8消えた笑顔
こっちに近づいてくるのは誰なんだろう。
もしかすると屋敷のみんなはもうやられてしまって、最後に私たちが探されているとか?
そんなの怖い……でも、どんな奴だって、絶対にリュクスくんを守るんだ。
恐怖でぶるぶる震えながらもやってやるぜと、私は自分に気合いをいれた。
その時。
「……――様。リュクス様、いますか」
「っ、きゅ」
「と、ます?」
壁ごしに聞こえたくぐもった声は、知っている人のものだった。
「開けますよ」
すぐに隠れ穴の戸があけられ、視界が一気に眩しくなる。
どうやらもう日が昇っていたらしく、周りはとても明るい。
そんなに長く私たちはここに閉じこもっていたのか。
「あぁ、リュクス様。……よかった。いますね。遅くなってすみません」
「トマス?」
「きゅう」
「えぇ、俺ですトマスです。あぁ、お前も無事かシンシア」
トマスさんがリュクスくんの脇に手を差し入れ、抱かれている私ごと外へだしてくれた。
そのままぎゅうっと抱きしめてくれる。
「もう侵入者は全員捕まえましたし危険はありません。大丈夫ですよ」
床にリュクスくんをおろしたトマスさんは、目元を細めてリュクスくんの頭をなでる。
「よく言いつけ通りに避難出来ましたね。いい子です」
ついでに私の頭も「頑張ったな」と撫でてくれた。
乱雑だけどあったかくて大きな手に、私達はそろって安堵の息をはく。
もう大丈夫なのだと、大きな手がもたらす頼もしさにやっと実感ができた。
「リュクス様、怪我はありませんか」
「へいき」
「体調は? 酸欠で苦しくなりませんでしたか? 誰も来ませんでしたか」
同じ視線の高さにしゃがみこみ、リュクスくんの体に触れて異常がないか確かめるトマスさん。
そういう彼のほうがあちこち服が切られていて、血が滲んているところもあったりとボロボロだ。
「ぼく、だいじょうぶ。ねぇ、ははうえとマリーは?」
そういえばマリーさんはどこだろう。
彼女はいつもリュクスくんの近くにいた、乳母であり専属の侍女だ。
こんな騒ぎが起きたのなら。心配して絶対すぐに駆けつけてくれるはずなのに。
それにリュクスくんのお母さんも、こんな状況で子供を放っておく人じゃない。
「リュクス様……」
「ねぇ、どこ? ははうえは? マリーは?」
リュクスくんの問いかけに、トマスさんは気まずそうに言葉をつまらせた。
彼はなんだかとても苦しそうな、そして悲しそうな顔をしている。
その表情に私の胸がざわめいた。嫌な予感がする。
「っ、ち、父君であるウォーリィ様はまだ外出先からお帰りになっていないのでご無事です。今報せの早馬が手配されました」
それは知っているよ。
昨日から二,三日は帰らない予定だと聞いてたから、リュクスくんはさっきお父さんの名前はださなかったのだろう。
今この家にいる一番近しい人が、お母さんと侍女のマリーだったから聞いたのに。
それを交わしてまずお父さんの無事を伝えたことに、私は違和感を感じた。
その違和感はリュクスくんも同じくだったようで、今度は強くトマスさんに問う。
「トマス。どこ? マリーと、ははうえ。どこ?」
「………それ、は」
「おしえて、はやく」
「……」
「トマス……?」
トマスさんは何度か唇を開いては閉じを繰り返し、躊躇うような仕草をみせたあと。
意を決したみたいにひゅっと小さく息を吸い、一息に吐き出した。
「すみません。奥方のロゼッタ様と侍女のマリーは、侵入者に襲われ亡くなりました」
「…………………………え?」
「それと、警護の者が一人と、侍女が二人、下働きのものが二人、犠牲になっています」
「………きゅ」
「うそだ」
そうだよ。きっと嘘だよ。
お母さんとマリーさんが死んだなんて、信じられない。
きっと、きっと嘘……だよね?
「すみません、リュクス様」
「…………」
――――その日から。
いつだってニコニコ幸せそうな笑顔で周囲を和ませていたリュクスくんは、笑えなくなった。