42政略結婚
カインといいサラサさんといい、どうして尻尾を掴むんだろう。
腕とか足でいいじゃないか。
まぁいちばん掴みやすい形をしてるのは否定できないけど。
振り返ると、同じ視線の高さの彼女はじーーっと顔を近づけてきた。
「ふぅん。本当に竜なんだ」
ものすごく近くから、私を見つめるサラサさん。
その表情はやっぱり不機嫌そうで、険しく眉間にしわがよっている。
綿菓子みたいな可愛い容姿なのにもったいない。
笑ったらとても素敵だろう顔は厳しいまま。
尻尾を掴まれている私は、逃げられないで声を上げるしか抗議の方法がなかった。
「きゅー! きゅ、きゅうっ!」
「ちょっと、静かにしなさいよ。私が虐めてるみたいじゃない」
「きゅっ!」
違うなら手をはなして。
どう考えても好意的な目じゃないでしょう。
「もう、煩いってば!!」
大きな声にびくっと身体が跳ねてしまう。
身体の大きさの差的にどうしても私は彼女にはかなわないから、不機嫌な雰囲気のままで怒鳴られてちょっと怖くなってしまった。
あぁ、サラサさんの目元がさらにきつくなった。
この子、やっぱり私が気に入らないんだ。
もしかしなくても私をや……やるつもりなのか。
この尻尾を掴んでぐるぐる振り回して、虐めてくるつもりなの⁉
それともこの艶やかできれいな鱗に、落書きでもするつもりなの!?
「……なによ」
手が伸びてきた、さらに緊張した私のほっぺに手が添えられる。
「なによなによ! 可愛いなんて思って無いんだからね!」
「……きゅ?」
あれ?
もの凄く怖い顔をしながら、なんだかちょっと可愛いことを言われてしまったね。
きょとんとサラサさんを見上げると、彼女はバラ色の唇をへの字に曲げて頬を膨らませていた。
「ふん! まん丸な体型も小さな翼も、きゅうきゅうって鳴き声も、別に可愛くないけど! けどけど!」
そう言いながらも、手ではずっと私の頬や頭をなでなでしてくる。
「ふんふんふん! 竜を飼うなんて羨ましいなんて、まったく全然思って無いけど!」
抱き上げられて、ぎゅーっと胸に押し付けられる。
頬を摺り寄せてくるサラサさんのくちもと顔は、いつの間にか緩んでいた。
「あーもう! ちょっと来なさいな!」
ふわふわの胸に抱かれたまま、私はサラサさんに連れられて行く。
抱っこする手は優しくて、全然逃げられるくらいの力加減だけど。
なんだか意外にも優しく扱ってくれる手が心地よくて、私はそのまま彼女の私室に連れられていったのだった。
* * * *
「よし、ここなら絶対誰にも見られないわね?」
扉を閉めて、誰の目にも映らない、耳にも入らないようになってやっと。
彼女は本音を吐き出した。
「あぁぁぁ可愛い可愛い可愛い。竜の赤ちゃんってこんなに可愛いのね! 成竜は大きくて牙も怖くて食べられそうで近づけないのに、赤ちゃんだとこんなに可愛いなんて反則だわ!」
なんだか興奮した感じで撫でまわしてくる。
すごく撫でられてる。
頬をすりすりされて、うっとりと全身眺められて、爪の小ささに歓声をあげられた。
「きゅう」
「わ、竜石って本当に綺麗なのね」
楽しそうな様子で言う彼女は、そろそろ興奮も落ち着いたらしい。
私を膝に乗せて、楽しそうにしている。
頭を撫でてくれるのは優しい手。
乗っているあったかくてふわふわな太ももは心地よくて、私はいつの間にか丸まってそこに収まってしまった。
そうしてうっかりウトウトしかけた時。
私の背を撫で続けてくれていたサラサさんが、ぽつりと言葉を落とした。
「……こんな結婚、したくなかったわ」
声は、小さく震えていた。
思わず見上げると、ぽとり、ぽとりと大粒の涙が落ちてくる。
「きゅ……」
起き上がって背を伸ばして涙を舐める。
サラサさんは桃色の瞳を瞬いたあと、またくしゃりと顔を歪めた。
本格的に泣き出されてしまった。
ど、どうしよう。
涙がぼとぼと私の顔におちてくる。
最初はなんて態度の悪いやつなんだと思っていたけど、ツンデレな様子は可愛かったし、何よりこんなに泣かれてしまうと困ってしまう。
そもそもどうして泣いてるの?
なにが悲しいの?
困惑する私に気付いているのかいないのか、サラサさんは涙をぽろぽろ落としながらしゃくりあげる。
熱い涙が、さらに私の顔に落ちてくる。
「っ、わ、わたし……好きな人がいたの」
「きゅ?」
「でも、認めてもらえなかったわ。公爵家との繋がりなんてこの機会を逃せば二度と来ないからって、お父さまったら……目の色変えてほとんど無理やり後妻の座を取り付けてきてしまって……」
あぁ、そっか。
この子は、好きだった人と引き離されて、無理矢理この家の後妻にあてがわれたのか。
「っ……ダンに会いたい……」
貴族の結婚は、本人たちの意思はほとんど反映されないもの。
家に利益があるかどうか。
家の為になるかどうか。
全ては家長が決めること。
リュクスくんさえ、新しいお母さんができても『そういうもの』として受け入れてしまったくらい、貴族の結婚に『心』は入らない。
どれだけ想っている人が他にいたって、どれだけ結婚したくないと訴えたって、本人に拒否することは絶対にできない。
無理矢理させられた結婚だったんだ。