41また捕獲された
それからしばらくの時間が経っての、夕食の席。
食堂のテーブルに集まった私たちは、またサラサさんの不機嫌に当てられていた。
「はぁ、今日はお魚の気分だったのよね」
「うちの領地で養畜している自慢の羊肉を食べて貰おうと取り寄せたんだが……口に合わなかったかな」
「そうね。羊肉は臭みが強くてきらい」
「すまないね。シェフに伝えておくよ」
「ふんっ」
嫌い、といいながらサラサさんはお皿に乗った羊肉のローストをもりもり食べている。
貴族のお嬢様にしては意外なくらいの食べっぷりだ。
つまり美味しいってことなのに、口からでるのは文句ばっかり。
周りの空気を悪くする言動に、私はいらいらしてしまう。
なのにお父さんは下手にでてばかりだ。
どうして叱らないの?
リュクスくんにいたっては、まったく気にせずニコニコお肉を頬張っている。
私としては添えられている焼き野菜もその調子で食べてほしいけれど、手がつけられる様子はない。
「おいしいねぇ、あらたしいははうえ」
「母上って呼ばないで! 私が生んだんじゃないでしょう!」
「おいしいねぇ、サラサ」
「さんをつけなさいよ。目上なのよ私っ」
「はーい。おいしいねぇサラサははうえ」
「だから呼ばないでって!」
「はーおいしい」
……リュクスくん、大物だなぁ。
サラサさんはかなりきゃんきゃん煩い。
そんな中のんびりとご飯を食べつつ、「おいしいねぇ」と相手に話まで降っている状況。
私の方はもうこの子へ自分から話をふる気はない。
文句ばっかりいう子はいや。
ただ、リュクスくんが言われる文句を気にしていないと言う訳でもないと思うんだ。
ここまで強く反発されても分からない程、彼はそこまで鈍い子じゃない……はず。たぶん。
「リュクスくん、大丈夫?」
「なにが?」
「えっと、サラサさんこわくない?」
「は? 失礼なんだけど」
耳元でこっそり聞いたつもりが、しっかり聞かれてしまったらしい。
怒りの籠った声につい黙り込んでしまった私だけれど、リュクスくんはやっぱりにっこりする。
「あたらしいおうち、こわくてあたりまえだもん。とげとげしちゃうよねぇ」
「こっ、怖くなんてないわよ! 失礼ね!」
「リュクスくん、やっぱり大物だねぇ」
「えへへ」
* * * *
――――はぁー。疲れるお夕飯だった。
大きなお肉で美味しかったはずなのに、なんだか食べた気がしない。
それもこれも、空気を悪くしてるサラサさんのせいだ。
どうしてあんなにずっと喧嘩ごしなんだろう。
これからずっと生きていく家であの態度は、自分の立場も、実家の立場も悪くするだけだろうに。
「きゅー」
とにかく雰囲気の悪い一日に精神的に疲れてしまった私は、リュクスくんが寝た後に気分転換に屋敷内を散歩していた。
くたびれていて出掛ける気分でもない。
それでも外の空気を吸えばすっきり出来るかもしれないから、庭くらいには出ようかな。
……そんなことを考えながら、夜の人気の少ない廊下を飛んでたのだけど。
「どうしてこんなところに竜の赤ん坊がいるのよ」
「きゅ!?」
ちょうど廊下にでていたらしいサラサさんと、鉢合わせてしまった。
「きゅー」
あーあ。会いたくなかったのに。
「もしかしてペット?」
そういえば私、まだ人間の姿でしかあってなかった。
家族になるのだからと、すぐに人間に変化する能力をもっている竜なのだと説明する予定だったけれど彼女は最初のティータイムを拒否したからね。
それからも文句ばっかりで、落ち着いて私のことまで話す間はなかった。
つまり彼女は、人間の私と竜の私が同じ存在だとは分かっていない。
突然あらわれたペットの赤ちゃん竜に、困惑した色を見せつつも、一歩、一歩と寄って来た。
「なによ。竜なんて変なもの飼うとかおかしいんじゃない」
「きゅう!?」
失礼な! これでもツルツルでまん丸で可愛いって、リュクスくんにも侍女さんたちにも評判なんだよ!
本当に、この子はとことん私が嫌いなタイプだな。
赤ちゃん竜が珍しいのかじろじろ見られてる。
けれど、私としてはあんまり長く二人きりでいたくない。
このまま飛んですれ違って行ってしまおうと、私はこっちにあるいてくるサラサさんの方向に飛びつつも、ぶつからないように端に移動した。
「きゅっ、きゅー」
このまま別方向に行ってしまえば、また一人でのんびりお散歩ができるだろうと思って。
なのに。
「きゅ」
「ちょっと待ちなさい」
すれ違い際、尻尾を掴まれ止められてしまった。