48おでかけ
「おっでかけおっでかけ」
「うっれしいなー」
私とリュクスくんが手をつないでご機嫌に歌い歩き。
「いい天気でよかったなぁ」
「ふん」
少し遅れて、つんと澄ましたサラサさんとのんびりした様子のお父さんがついてくる。
――――場所は王都中心部。
綺麗に舗装された白い石畳の大通りで、私はうきうき気分でまわりを見渡した。
いかにも外国っぽいパステルカラーな、色とりどりの可愛い建物。
道行く人の髪はカラフルで、ほとんどは人間だけれど時々耳や尻尾が生えた獣人と呼ばれる種族もいる。
並ぶ店はアクセサリー店や時計店、レストランに生花店、劇場などなど。
中には魔法道具や魔術書の専門店もある。
裕福な人向けのエリアなので、清掃もいき届いているみたい。
天に昇るは二つの太陽。
屋敷に閉じこもっていてばかりだと分かりにくい、ファンタジーな世界が広がっている。
これでウキウキせずにはいられないじゃない。
私たち、今日はここに家族でショッピングにきたのだ。
せっかくのお出掛けだし、リュクスくんとサラサさんとお父さんの家族水入らずでゆっくりしておいでよと勧めたのだけれど、リュクスくんの強い要望で結局一緒にくることになった。こんなに楽しそうな場所だとは。来てよかった。
「ふふ」
「シンシア、にこにこだね。おかいものすき?」
「すきー。たくさん見てまわろうね!」
公爵家には出入りの商人がいて好みに合わせたものを持ってきてくれるけれど、持って来れる量には限りがある。
専任の服飾品を作ってくれる職人さんもいるけれど、それとは違う人の作品ももちろん気になる。
たまには店いっぱいに飾られたリボンやアクセサリーから選んだり。
行き交う同年代の女の子のファッションをチェックしたりも楽しいししたいよね。
「好きなものを買ってあげるよ」と言うおとうさんのお誘いに釣られただけあって、サラサさんは品定めをする目がまるで狩り人のような鋭さだ。
いつもドレスもアクセサリーも凝ったものを身に付けているし、髪型も毎日変えているからお洒落が大好きな子なんだろう。
そこにはお父さんも気づいていたらしく、お出掛けの場所にここを選んだのは流石だと思う。
「サラサ、今日はいつもにもまして可憐な装いだね。とてもよく似合っていて、こんな妖精のような女性を隣にして歩けるなんて光栄だよ」
「ふ、ふんっ。当たり前よ。外に出るんだから、なおさら他の子に負けた格好なんて出来ないもの!」
「どの女性よりも素敵だよ」
「っ……!」
キザなお父さんの台詞に、サラサさんはぷいっとそっぽを向いたけれど、口元がにやけてる。
お父さんってばおだて上手。
「シンシアもかわいいよ」
リュクスくんもお父さんのマネなのか私を誉めだした。
「有難う。でもリュクスくんのほうが絶対かわいいから」
「かっこういいがいい」
「それにはもうちょっと年月がいるかなぁ」
ふわふわおっとりな美少年は、いつだって眺めて幸せになる可愛さだ。
今日はお出かけとあってよそ行きの恰好なのも、見ていて微笑ましい。
私ももちろんおしゃれしていて、高く結んだツインテールは強めに巻いてもらっての縦ロール。
着ているのはクリーム色の総レース生地のドレス。
足元は真っ白なストラップシューズに白いソックス。
いつもの被るだけでオッケーなワンピースと違って、こういうきちんとしたドレスは動きやすさが劣るけど、たまにする思いっきりお姫様感のある格好はウキウキする。
思わずスキップを踏んでしまうくらいにはご機嫌だ。
「ぼくも!」
おっと、リュクスくんにはむずかしかったらしい。
マネしてあとからスキップしてきてるけど、スキップにはなってない。
仕方ない、私が指南してあげよう。
「こうだよ! こう! もっと軽やかに!」
「こう⁉」
「おしい! こう!」
華麗なスキップを指導しつつ進んでいく。
しかしちょうど本屋さんの前に来たところでリュクスくんが立ち止まり、お父さんを振り返った。
「ちちうえ。ぼく、ほんがみたいです!」
「はいお父さん! 私はヘアアクセサリーがほしいです! 可愛いのはいっぱいあるけれど、普段使いのシンプルなのがもういくつか欲しい!」
リュクスくんのおねだりに私も乗っかる。
子供ふたりのおねだりにお父さんが了承し、サラサさんへと言う。
「サラサは? 何がほしい?」
「もっちろんジュエリーよ! 好きなものを買っていいんでしょう?」
「せっかくの機会だからね。気に入るのをさがすといいよ。無ければオーダーしても構わない」
「やったぁ!」
王族に連なる公爵家。
ジュエリーの一つや二つ、新しい奥さんに喜んでもらえるためならためらわないのだろう。
そうして私たちは、本屋を皮切りにして色んな店を家族で回った。
私が買って貰ったのは可愛いヘアピンとリボン。
リボンは色違いで三本だ。端に公爵家の家紋を刺繍してもらう事になったので後日お届けされる。
リュクスくんは竜の姿の私用に首輪を欲しがったけれど却下した。
ペットだけど首輪はいや! お洒落なやつでもいや!
* * * *
しばらくショッピングしたあとに入ったのは、お父さんが手配してくれていたレストラン。
楽団の生演奏が流れる、豪華な空間で、ゆったりとお昼ごはんを食べた。
デザートはフルーツがたっぷりのったクレープ。
綺麗に飾り付けられているのが嬉しい。
自分で同じ材料で同じものをつくったって、センスの問題なのかこんなにおしゃれできれいな一皿にはなってくれないのだ。
「おーいーしー!」
私とリュクスくんは大はしゃぎだ。
「まぁまぁね……」
サラサさんもお父さんセレクトのお店が気に入ったらしい。
私たちと一緒にデザートをお代わりまでしていた。
普段は好き嫌いが激しいリュクスくんも、環境が違うためか進んで食べてくれて嬉しかった。
「楽しかったねぇ。リュクスくん、疲れた?」
「ちょっとだけ」
「そろそろ帰ろうか」
気が付くとあたりはもう夕暮れ時。
視界いっぱいが橙色に染まって、影が長くのびていた。
買いものしたものは店から屋敷に送ってもらうので、私たちは身軽なまま、通りのはずれで待機してくれている馬車に戻るだけだ。
リュクスくんが特に気に入った帽子だけは、被ったまま帰るらしい。
私は歩きつつも振り返り、お父さんをにっこり笑顔で見上げた。
「お父さん! 今日はありがとう!」
「いいや。私も久しぶりにゆっくりと楽しい時間がとれて良かったよ」
そんな会話を交していた時、ちょうどお父さんの後ろから、男の人が歩いてきた。
コートをはおり、帽子を深くかぶった大柄な人だ。
「あ、お父さん。うしろ……」
むこうが避ける様子がなかったので、お父さんが一歩横に動いた方がいいかなと思って、私は声を掛けたのだけれど。
その前に、男の人がコート懐から何かを引き出した。
夕焼けに照らされキラリと光るそれは、鋭いナイフ。
……え?
びっくりした。
瞬間に、声がつまった。
私はつまる喉を急き立てて、どうにか喉の奥から声を引きずり出そうとしたれど、それよりもずっと早くに男は躊躇なく、素早くそのナイフを持った手をお父さんへと振りあげた。