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47嫁いだ先は



――サラサ視点――




 最近ずっと、考えていることがある。 



 ただ考えても考えても答えはでなくて、堂々巡りだ。



「ん……朝か……」


 政略結婚させられて一月半たって、また朝がやってきた。 


 私はまだ少し見慣れない天井を見上げつつ、ベッドの上で伸びをする。

 身体を起こして隣をみると、そこで眠っていたはずの公爵家当主である夫は、私が起きるよりずっとはやく仕事に出ていったらしくもういない。

 夜ご飯を子どもたちと一緒にゆっくり食べ、寝室に入るまでのひと時を家族で過ごせるように、早めに動いているらしいと最近知った。

 

 つい、無意識に溜息がもれた。


「……また、何もされなかったわね」


 見下ろした自分のネグリジェにも、シーツにも乱れはない。

 結婚してそれなりに経つけれど、私はいまだ身ぎれいなままだ。

 夫となった人には『気持ちが整うまで、いつまででも待つよ』と優しい笑顔で言われてしまった。


 公爵様は、私が好きな人がいると知っているのに黙って許してくれて。

 私がひどい態度をとっているのに迷惑な顔一つみせず受け入れてくれる。

 とても大人な人なのだと思い知らされると同時に、自分の未熟さを突き付けられてるみたいで少し心地が悪くなる。


 貴族の義務。役目。責任。

 そこから逃げて好きな人のところに行きたいなんて言う自身が、本当に我儘なように感じてしまう。


 いっそのこと嫌って追い出してくれたらいい。お父様に恥をかかせてやりたいと取っていた態度が、ひどくむなしい。


「はぁ……この家、本当に居心地が悪いわ」


 ――コンコン。


「サラサ様。失礼いたします」


 侍女の一人が朝の紅茶を乗せたワゴンを運び入れてきた。 

 黒髪を丁寧にまとめた三十歳前後のマリアは、初日に私室への案内を命じた縁からか、自然と私付きの侍女になっていた。

  

「どうぞ」

「有り難う」


 渡されたカップには砂糖たっぷりのミルクティー。

 茶葉はドイル地方で採れるアッサム。

 私の好みをしっかり把握してくれている彼女は、流れるような動作で礼をして、ついで寝室のカーテンを開けてくれる。


「今日はお天気が良いですから、少しだけ窓を開けさせていただきますね。心地良いと思いますわ」

「えぇ」


  すうっと爽やかな風が入って来て、起き抜けのぼんやりしていた頭を冷ましてくれる。

  

 窓の方へ目を向けると、広がっているのは青い空。


 海に面していた土地の高台に建っていた実家では、起きてすぐに開いたカーテンの向こう側には眼下に広がる町と、そして真っ青な広い海が広がっていた。

 それから下をみると、屋敷の庭には朝から植物の手入れをしている彼がいた。

 私が窓から顔をだすと、手をとめて顔をあげ、太陽の下が似合う明るい笑顔でおはようの挨拶をしてくれるのだ。


 あの瞬間が、一日の中で一番すきだった。

 窮屈なあの家で、唯一といっていい程に安らげる時間だった。

 私に笑顔をくれる唯一のひとが庭師のダンだった。

 だから癒しをもとめて、彼の元に通ったの。

 彼に依存してしまったの。


 ――――でも。


 このハイドランジア公爵家には、『優しさ』がたくさんある。

 ダン以外いなかった実家とはまるで違う。

 みんなが優しい。


「こんなに優しい家だなんて、」


 どこの家も同じだろうと思っていたのに、私の生家よりずっと位の高くてお金持ちなはずの公爵はあたたかかった。

 女は家の繁栄のための道具として育てるものという考えの生家とはまるで違う。

 貴族としての役目を果たしつつも、幸せになれるようにという優しさがちゃんとある。

  ここは、厳しいばかりのお父様に支配されていたあの家とはまるで違う。

 

「ここが、私の居場所になったなら……」


 きっと凄く幸せで、心地の良い毎日を過ごせるのではと想像してしまった。

 

「っ……」


 想像すると同時に、ズキリと胸が痛む。

 これは恋をした人への罪悪感だ。

 自分だけ心地のいい場所にきてしまってごめんなさいと、苦しくなってしまう。


「――――まだ、切り替えられないの」


 過去の恋に区切りがつけられない。

 だからあの人を夫として受け入れられない。

 

「私は、貴族の娘。平民とは一緒になれない」


 最初から知っていたこと。

 それでも想像してしまった叶わない未来。

 そんな夢みたいな初恋なんて忘れてしまって、今ここにある優しい人たちばかりの場所に溶け込めば幸せになれるはず。


 でもあまりに突然に引き裂かれてしまって、気持ちの切りの付け方がわからないの。

 目を瞑ると浮かぶのは、太陽の下でくしゃりと笑うダンの姿だから。

 せめてお別れを言いたかった。


「……ぁ」


 ポトリ、と持っていた紅茶に涙が落ちて、水面に波紋が広がる。

 泣くつもりなんてなかったのに、いつの間にか目は涙でいっぱいになっていた。

 私は慌てて片方の手でぬぐって、嗚咽を噛み殺す。



 もうすぐ使用人が着替えと顔を洗うお湯を持って部屋に戻って来てしまう。

 それまでに、この涙は止めなければ―――。

 


* * * *





『ドコダ、ドコダ』


 ――――歴史から抹殺された王の悪しき亡霊は、王都の町を彷徨いつづける。


『ワタシノ、キサキ』


 かつて消えてしまったと思っていたのに。


 同じ気配のするものが、現れた。


 魂の眩さに、目覚めずにはいられなかった。

 しかしこの体のない身では、不便すぎる。

 彼女のもとに向かう為のカラダ。

 ふさわしいカラダが必要だ。

 

『……?』


 亡霊は、彼女のいる方向に向かう憎悪を持った体をみつけた。

 これをもらおう。そう決めた。



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