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50騒動のあと


 このままだとダンさんに誘拐されてしまう!

 いやだいやだいやだー!


「やだってば!」

「このっ! 大人しくしろ!」


 聞くわけないでしょう!


「離して! へんたーい! 変態だ!」


 とにかく連れて行かれたくなくて必死に暴れていると、通りの向こう側からたくさんの足音と厳しい声が届いた。


「お前たち! なにをしている!」

「こんな白昼堂々と騒動を起こすとは! 何が目的だ!」


「っ!? 警備兵か……!」


 目を向けると、武装した人たちの姿があった。

 群青色の簡易鎧で統一された格好の彼らは、おそらくこの区画の警備を担当している一団なのだろう。

 騒ぎを聞きつけてくれたのか、それとも通行人の誰かが呼びに行ってくれたのか。

 とにかく彼らの登場のおかげで圧倒的な人数差での不利が解消された。

 統率のとれた動きで囲み、どんどんゴロツキは倒され、捕縛されていく。


 結局、何人かは逃がしてしまったものの、事態は拍子抜けするほどあっというまに収束したのだった。


「貴族の子の誘拐目的か!? その子供をおろせ!」

「くそ! ぐっ……!」


 私を抱え込んでいたダンさんも、逃げられないように囲まれる。

 さらに背後から頭を殴られて意識を失った。

 拍子にダンさんの腕からぼとっと落ちた私は、駆け寄って来たリュクスくんに抱き付かれた。


「シンシア、シンシア。いなくなったやだぁ。いっしょにいてぇ!」

「大丈夫だよ。ここにいるよ。ごめんね」


 道にへたりこんだまま泣き出してしまったリュクスくんの頭を撫でながら、捉えられていく男たちを呆然と見渡す。


「ダン……」


 縄で縛られ連れて行かれるダンさんの姿に、サラサさんははらはらと涙をこぼしていた。

 彼女を肩を抱くように、お父さんが引き寄せていた。



* * * *




 楽しかったお出掛けは、最悪な形で終わってしまった。


 騒動からの帰宅後、サラサさんは誰にも会いたくないと、部屋に閉じこもってしまったのだ。

 すこし解けかけたように見えた心はまた閉ざされてしまったのだろうか。

 部屋には誰も入れてくれない。

 


「きゅう。きゅーう」



 彼女はほかの誰にも話せないことも、言葉を話さない動物にはもらしてくれる。

 だから今は竜の姿になった私が、サラサさんのそばにいた方がいいと思うんだ。 

 人間になれるって知られたらめちゃくちゃ叱られそうだなぁと心の隅で思いながらも、私はきゅうきゅう鳴いて呼びかけた。

 リュクスくんは泣き疲れて眠ってしまって、今はお父さんが付き添っている。


「きゅ、きゅー!」


  開けてー! 開けてよー!

 何度も繰り返し大きな声をあげて、扉を爪でカリカリ引っ掻く。


「きゅう! きゅーう!」


 屋敷に響き渡るほどに大きな声で私は声をあげ続けた。


 そうしていると、小さくカチャという鍵を開ける音がして、扉がほんの少しだけ開かれた。

 私のしつこさが勝ったらしい。

 扉の隙間から身を滑り込ませると、その向こう側で膝をついていたらしいサラサさんにすぐに抱き上げられる。

 胸に抱きかかえられながら見上げると、彼女の目元はやはり真っ赤に腫れていた。

 ひとりぼっちで泣いてたんだね。


「……煩いわよ。頭が痛いわ」

「きゅう」


こんな時でも文句を言うサラサさん。

 でもぺろっと目の横を舐めると、サラサさんは鼻をすすりながら私を抱く腕に力が込もった。


「っ……ふ……」


 ぽろぽろ涙が落ちて、白い頬を伝う。

 抱かれている私の顔にも熱い雫が落ちてきた。

 舌を伸ばしてその涙を舐めとると、くしゃりと顔を歪めてさらに泣き出してしまった。


「ふ、ぇ……っ、ひっ…………っ!」





 ……――暫くして少し落ち着いてから、私はソファに腰掛けたサラサさんの膝のうえで話を聞く。


 話して、内に溜まったものを外に出すだけでも少しは気が紛れるだろうからと、私はしっかりと耳を傾けていた。

 目を真っ赤にはらしたサラサさんは、時々鼻をすすりながらも、ぽつりぽつりと話してくれる。


「……私は、ダンを裏切ったのかしら」


 あの時ダンさんが伸ばした手を、サラサさんは拒絶した。

 あんなに会いたいと言っていたのに。いざその時が来た時に彼を受け入れられなかった。

 そのことに罪悪感を抱いているのだろう。

 

「迎えに来て欲しいって、確かに何度も思っていたわ。でもね……でも、怖かったの。刃物をもって人を襲う人たちと一緒になっている彼が、怖かった」


 まぁ普通に怖いよね。

 私もあの人、怖いなって思った。

 なにかどす黒い、気持ちの悪いなにかに捕らわれているみたいな、とにかく嫌な気配がダンさんを取り巻いていた。


「なにがあっても誰かに暴行するような人じゃなかったのよ。誰よりも優しい人だった……花に触れる優しい手が一番好きだった。なのにどうして、あんなになっちゃったの?」

「きゅう」

「……私が、変えちゃったのかしら」

「きゅう」


 分からない。

 サラサさんを思うあまり、連れ去るためならどんな手でも使ってやるという考えになってしまったのかもしれない。

 でもそんな強引な彼を、サラサさんは知らなかったし受け入れられなかった。

 だから怖くなって、伸ばされた手を払い除けた。

 少しはリュクスくんやお父さんへ心も傾いていたからというのもあるのかな。



 この状況では、私はただの傍観者。

 サラサさんとダンさんと、お父さんとリュクスくんの問題で、ペットの私が何か言える立場じゃない。


 出来るのは、傷つき泣いている彼女の傍にただ寄り添うだけだ。


 それでも少しでも元気になって欲しくてそっと体を擦り付けると、サラサさんはまたポロリと涙をこぼしながら、優しく背中を撫でてくれた。



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