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46たいせつな時間



「…………思ったより、はやく落ちつきそうだな」


 あっという間に一週間がたち、またおとずれた花の日。


 赤い屋根の屋敷で、いつも通りお酒をいただく私はこの一週間の出来事をまたカインに話していた。



 内容はもっぱらハイドランジア公爵家の後妻さんについて。

 ただ愚痴を吐くのに付き合ってもらってるともいえるけれど、カインは嫌な顔せず聞いてくれる。

 若いのに出来た子だよね。

 しばらくそんな時間を過ごし、私の話を一通り聞いたカインから、「落ちつきそう」という意見がでたことに、私は首をひねった。


「そうかな。相変わらずサラサさんはツンツンで、公爵家はギスギスしてるよ?」

「だが頑なさは揺らいでるんだろう」

「ほんのちょっとだけ」

「少しでも虚勢が崩れればあとは早いものだ。あの家は本当に毒気の無いほのぼの全開の家だからな。どれほど嫌な政略結婚でも、そのうち『こういう人生もいいかも』に考えが変わるのは分かり切っていた。シンシアもそうだろう?」

「う……そういえばそう……かも」

 

 グラスをかたむけ、赤ワインを口に含みつつ頷く。

 

 私も、最初は絶対に飼われてなるものか! 絶対にこの家の子になんてならない! って思ってたんだよね。


 人間の家じゃなく、外で自由に生きたいって。

 けれど居心地が良すぎて、『もうこの家の子になってもいいかな』って、すぐに迷い始めた。

 もちろんずっとここに居るつもりはないけれど、リュクスくんが独り立ちするまで位はのんびり腰を据えてもいいかなって。

 お母さんとマリーさんが亡くなったのが一番のきっかけではあるけれど、あの事件がなくても結局はしばらくこのままでいいや、と公爵家に落ち着いてしまっていただろう。


 それくらい、居心地のいいあったかい家庭なんだ。


「………サラサ嬢の恋人のダンはいまだ行方不明。このまま消えてくれれば、幸せな家庭が出来あがるのだが」

「うん……」


 このままゆっくりと時間をかけてサラサさんの心が解き解されて、公爵家に染まってくれればいい。

 それを崩すかもしれないダンさんには、なるべく出て来てほしくない。


「一人で傷心の旅にでたとかだといいなぁ」


 そんなことを呟きつつ、私は燻製ナッツを摘まんで口に放り入れる。


 強めに燻製されたアーモンドは、鼻からふわっと独特の風味が抜けていくのがたまらない。

 ほのかにまぶされた塩味が跡を引き、ワインがぐいぐい進んじゃう。


「はぁ、美味しい―――ん?」

「ほら、食べろ。気に入ったのだろう」


 とつぜんカインがナッツを口元に近づけてきた。

 良く分からないけれど、口を開けて食べておく。


「どうだ」

「美味しい」

「ふはっ」


 なんだかとっても楽しそうに吹きだされた。

 さてはちょっと酔ってるね?

 顔がほんのり赤くて目もうるんでる。

 カインはまたナッツをつまんで、楽しそうに私の口に入れる。

 酔っぱらいに逆らうのも面倒なので、私はおとなしく口を開けた。


「ここは王子様の手ずから食べさせていただくなんて、と普通は恐縮する場面だぞ?」

「カインに恐縮? ないない。あり得ない」

「……本当に、身分も立場もなにもなく対等な相手としてここに来てくれてるんだな。こんな関係を築けるのは、シンシアとくらいだ」

「ええ? 私だけなことないでしょう。お城にも神殿にもいっぱい人いるでしょ。気が合う人いないの?」

「味方はいるが、仕えてくれる臣下だ。対等な関係には決してなれない」


 カインは今度は寂しそうに笑う。

 そっか、王子様って大変なんだね。


 彼があまりに寂しそうな笑顔だったから、私はつい小指をカインの前に突き出した。


「……じゃあ、約束するよ」

「うん?」

「どこでもいつでも、何年たったとしても、私はカインと対等な友人だって約束。指切りげんまん」


 カインの金色の瞳が、ゆっくりと見開かれていく。

 そんなに驚かせることを言ったかな?


「どこでも……周りに地位に煩い者がいても?」


 そんなの不敬になるぞと暗に言われているのだろう。

 確かに、怒られる場面もこれからでてくるかもしれない。

 でもそれは、彼に対してはしてはいけない気がした。

 少なとも私だけは、いつも同じ私で接するのがいいような気がなんとなくして、それを望まれてる気もして、だから私はにっと笑って、少し不安そうなカインの視線を跳ね返した。


「大丈夫! 竜の赤ちゃんには人間の地位なんてわかんなーいって顔してればいいじゃん!」

「―――っふは! ははははは!」


 声をだして笑ったあと、カインは小指を伸ばしてきて私の小指と絡め合う。

 こうして私たちは、ずっと対等な友人でいることを約束しあった。


 絡まったままの小指を嬉しそうに見ながら、カインはつぶやきを落とす。


「―――まぁとりあえずは『友人』でいいか」

「え、なんて?」


 言葉の意味がよく分からなかったので聞きなおすと、カインは笑いながら首を振る。

 そのまま小指を解いてくれることなく、彼は他の指と指も絡ませあってきた。

 握り込んだ私の手を、自身の頬に当ててふにゃりと笑う。

 酔いもあってか、空気がとても柔らかい。

 本当に嬉しそうな笑顔だから、離して欲しいなんてとてもいえなかった。


「シンシアと一緒にいるとととても落ち着く。毎週のこの時間がとても好きだ」

「あ、有難う。私もいつも楽しいよ」

「…………。……人間の世の地位や血筋なんて関係なく、自身を真っ直ぐにみてくれる相手―――先祖の竜妃への固執が、少し分かってしまうな。そしてサラサの、とめようのなかった気持ちも、前よりずっとしっかり想像できてしまうようになってしまった……困ったな」

「ふ、ふーん?」


 私はきょとんとした顔を作って、ただ首をかしげるだけにとどめた。

 そうやって場を誤魔化した。



 でもね――――こんな見た目でも元は大人ですから。



 カインが含んだ言葉の意味を、本当はちゃんとわかってるよ。


 友人以上の関係を、彼は考えてしまったんだろう。


 でも今、酔いに任せてもらされたこの台詞には分からない顔をしているべきだと思ったし、彼もそうして欲しいのだろうと察したから。

 


 私たちは友人だけど、竜と人だ。


 この隔たりを超えることは、きっと出来ない。


 するつもりもない。





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