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52淑女になります


 翌日、サラサさんはお父さんと話し合うことにした。

 二人は朝から長い時間部屋にこもり、ようやく出てきた時、彼女は泣いたのか目を赤くさせていたけれど、お父さん共々すっきりとした顔をしていた。

 


 そのあとに彼女が向き合ったのは、義理の息子であるリュクスくんだ。


「……ごめんね。もう意地悪なんてしないって誓うわ」


 サラサさんは腰を落として目線を合わせ、リュクスくんに謝った。

 そのすぐあと真っ赤になりながら、照れ隠しなのか少しだけぶっきらぼうに口を開く。


「それでね。わ、わたしを、リ、リュ……リュクスのお母様にしてくれるかしらっ!?」

「サラサははうえは、さいしょからははうえだよ?」

「っ……そ、そう……有り難う」


 一貫して、リュクスくんはサラサさんを二人目の母親として扱っていた。


 私なんて最初は『あんまり仲良くなりたくない人』として遠ざけようとしていたのに、彼はどれだけ冷たい態度を取られても変わらないままなのだ。

 すごく強くて、格好いいと思う。

 誉めたくなったので頭をいいこいいこと撫でまくっておいた。




* * * *



―――その日の夜。



「シンシア……寝ているか」


 リュクスくんと同じベッドで、くっ付いて眠っていた私の傍で誰かが声を掛けてきた。


「きゅう……?」


 まだ眠りはじめたところで、時間は真夜中だ。

 そんな中で起こされた私は、ぼうっとした視界の中、自分を呼ぶ声のほうに目を向ける。

 するとベッドを覗き込んでいたのは、マントを深くかぶり黒ずくめの格好をしたカインだった。


「きゅ……」


 え、どうしてここにいるの?


 怪しい黒ずくめのマント姿からして、もしかしてこっそり入って来たのだろうか。

 さすがに襲撃があった直後なので、この家の警備はだいぶ厳しい。

 きっとお父さんの許可はもらって入ったんだと思うけれど、それでもお忍びではあるのだろう様子だ。


 それを確認するために起きるべきなのだろう。

 でもまだしっかりと目覚められないぼんやりとした思考の中、さらにゆっくりと頭を撫でられて、余計に起きるのが難しくなってしまう。

 優しい手があったかくて、また瞼が下がっていく。


「襲われたと聞いて、ひと目無事を確かめに来ただけだ。眠っていい」


 ひそめた静かな声に、あぁそうか。寝ていいのか。とだけ納得した。


 繰り返し優しく、頭を撫でてくれる手。

 それがなんだかとても安心できて、私はまたすぐに夢の中へと意識を手放した。





* * * *



 朝が来て、起きた私は首をひねる。


「きゅ?」


 もしかして真夜中にカインがきた?


 ふわふわした夢みたいで、あれが夢だったのか現実だったのかがいまいち分からない。

 もし完全な不法侵入だったらお父さんに聞いたら騒ぎになるだろうし、私が寝ぼけてみた夢の可能性もあるし。


 今度カインに会った時に本人に直接きくことにしよう。

 



* * * *



「きゅう」


 サラサさんと和解して、ハイドランジア家はたいへんほのぼのした空気の家になった。

 おかげで私は心底リラックスして、ころころカーペットの上を転がりまくれる。 


 ころころ。


「きゅー」


ころころ。


「きゅきゅー」


 昨日はお出掛けで一日歩いてたし、色々たいへんだったから、なおさら今日はのんびりだらだらして体を休めるのだ。


 リュクスくんには勉強の予定が入っているのでここには居ない。

 サラサさんも奥方として 領地についてや親族の情報などを頭にいれるための勉強するらしい。


「きゅっきゅー」


 赤ちゃん竜な私だけが予定なし。

 ペットと呼ばれることに違和感はまだまだあるものの、この立場って本当に楽だ。

 ごろごろするの最高すぎる。

 

「きゅーう」


 はぁ、幸せ。

 

「シンシア様? ずっと寝転がってらっしゃいますが、どこか調子が悪いのでしょうか?」

「きゅ?」


 ころころ転がっている私のそばに膝を付けたのは、侍女のエルメールさん。

 今の私とリュクスくん専属の侍女だ。 

 だらけて寝てばかりいる私を心配してくれるなんていい人だね。

 キリッとした雰囲気で真面目な彼女には、このだらけっぷりが理解できないのかもしれない。

 だらだらしてるエルメールさんなんて想像もつかない。

 

 私は身体を起こして、四つ足で座り、元気に「きゅっ!」と鳴く。

 エルメールさんは体調不良ではなさそうだと安心してくれたらしい。

 笑顔になったエルメールさんは、そのまま話をはじめた。


「シンシア様。もし気が乗られたらの提案ですが、午後のリュクス様のマナーの授業、シンシア様もご一緒されてはいかがでしょうか」

「きゅ?」


 マナーのお勉強を私にもってこと?

 私、魔法のお勉強に一度目で挫折して以来、勉強らしい勉強はしてこなかったんだよね。

 魔法の才能なしのだめだめ竜なレッテルを貼られた私はずいぶん同情されているらしく、新たな勉強を勧められることも今までなかった。

 なのにどうして今?


「きゅ?」

「実は非常に目立つ洗礼の祝福を神から受けたことで、シンシア様へお茶やパーティーの誘いがたくさんきているのですよ」

「きゅ!?」


 そうだったの⁉︎


「病弱を理由にお断りしておりましたが、そろそろ限界でして。信頼のおけるところのお誘いに短時間で構いませんから顔見せ程度でも出ていただけると、たいへん助かるのです」

「きゅう!」


 なるほどなるほど。

 ハイドランジア公爵家には衣食住まるごとお世話になってるし、お茶会に出るくらい別にいいよ。と私はいい返事をした。

 綺麗なドレスきて優雅にやるお嬢様のお茶会って、ちょっと興味あるし体験してみたい。

 「きゅう」としか声は出なかったけれどきちんと通じた。

  エルメールさんは笑顔になって「有り難うございます」と頷いたあと、すぐに眉をさげる。


「そして……その…公爵家の名を背負って表にでるのでしたら、シンシアにはもう少し淑女教育が必要でして」


 つまり私には淑女らしさが足りないないということ?


「きゅ?」


 じとっと見つめ返してみると、そっと目線を逸らされた。 

 

「えぇと、ですから。人前にでるためにも、マナーと文字の読み書きや計算、歴史程度の基本的なお勉強をリュクス様と一緒に学んでいただけると嬉しいのです」


 なるほど。つまり私にはマナーと、その他色々なお勉強が必要であると。

 だからリュクスくんとのお勉強を勧めてたんだね。

 マナーかぁ……マナー……。

 私が子供な見た目なことを言い訳にして結構適当にしている自覚は、もちろんあるよ。


 赤ちゃん竜だからいいよね、とか。

 子供だからいいよね、とか。


 子供の体に引きづられて子供っぽいことをしている時もあるにはあるけれど、ストッパーが効かないのは大人だった頃があるからだ。

 この年頃なら何をしても「仕方ないなぁ」と笑って許してもらえるだろうというのが分かってしまうのだ。


 でもこの世界では洗礼を受けたら、表舞台に出る貴族社会の一員になるらしい。


 そして子供ということで甘く見て許してもらえる範囲が、私の常識よりも狭いようでもある。

 挨拶や茶会でのマナーなんかも、現代日本よりもずっと厳しく形式が決まっているのだろう。

 歴史や文字もなにも知らないし、ここでちゃんと学んでおかないと先々で困るのは確かに分かるのだ。



 それにサラサさんも、外向けにはもっとお姫様っぽい口調で話せるらしい。

 私は相手によって対応を変えられる器用さを、今の所持ち合わせてない。


 なにより常識や一般教養を自然にだせるように身に付けないと、大人になったときに困るのは分かるから。

 お勉強があまり好きでない私も、仕方ないかと頷いた。






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