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45人の心はうつろうもの



 カインからサラサさんの恋人が失踪したことを聞いた後からも、特に日々は変わらず過ぎていく。


「おにわのおはな、きれいです」

「行かないわよ」

「じゃあいっしょにおうた、うたいましょう」

「歌わない」


 サラサさんはいつも通りぷんぷん怒っていて。

 リュクスくんはまったくめげずに追っかけている。


「サラサははうえ」

「だから! ははうえって呼ばないでって! もう、邪魔!」


 ――――バンッ!


 廊下でサラサさんを追いかけていたリュクスくんは、目の前で勢いよくドアを締められてしまった。

 びっくりしたのか立ち尽くす彼に、私はそろそろと声を掛ける。


「リュクスくん、大丈夫? もう放っといてもいいんじゃないかなぁ」 


 わざわざ刺激しに行かなくてもいいと思うんだけど。

 でもリュクスくんは首を縦には降らなかった。


「ぼくね、なかよしがいいの」

「それは素敵な考えだと思うけど、何回も断られてるでしょう。嫌にならないの?」

「ほんとうは、ちょっとかなしい」

「だよね」

「でも、なかよしがいいから」


 リュクスくんはすごく『仲良し』にこだわってる。

 世界にはいろんな人がいて、意見が合わない人も、無差別に人を傷つける人もいる。

 全員と仲良しなんて到底無理な話だ。

 そこまで彼が分かっているのかは分からない。

 頑張ればみんなお友達になれるものだって信じているのかも。


「がんばる」


 そう言って、きりりと眉をあげてやる気に満ちた顔を見せてくれた。



 このやる気が―――ちょっと、心配。



 リュクスくんは、「野菜が嫌だ」「勉強がきらい」と、すぐに泣く子。


 でも本当に悲しくてしんどいことに関しては、我慢しちゃっうって知ってるから。

 夜に寝ぼけてお母さんを呼んで泣くのはあるけれど、昼間に起きているときにはいっさいお母さんを恋しがらない。

 周りが心配するからかなぁ。ずっとにこにこの笑顔でみんなを和ませているんだ。


「無理しないでね」


 別に、仲良くできなくても私はいいと思うの。

 悲しければ泣けばいいの。

 嫌いなら嫌いっていっていいの。


 そう伝えるのだけどリュクスくんはどうしても仲良しになりたいらしく、やっぱり笑顔で「サラサははうえ、いちごすきかなぁ」なんて、次にサラサさんを釣れる作戦を考え始めるのだった。



* * * *





 一方、リュクスくんを拒絶してばかりのサラサさん。



 彼女はリュクスくんだけでなく、使用人たちにもお父さんにもツンツンしている。

 でも夜の人目の付かない時間になると、警戒心は解けて普通の女の子にもどるのだって、私だけは知っている。

 ずっと怒ってるのって疲れるもんね。



「あら、抜け出してお散歩? 悪戯っ子なのね」


 リュクスくんが眠ったあと。

 夜の散歩に出ようとした時、廊下で出会った私はまたサラサさんに攫われた。

 どうやら私は彼女のお気に入りのペットになってしまったらしい。

 そのまま部屋に連れ去られ、椅子の上で抱き込まれて独り言を延々聞くのがいつもの流れだ。

 

「貴方の艶々な鱗を撫でていると、ちょっと落ち着くのよね」 


 ずっと気を張っている彼女にとってのつかの間の安息の時間だって分かるから、私は大人しくしていてあげる。


 今日もしばらく撫でられ、抱かれ、頬ずりされるひと時を過ごした。

 しかしそこで……ぽつりと、声が落ちてきた。


「……この家は、温かすぎるわ」

「きゅ?」

「どうしてあんな態度をとってる私に皆やさしいわけ? どうしてあの子はにこにこ笑えるの?」

 

 あの子とは、おそらくリュクスくんのことだろう。


『いっしょにおやつをたべよう』

『おひるね、する?』

『おさんぽ、いこ?』

『これおいしいよ』

『ごほんよもう?』


 どれだけ断られても家族になりたくて、がんばるリュクスくん。

 その頑張りは無駄じゃ無かったみたいで、サラサさんの桃色の瞳は今たしかに揺れていた。 

 元々が悪い人じゃないから、何度も何度も突っぱねた対応をとることに罪悪感も抱き始めているのだろう。


「こんなの、困るわ。私、絶対にほだされないって、決めてここにきたのに」


 おぉ、固く守っていた心の壁が、リュクスくんのめげない笑顔に崩されかけている?


 ちゃんと届いていて、揺れている。やったねリュクスくん!


「う、裏切りになっちゃうのに」


 裏切りって、好きな人に対して?

 ふとよぎったのは、サラサさんと恋仲だった人が失踪しているという話。

 彼はサラサさんを取り戻しにくるつもりなのだろうか。

 それにサラサさんはついて行っちゃう?

 

 この家で、リュクスくんとお父さんと家族には、本当になってくれない?

 もうしばらくの時間をかければ、家族になれなくなくはないとも思うのだけど。

 

「どうしよう」


 サラサさんは、ぽろぽろ泣く。

 前の家で大切だった人と、今、ゆっくりと家族になりかけている人たちの間で揺れている。

 竜のシンシアな私の前だと、彼女はとても泣き虫になっちゃう。

 私は何もいえず、ただ傍にいる。

 そうしてしばらく、彼女が落ち着くまで寄り添いまったあと。

 ふと、鼻をすすりながらサラサさんは思い出したよう呟いた。

 

「……っていうか、この家の子どもって男の子一人よね。たまに一緒にいるやたらと綺麗な子って誰よ」

「きゅっ」



 私です。


 未だにサラサさんに竜の私と人間のシンシアが同一人物なのだと言えてない。

 だってサラサさんは人と会話をしないんだもん。

 お父さんともじっくり話してはいないんだろう。

 話す機会がないんだよね。

 それに彼女が誰にも見えない弱いところをたくさん見てしまった以上、ちょっと言いにくい。

 言葉を話せない竜だからこそ、教えてくれたんだろうし。


「きゅう!」


 とりあえず、可愛く鳴いてほっぺをぺロペロして誤魔化しておこう。

 




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