたのかはわからない。神様か。悪魔か。ひょっとしたらこの左目かも」

「……左目が?」


 先生は真顔だった。


「いずれにせよ、たぶん私のせいであなたはここに来たのよ。本当にありがとう。そして、ごめんなさいね巻き込んじゃって」


 先生が祈ったことで僕がここに?

 そんなことがあり得るのだろうか。もしそうだとしたら。


「だとしたら、先生にお礼を言わなきゃ。元の世界じゃあほとんど死んでましたから」


 気配りではない。本心でそう言った。


「巻き込んでくれて、ありがとうございます」


 先生の横顔を見ようと顔を向ければ。


 触れそうな至近距離で先生もこっちを向いていた。


 視線が絡み合った。

 先生の顔がゆっくりとさらに近づいてくる。

 それ以上近づくと触れてしまう。という距離で止まった。

 艶のある唇が、何かをためらっていた。

 囁いた。


「私の役目じゃないのよねえ」


 残念そうに微笑むと先生は立ち上がり、何事も無かったように「じゃあね」と手を振って、いつもと変わらない足取りで階段を下りていった。


 全身に広がっていた緊張が一気に解かれてどっと脱力した。


 今、何が起きようとしていた?

 幻覚でも見ていたのかと自分の記憶を疑った。

 しばらく立ち上がれず、ただ呆然と景色を眺めていた。


 どれくらいの時間そうしていただろうか。


 遠くの地面に、白い灯火が見えた。


 あんなところに誰かいるのか。

 移動している。建物の残骸の向こうにちらちらと見え隠れする。すぐに灯火の数が増えた。ふたつ。みっつ。いや、10、20。

 気付けば無数の灯火が、全方位から遠巻きにこの新宿コロニーを取り囲んでいた。


 人喰イの群れだ。


 ベンチから飛び起きたとき、階下の監視フロアも大騒ぎになった。伝声管を激しく4連打している。「逃げろ!」「やつらここに気付いてる!」そんな叫び声が聞こえた。僕もすぐに階段を下りるつもりだったが、覚えのある嫌な声が後ろから聞こえてぎょっと立ち止まった。


 後ろからというのは勘違いで、実は地上にいるそいつの大声がここまで届いたのだった。

 屋上の際まで戻って真下を覗き込んだ。


 南玄関の正面数十メートルの位置に男がひとり立っていた。永久追放を言い渡されたはずの下口だった。


「俺が戻ったら許さないとか言ってたよなあ! ひひひ。どう許さないのかやって見せろよ! ぎゃっはっはっは!」


 妙な光景だった。

 下口のすぐ横に人喰イが1体いるのだが、両者の間に捕食と被食の緊張感がない。まるで仲間のようだ。

 その人喰イはひとつ目の獅子のようにみえた。ただしアフリカ象のように巨大だ。

 そいつが下口のすぐ傍らで悠然と辺りの様子を伺っている。


「なあ? 俺が言ったとおりだろ。ここには獲物がたくさん隠れてるって」


 下口が横にいる獅子型人喰イに向かって、聞こえよがしにそう言った。


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