第11話 招かれざる客
「ごめんね。いつか説明しようとは思ってたんだけど……」
恋と僕を情報管理室の椅子に座らせ、神崎先生は恋の隣に腰を下ろしながらそう切り出した。
「まず先に断っておきたいのは、私たちふたり、決してそういう関係ではないということよ」
ん?
あら、そうなのですか。
別に同性愛なら同性愛で異論はないのだが。覚悟していたカミングアウトとは少し違うと思いながら恋を見てみた。
少し頬を赤らめながら、先生の言葉に大きく頷いている。
「そうなのよ春人! そこは勘違いしないで」
「でもそんなに顔赤くされたら」
「だ、だって先生のこと尊敬してるし好きなのは好きなんだもん。キスされれば顔ぐらい赤くなるわよ……」
ほう。キスしたのは事実なんだ。
では神崎先生の説明とは。
そういえば、赤面ビームをどうやって開発したのか尋ねてはぐらかされたのを思い出した。
そこにつながる話だと直感した。
同時に、なぜか胸騒ぎのようなものも感じた。
「実はね」神崎先生がそう言いかけたとき、外がにわかにざわついた。
「下口が帰ってきたらしいぞ」という、不快感を隠さぬひそひそ声が聞こえた。
下口? 初めて聞く名前だ。
神崎先生と恋が顔色を変えて立ち上がった。
「死んだはずよ……」
呆然と、神崎先生の口からそんな言葉が漏れた。
南玄関から大きく距離を置いて、その下口という男が立っていた。
見張りが立ち入りを禁じたところ、ならば神崎を出せと要求してきたらしい。
人垣の先に見えた体は獲物を探す肉食動物のようで、顔はどこか爬虫類に似ていた。顔と腕に無数の傷跡があり、その様子だと身体もきっと傷だらけなのだろうと想像できた。
うっすらと笑みを浮かべてはいるが目がまったく笑っておらず、穏やかな用件でないことは明白だった。
「話し合う必要なんてないですよ」誰かがそう言って止めようとしていたが、神崎先生は人垣から外に進み出て、下口と対峙した。
下口はにやりと笑い、地の底から染み出すような声で言った。
「よくも放置してくれたなあ。マジで死ぬところだったぜぇ神崎先生」
神崎先生の表情は見えないが、淡々と応じる声が聞こえた。
「あの時、自衛隊も含めて全員の死亡を確認したわ。あなたもよ。ただ、正直なところ私も動揺していて……判断を誤った可能性は否定できないわね。だとしたら……本当にごめんなさい」
「ふざけんなよヤブ医者があッ!」
下口が暴力的な大声で怒鳴った。
「血の海の中でもがき苦しんだ! 地獄だったぜ! ああ! 地獄の苦しみだ!」
「あんたが余計なことしたから撤収が遅れたのよ! すぐに下がっていれば全員助かっていたわ。穂香ちゃんもね!」
恋が口を挟んだ。僕のすぐ横から怒りの眼差しを下口に向けていた。
おかげで話が見えてきた。
初めて恋と先生に会ったあのときだ。
人喰イに襲われて仲間を失ったと言っていた。
下口は恋を一瞥しただけで、すぐに視線を神崎先生に戻した。
「俺の要求はいたってシンプルだ。神崎先生」
怒鳴るのをやめて、下口はわざとらしいほどの猫撫で声で言った。
「俺と一緒に来てもらおう」
言いながら唇の端がつり上がった。
人垣から一斉に怒号が飛んだ。
「ふざけるな!」「てめえひとりでどっか行きやがれ!」「神崎先生、もう戻ってください」
パン!
破裂音が響き、怒号が絶句に変わった。
下口が拳銃を握っていた。フルオートだということは僕にもわかる。自衛隊の物だろうか。
地面に向けていた銃口をぬるりと上げて先生に合わせた。それは同時にこっちの人垣も狙える角度だった。そして無表情に言った。
「とりあえず先生。まずはその白衣を脱いでもらいましょうか」
神崎先生はひとつ息を吐くと、黙って白衣を脱ぎ、地面に捨てた。
「じゃあ次は、スカートだ」
正気じゃない。それだけに恐かった。
何かいい手はないかと必死で考えていた僕は、赤面ビームを思いついた。人体になんら影響を与えないビームだが目くらましには使える。
そばにいた恋に小声で提案した。
「それは……ダメ」
却下された。言い方から、何か隠していると感じた。なんだ?
そこに先生の声が聞こえた。
「スカートもいいけれど。先にこっちはどう?」
神崎先生が右手をゆっくり、耳へと運んだ。
「ん?」
下口が眉をひそめた。
先生が眼帯を外した。
僕ら人垣からは先生の後ろ姿しか見えない。その向こうで、下口の表情に異変が起きた。先生の顔を凝視したままみるみるうちに恐怖にひきつった。
「お……おまえ、それ……!」
弾けるように先生の左腕が動いた。拳銃を握る下口の右腕を外へと捌き、そのまま両腕でしがみついて全体重を預けた。さすがに下口の右腕は自由を失った。が、しかしそこまでだ。先生は背中をさらすことになり、下口の左腕は完全にフリーだった。
「あぶない!」
僕を含めて何人かがダッシュした。玉虫もいた。
下口が狂気に顔を歪め、左の拳を先生の後頭部に見舞った。
それは予備動作など無い、にもかかわらず腰の入った、訓練された打撃だった。駆け出したものの僕らの援護は到底間に合わないと血の気が引いた瞬間。
ゴキィ!
先生の後頭部ではなく下口の左拳が血を吹きながら弾き返された。
振り抜かれた恋の釘バットがフォロースルーの弧を描いていた。
「ぎゃあああああああああああああああ!」
破壊された左手の激痛に意識を奪われて、下口は拳銃を落とした。
玉虫その他走り込んでいた男達が束になって下口を倒し、地面に押さえつけた。
僕はその束に入り損ねて立ち尽くした。
そばに立つ神崎先生と目が合った。先生は少し寂しそうに微笑んだ。
初めて見る先生の左目は、真っ黒だった。
申し訳ないが正直ぞっとした。
真っ黒な目の中央に、乳白色の瞳孔が光っていた。
それは、人喰イの目だった。




