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第13話 1周年記念パーティー

 新宿コロニー設立1周年記念パーティー前日。

 人喰イ、下口と嫌な出来事が続いたが、だからこそ1周年を祝うべきだと、みんながむしろ団結したようにみえる。料理はどうしようか、何か楽しい企画はないかと、互いに知恵を出し合い、準備が進められていた。


 だが僕と(れん)はそれどころではない。

 一刻も早く女王を発見して倒さなければと浮き足立っていた。

 いずれ神崎先生があの左目で感知するのかもしれないが、早く見つけるにこしたことはないはずだ。


 まず思いついたのは有明だ。

 記録に残っている世界最初の人喰イ出現地点である。女王はその近くに潜んでいるのではないか。

 恋にそう言ってみたが、とっくの昔に自衛隊と米軍が調査済みだと返された。

 半径100キロ圏内の陸上や地下はもちろん、東京湾の底まで徹底的に調べたらしい。結果は「何も発見できず」だった。


 そりゃそうだ。僕が思いつくことを自衛隊がしていないわけがない。


 人喰イを尾行する案もひらめいたがそれも同じだ。人工衛星やドローンが健在だった時代に、世界中の軍隊が総力を挙げて人喰イの移動経路を監視したはずだ。

 だが資料室に残された記事のどこを見ても「巣を見つけた」「親玉を見つけた」という情報は皆無だった。


 女王はどこにいるのか。


 結局これに関しては神崎先生の左目の感覚に頼るしかないのだとすぐに思い知った。


 ならば、僕らに出来るのは。

 先生が女王の居場所を突き止めたときに、迅速にそこへ急行できる足の用意である。


 移動手段の確保はもともと新宿コロニーが掲げている課題のひとつだ。

 玉虫が修理しているバイクはどうやら本当に動きそうなので期待しよう。

 飛行機があれば頼もしいのだが、新宿コロニーに航空力学に詳しい人は残念ながら見当たらなかった。女王の居場所が離島だったり海外だったりした場合、なかなか厄介なことになりそうだ。飛行機よりは船の用意を真剣に考えるべきだろうか。


 僕と恋が頭を抱えていると、どこからかギターを弾く音が聞こえてきた。


 楽器の音など、この世界に来て初めてだ。

 コロニーでは静かに暮らすことがマナーとなっている。 

 だが、ギターなんか弾いて大丈夫かという不安は一瞬で、すぐに心が癒やされるのを感じた。

 恋も「いいね」と嬉しそうに耳を傾けている。

 誰かが白河さんの許可を得て、パーティーで披露するために準備をしているのだなと察した。


 眉間にしわを寄せていた自分が少し恥ずかしくなった。

 恋も同じ気持ちになったのだろう、顔を見合わせて互いに苦笑いした。

 よし。今日明日は人喰イを忘れて楽しむとするか。


 パーティーの準備を手伝うためにふたり同時に立ち上がった。


 翌日昼過ぎ。

 新宿コロニー設立1周年記念パーティーが、手作り感満載の装飾を施された5階集会室で開催された。

 普段、8階以外の全フロアは基本的に遮光カーテンを閉め切っているのだが、このパーティー会場の窓は今だけでも開けてみてはどうかという提案があり、賛成多数でそう決まった。

 5階のすべてのカーテンが開かれると、大パノラマが開放感を演出してくれた。

 最初は反対していた人も「こんな眺めでも、たまにはいいな」と納得していた。


 定例会とは打って変わって出席率が高く、集会室の広さをもってしてもかなりの人口密度になっている。

 1周年を祝う挨拶を、全フロアに聞こえるようマイクを通して白河さんが述べた。

 全員に飲み物やお菓子が配られ、乾杯した。

 しばらくは自由に歓談の時間となった。


 実は当初「生き延びられはしないだろう」と誰もが思っていたようだ。

 だが1年を乗り越えた。

 それがどれほどの奇跡か、称え合っている人の姿が多く見られた。


 やがて至福の香りとともにカレーの鍋が運ばれて来た。白米も大量に炊いてある。

 野菜と豆のカレーだ。ごちそうだ。

 食べながら、全員強制参加の『一言スピーチ(可能なら隠し芸も)』のコーナーになった。


「いつもありがとう」

「役立たずですみません」

「これからもよろしく」


 本当に一言ずつだが、信頼関係を再構築できるいい時間になった。

 一芸を披露してくれる人が時々いて飽きなかった。手品をする人、倒立する人、手編みの小物を見せてくれる人、その場で白河さんの似顔絵をあっという間に描く人などなど。そのたびにみんな笑顔で拍手をした。

 ここで玉虫が事件を起こした。


「あの、この場をお借りして俺、わたくし、意中の人に告白をしてもよろしいでしょうか!」


 マジかあいつ。

 運営スタッフが「しょうがないな」と笑い、みんなも「いいぞ」と喜んだ。

 玉虫が真剣に叫んだ。


「恋ちゃん。大好きです! 俺と付き合ってください!」


 そして腰をほぼ直角に折り、どこで集めたのかコスモスの花束を両手で差し出した。

 名指しされた恋は「はあ!? 私!?」と目を白黒させながら、食べかけのカレー皿を持ったまま玉虫の前まで押し出された。

 玉虫は姿勢を変えずに返事を待っている。緊張の一瞬だ。


「ごめんなさい!」


 恋は気遣い無しの大声で答え、ぺこりと頭を下げた。

 玉虫が膝から崩れ落ちた。

 みんな大爆笑だった。小学生が腹を抱えて転がった。

 司会進行の伝野さんの「次の方」という言い方が無情すぎてまた会場がどっと揺れた。


 次は僕だった。


「ひとりも欠けることのないまま2周年を迎えましょう。そのために精一杯頑張ります」と真面目にコメントして一礼した。


 ありきたりだが切実な本心だった。

 次の順番だった恋からクレームが来た。「やめてよ春人(はると)! 私が言うつもりだったのと完全に同じじゃないの!」

 またみんなが笑った。

「気が合うねご両人」

「玉虫がかわいそうだろ! げらげらげら」


 結局恋は意地を貫いて一言一句同じ挨拶をした。

 続いて、神崎先生が静かに立ち上がった。

 いつのまにか会場には斜陽が差し込んでいた。

 その黄色い光を浴びながら。


「何が起きても、自分を失わないように強くありたいと思います」


 そう言ってお辞儀をした。

 みんな、真意には気付かないまま笑顔で拍手を送っている。

 大丈夫。先生の身にはこれ以上何も起きません。さっさと女王を見つけて倒しましょう。僕は願望と志を念じながら拍手をした。


『一言スピーチ』最後のひとりはギターを抱えて登場した。いつぞや女性フロアで喧嘩をして白河さんから励まされて号泣していたあの女性だった。名前は奥野香澄さんといった。「先日はご迷惑おかけしました。みなさんには本当に感謝しています。これからもよろしくお願いします!」深々と頭を下げると暖かい拍手が起こった。


 そしてそのまま、パーティー最期のプログラム、奥野さんのギター弾き語りへと移った。

 まさかのプロ級だった。

 1曲目は優しさと強さを兼ね備えた壮大なバラードだった。

 ギターの音色も美しかったが歌声がまた女神のようだった。

 あっというまにすべての観客が魅了された。

 大きな拍手と感嘆のどよめきが巻き起こった。


 2曲目は思わず身体が動き出すような、力強いリズムで始まった。

 もう我慢できないとひとりの男性が大きな木箱を抱えて飛び出した。男性フロア長の夏村さんだ。観客とギターの両方を視野に入れる角度で木箱に跨がって座り、それを手で叩き始めた。なんとこれまたプロ級だ。この箱はカホンと呼ばれる歴とした打楽器なのだそうだ。ふたりの奏者は目と音で意思を疎通させ、曲の幅を何倍にも膨らませた。

 観客もつられて手拍子をした。

 とある年配のご夫妻がリズムに合わせて踊り始めると、それに倣う人が続出した。


「春人! 踊ろ!」


 恋が僕の腕を引っ張った。無理だよと尻込みしたが、恋も別にダンスが得意というわけではなかった。

 そうか、難しく考える必要はないんだ。

 リズムに乗っているだけで楽しいのだと気付いた。

 恋が僕の掲げた手の下でくるりと一回転して笑った。

 フロアの隅に人の形をした抜け殻が落ちてると思ったら玉虫だった。すまんな。


 最高潮の盛り上がりをみせて、パーティーは日没とともに閉会した。


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