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 男がナイフをふりかぶり、お父さんの背中へと突き刺そうとする。

 見えてるのに、分かってるのに、私は硬直してとっさに動けない。

 なんて情けないんだろうと悔しさが噴き沸いた――――その時。



 ―――――シュッー!!


 真横から何かがすごい勢いで飛んできた。


「うわっ!?」


 それは男の手にしていたナイフを跳ね飛ばす。

 ナイフと一緒に地面に落ちたそれを見てみると、尖った氷の欠片だ。

 どうしてこんなのが飛んで来たの?

 不思議に思っていると、男の人が二人こっちへ走って来て、一人がナイフを振りかざりていた男を取り押さえた。

 もう一人の男の人は、お父さんへと向き直る。


「お怪我は」

「大丈夫だ」


 あぁ、この二人みたことある。

 公爵家お抱えの護衛の人たちだ。

 さっきの氷はこの護衛の二人のどっちかが魔法で出して飛ばしたものなんだろう。

 もしかするとこの護衛さんたち、今日ずっと人知れず付いて来て守ってくれてたの? まったく気づかなかった。

 私が一人で夜の散歩に出るときに付いて来てるらしい護衛もどこにいるのかまったく分からないくらいの気配の隠し方だし、この家の護衛はみんな揃って忍者なの?


「っ、び、びっくりしたぁ」

「ねー」

「でも無事に終わってよかったね」

「ねっ」


 味方が増えたことと安全が確保されたことでやっと動けるようになった私は、隣にいるリュクスくんと一緒にホッと胸をなでおろす。

 

 

 でも。


「うわ! なんだ!」


 わき道から突然、たくさんの人たちがなだれ込んで来たのだ。


「え、え、え、何!?」

「シンシア! こわいよう」

「何なのよ貴方たち! 失礼だわ!」


 私たちはあっという間に集団に取り囲まれてしまった。

 みんなこの閑静な商店通りにはそぐわない、ゴロツキといっていい粗野な感じの風貌だ。

 それぞれがナイフや棒などの武器を持ち、お父さんや護衛の人たちに一斉に襲い掛かってきた。


「やっちまえ!」

「ひゃはははは! お貴族様、身ぐるみはずしてやるぜ!」

「奪ったもんは自分のもんにしちまっていいんだってさ!」


 ゴロツキたちはニ十人以上いるだろうか。


「え、え、え、どうしよう」


 さすがにこちらの護衛二人ではまったく手が足りないのでは。

 周囲を歩いていた人たちは悲鳴をあげて散って行くが、私たちは囲まれているので逃げられない。


「シンシア、しんしあ」

「リュクスくん! わ、わ、わたしから離れないで!」


 リュクスくんの手を取ろうとした時、頭上から向かってゴロツキの堅そうな棒が頭から叩きつけられようとした。

 対抗できるほどの素早さも力もなく、びくっと身体を跳ねさせるだけだった役立たずの私だったが、護衛のひとが剣で払い防いでくれる。

 しかし畳みかけるように、次に違うゴロツキが背中から蹴りつけてくる。


「っ!」


 私の体はふっとんで、また違うゴロツキに体当たりした。


「シンシア様!」

「シンシア!」

「ぎゃははは! ざまあみろ! いい暮らししてるバチが当たったんだ!」

「っぅ……!」


 たしかに贅沢させてもらってるとは思うけど、こんな奴らに恨まれる筋合いはない。

 でももちろん文句を言う勇気はない。

 それ以前にぐっと足でお腹を踏みつけられて、息が出来ない。

 しかし護衛の人が氷魔法で男に氷の欠片を頭に叩きつけてくれた。ゴロツキは頭を抑えうずくまる。


「う、うあー!」


 た、助かった……。

 お礼を言おうと見上げた護衛の人は、氷の欠片だけでは満足していないようで悔しそうにしていた。


「くそ、数が多くて魔法を練る時間がとれないか……!」

 

 先生から前に聞いた話では、魔法はぽんぽん出るものじゃない。


 体の中にある魔力を練り上げ、使うものに合った魔法陣を展開して、見えない魔力を形ある魔法へと形成し直して、初めて発動する。 

 ようは使おうと用意し始めてから発動するまでに、タイムラグが発生するのだ。

 どれだけ早くても発動までに数秒は必要で、数の上で圧倒的に不利な状況な、次から次へと降ってくる暴行に応戦しながらの状況ではなかなかうまく魔法は使えないようだった。 

 


 魔法を練る時間が短くて済む小粒の氷程度を、たまの一撃に発動させるのがやっと。 

 大技で全員をまとめて一掃が出来ないことが悔しそう。

 お父さんも同じく、誰かから奪ったらしい剣を持って戦っているけれど魔法は思うように発動出来ないみたいだった。

 私はもちろん魔法も剣も使えないので、役立たずすぎる。

 せめてリュクスくんは護りたい。



 ……――でもこの人たち、どうして私たちをねらっているの?


 ただの追いはぎにしては、あまりに『私たち』をしっかり標的にしすぎている気がする。

 しかも人の多い大通りなんて、リスクが大きい場所で。

 


 私が考えている間にも、色んな人たちが入り乱れ、たいへんな乱闘が繰り広げられていた。

 もうごちゃごちゃで、周りの店の窓なんかも割られてしまっている。

 私は護衛にかばわれつつリュクくんと寄り添い合い震えているしかない。

 殴り合い、血みどろになる男たちの姿は、平和に生きてばかりいた私にとってはものすごい衝撃的なものだった。

 それはリュクスくんも同じらしく、二人揃って涙目だ。


 そうやって寄り添いあっていた乱闘の中。


「きゃ!」


 すぐ後ろにいたサラサさんの悲鳴なようなものが聞こえてそちらをむくと、彼女は誰かに腕を掴まれていた。


「サラサ!」

「……ダン?」


 サラサさんは、びっくりした顔で男の人を見ている。

 

 ダン……って、たしかサラサさんの恋人の名前だよね?

 失踪したって聞いてた人が今ここにいて、サラサさんの腕を引っ張っている。


「サラサ! さぁ今のうちだ! 俺と行こう!」

「え……」


 もしかしてこの騒ぎ、ダンさんがどさくさに紛れてサラサさんを浚うために起こされたもの?


「サラサ!」

「サラサ様!」


 お父さんと護衛の人たちがサラサさんに手を伸ばそうとするけれど、別のゴロツキに立ちはだかれ襲われ、届かないみたいだった。 


「ははうえ……」


 私に抱き付いているリュクスくんが小さく囁いたのが聞こえた。


 


 ―――サラサさんの腕をつかむダンさん。

 浅黒い肌にたくましい体つきで、庭師と聞いていた職業が確かにあいそうな容姿だった。


 この混乱している中だ。

 今、二人で急いで逃げれば確かに抜け出せるだろう。

 たぶんこのゴロツキたちがそもそもがダンという男が雇ったか頼んだかで手配して、サラサさんを連れ去る隙を作らせたんだろう。

 そうでなければ、このタイミングでのダンさんの登場はおかしすぎる。


 サラサさん―――いっちゃうのかな。


 このままダンさんについて行けば、サラサさんは好きな人と一緒になれる。

 少しだけ仲良くなれた気がしたから寂しいけれど、このまま送り出すのが彼女にとっての幸せなのかもしれない。

 

「やだ!」


 でも、ことのほか大きな声が通りに響いた。

 サラサさんが彼の手を振りほどいたのだ。

 ダンさんは信じられないと言うように大きく目を見開き、サラサさんは真っ青な顔をして震えている。


「い、行かない。やだ、いやよ。今のダン……怖いわ。どうしたの?」

「……どうも……どうもしない……」

「変よ! こんな……こんなことする人じゃなかった! 人を傷つける人じゃ無かった!」

「俺は……かわ…らな、い……」

「違う! 違うわ! 貴方はダンじゃない! 違う……!」

「……………」


 サラサさんに拒絶されたダンさんは、怒るでも悲しむでもない。


「……そう…か……」


 なぜかスッと、一切の感情をなくしてしまったような顔になった。

 瞳から光が消えていく様子を、私は初めて見た。

 そうして彼はうつろな瞳を、ゆっくりと周りへと移していった。


 あ。


 伺っていた私と、バチッと目と目があってしまった。


 その瞬間。

 ダンさんの全身から、ぶわっと黒い靄が放たれた。


「え、何あれ。なにか気持ち悪い……」


 とっても気持ち悪い黒い何か。

 触れてはいけない何か。

 それがダンさんを取り巻いている。

 

「……ミツ、ケタ」

「え?」


 次の瞬間、私はダンさんに抱え込まれていた。

 ダンさんはそのまま、私を連れて行こうと集団に背を向けて歩き出した。


 え、私誘拐されちゃう!? 

 

「どうして私!? 離してよ!」


 目的はサラサさんのはずだったのに、どうして私が誘拐されかけてるの!?

 ゴロツキたちは護衛やお父さんの間に入り、近寄れないように団結して動いているようだった。


「シンシア!」


 リュクスくんが手を伸ばしてくれたけれど、届かない。

 しかも邪魔者みたいにダンさんに蹴られて後ろへ転げてしまった。

 サラサさんが受け止めてくれたことで、頭は打たずにすんだみたい。


「やだやだ、離して!」


 連れて行かれたくない。

 でもダンさんは抱え込んだ私を離さない。

 私は、リュクスくんと一緒にいるってもう決めたのに。

 今は彼の傍にいたいのに。


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